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シーズーと一緒に映画

シーとマリア Part8

2018.08.14 10:35



紅い花



暗灰色の空が拡がっていました。

朝の太陽は、乱層雲に遮られています。

シーは、玄関脇の金木犀の根元で、匂いを嗅いでいます。


8月8日、仙台七夕まつりの最終日。

深夜まで飲んでいたので、まだ意識が覚醒していません。

突然シーが、東窓の古びたベージュのカーテンを捲って吠え始め、目が覚めました。

iPhoneの時刻は、まだ午前6時を過ぎたばかりです。

ちょっとだけ、シーと散歩しようと思いました。

身体が、水分を欲していました。


垣根付きの歩道に出ました。

垣根沿いには、鮮やかな紫色の松葉菊が、揃って咲いています。

シーは、とても小さな紫色の花びらに顔を密着して、くんくん匂いを嗅ぎ始めました。

とりあえず、マグダラのマリアのベージュの壁の洋風作りの建物の方へ、歩き始めました。


彼女のモダンな家は、ひっそりとしていました。

すぐ脇の駐車場に、ボディがメタリックシルバーで屋根が黒のMINIクーパーが停まっています。

3本スポークのアルミホイールが、よりスポーティな雰囲気を醸し出していました。

歩道に面した庭には、つい先日まで、ノースポールの可憐な小さく白い花たちが咲いていました。

しかし、今は有機質を多く含んだ黒土が、無言で佇んでいるだけです。


ベージュの壁に、蒼い玄関扉が映えています。

ゴールドで縦長のドアノブが、装飾のようです。

扉の左脇の焦茶色の木製のベンチには、2つの鉢と埴輪のような人形が置かれていました。

そのうち扉寄りの白い鉢には、紅い花が咲いています。


マグダラのマリアは、まだベットの中で夢を見ているはずです。

深夜に、MINIクーパーで家まで送ってくれました。

シーと一緒に、仙台七夕まつりに出かけるまで、まだ数時間残されています。


それから、垣根付きの歩道を、西へ向かって歩きました。

シーは、歩き出したかと思うと、すぐに電信柱で匂いを嗅いだり、垣根沿いの鮮やかな紫色の松葉菊に顔を埋めたり、なかなか素直に歩いてくれません。


ようやく、アサノスーパーの広い駐車場に着きました。

店舗の前の2台並ぶ自動販売機で、缶コーヒーを買おうと思いました。

散歩用のショルダーバッグから、愛用の黒のCHANELの財布を取り出そうとした時、シーがグィッと身体を引っ張ったため、一瞬、左手で握っていたリードを離してしまいました。


するとシーは、普段は見られない勢いで、駐車場から垣根付きの歩道へ出て、今歩いて来た東の方へ、一目散に駆けて行きました。


びっくりしました。

突然のことで、呆気にとられました。

慌てて、財布をショルダーバッグに戻し、後を追いかけました。

しかし、焦茶色のクロックスを履いていたため、うまく走れません。


シーは、垣根付きの歩道から、なんとマグダラのマリアの家の、蒼い玄関扉脇の焦茶色の木製のベンチに、飛びかかっていました。

すぐに、ベンチから紅い花の咲いている白い鉢が、鈍い音とともに落ちました。

シーは、横たわる植物にがむしゃらに顔を突っ込んでいます。

そして、ようやく紅い花らしきものを咥えると、再び勢いよく、垣根付きの歩道を東の方へ走って行きました。


私は、すでに息が上がっていました。

しかし、無惨な姿の植物と鉢を横目に、垣根付きの歩道を追いかけました。


するとシーは、鮮やかな紫色の松葉菊がとくに密集しているあたりの歩道で、ようやく足を止め、息をハアハアさせながら、うつ伏せになりました。


やはり、息の弾む私が近づくと、何事もなかったかのよに、大きな瞳で見上げています。


シーどうしたの?

紅い花なんか


シーの足もとには、ずたずたな紅い花びらが、葉と茎とともに無惨に横たわっていました。

慎重にリードを手に取り、悪さをした幼子を慰めるかのように、シーの頭をしばらくゆっくり撫でました。

シーは、満足したかのように、瞳を閉じて、息をハアハアさせています。



ふと、むかし同じような光景を、どこかで見たような気がしました。


紅い花?


ガルシンの「紅い花」


それは、まだ20代の頃に読んで、とても感銘を受けた19世紀のロシアの作家ガルシンの「紅い花」という短編小説でした。

精神病に悩まされ、33歳の若さで自殺した青年が描いた「紅い花」


極度に研ぎ澄まされた、鋭敏な感受性と正義感を持ち、汚濁に満ちた浮き世の生は、とうてい堪えられるものではなかったという夭折の作家。


精神病院に入院している青年が、紅いケシの花をこの世の権化と思いつめ、苦闘の果てに、ついにずたずたにちぎってもみつぶし硬く握ったまま死んでいく姿を描いた「紅い花」は、彼のすべてを描き出した小説でした。



私は、シーの足もとのコンクリートの歩道に横たわる、ずたずたな「紅い花」を見つめました。

もちろん、この「紅い花」が、この世の権化とは思いませんし、そのようなはずもありません。

たまたま、シーが「紅い花」に悪戯をしただけのことです。

しかし、この時、寝不足で意識がまともではなかったのか、そのずたずたな姿の「紅い花」が、ガルシンの描いた「紅い花」と重なって見えてしまいました。



灰色の高層雲が、空一面に拡がっていました。

今にも雨が降り出しそうです。

正午前、BMWサウンドを奏でながら、マグダラのマリアのメタリックシルバーのMINIクーパーに乗って、仙台市内へ向かいました。


スピーカーからは、Libera(リベラ)の、Far away(彼方の光)が、流れています。

私は、助手席でシーを抱っこしていました。

抱っこが苦手なシーは、たびたび逃げ出そうとしますが、両手でしっかり押さえました。


シー

お願いだからじっとね


今日の彼女は、お祭りらしく、あのネコ耳付きのベージュのキャップに、黒と白のボーダーのシャツと白いミニ。

耳には白い花形のVan Cleefのピアス、首にも白い花形のVan Cleefのペンダント。

そして、いつものクロエオードパルファムの香り…


朝方、シーが白い鉢を落として「紅い花」をダメにしてしまったことを謝りました。

そして、私が感じた「紅い花」のことを話しました。


シーちゃんは

もう1つの世界を見ているから


彼女は、微笑みながらそう感想を述べました。


国道4号線バイパスから、左折して仙台市内の中心部へ向かう県道へ入った頃、フロントガラスに、雨粒が雫を描き出しました。


シーの初めての仙台七夕まつりは、雨の七夕になりました。

今日も、定禅寺通りの雨を含んだ深い緑の欅並木が、静かに見守ってくれていました。