1-5. 「受けとめてもらえる感」
レッスン5: 場に「よさよさ」が起きるために必要なこと①ー「受けとめてもらえる感」
前回まで、「よさよさ」に含まれるものについて書いた。
「安心感」「深い対話」「受けとめ合うこと」がそこに起こるために(もしくはそこに起こすために)、必要なことは何だろうか。
まず必要なことは、「受けとめてもらえる感」。
そこが「よさよさ」な場ならば、「受けとめ合うこと」が起こっているわけで、もちろん「受けとめてもらえる感」も容易に感じられるだろう。
ひとたび「受けとめ合うこと」が生まれれば、その場の安心感が増し、どんどん想いが表現され、深い対話が生まれていく。
けれど、「受けとめてもらえそうだ」と(無意識にでも)察知することがまず先にあって、人は安心して思いを口にし、それが「受けとめられる」わけだ。
卵が先か、鶏が先か、という話になってきたが…
その場にいる皆が「受けとめてもらえる感」を感じられる状態をつくっていくことだ。
人はどんなときに「受けとめてもらえそうだな」と感じるのだろうか。
何かを言ってみて、「そうなんだね」と受けとめてもらったら、そこからは「この人には(この場には)受けとめてもらえそうだ」と思う。
では、その「何かを言ってみる」前にはどう感じ取っているのか。
…きっとそれは、言葉でない何かからなのだろう。
非言語の情報。
表情、醸し出される「雰囲気」。
それを瞬時にキャッチし、「受けとめてもらえそうか」をまさに「感じ取る」のだろう。
雰囲気には、人がどんな前提でそこにいるかが滲み出る。
まず、場をつくる人が(明確に場づくりをする役でなくても、あなたが)「受けとめる」在り方でいることが重要だ。
「受けとめる」在り方、って何だろう。
心から、「どんなことが語られてもいい」と思っている状態。
人は皆それぞれの感じ方をするものであり、ここにいる人たちからどんな見方が出てくるだろうか、と楽しみにする気持ちでいる状態。
そして出てきたものを「そう思うんだね」と、どーんと受けとめる準備万端!の状態だ。
6年強の良さcafeの歴史の、わりと初期に生まれた「よさカード」というツールがある。
良さcafeでは、文字や言葉や写真などが載っているこのカードを引き、思うこと・感じることを自由に話す時間がある。
よく聞かれる声は、
「同じカードを見ても、こんなに違う感じ方や見方があるんだ!」
というものだ。
例えばこのカード。
24時間を連想して、「自分の1日はどんな時間で占められているか」を見つめた人もいる。
アメリカのドラマ 24(twenty-for)を思い出し、ドキドキ感や目まぐるしい展開を生活に取り入れたい、と語った人もいる。
「にし」と読み、「ちょっと西の方向に旅にでも行ってみようかな」とひらめいた人もいる。
書体に着目し、なんだか踊っているように見える、と言った人もいる。
どんな見方も、どんな感じ方も、どんな思いつきも、その人が持つ素晴らしいものだ。
よさ、だ。
それがそのまま表に出てきやすいように、「受けとめてもらえる感」が自然に溢れ出す在り方でいたい。