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inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

あかねいろ(29)「俺、筋トレする。朝」

2023.08.29 06:04

 

  次の試合も最後まで見て、谷杉は帰ったけれど、3年生の先輩をはじめとして僕らもなかなかグランドを後にできない。着替えたけれど、帰ろう、と言う一言がかからない。


  10月の夕暮れは少しだけ冷たい風を運んでくる。校舎の影はだんだんと僕らを覆ってくる。それでもまだ、ここを後にしたくない、今日で終わりにしたくない、そんな空気がにじんでいる。 「最後に、円陣組んで行こう」 フォワードリーダーの川下さんが言う。



  その言葉を待っていたかのように、みんな立ち上がり、3年生を真ん中にして輪を組む。大元さんがその中心に進み、膝に手を当て、中腰になる。みんながその格好になる。大元さんは少し言葉を探す。みんながその言葉を待つ。

 「3年のみんな、今まで本当にありがとう。むっちゃ悔しいけど、悔しいから、みんなこの先もラグビーやろう。大学行っても。そして、もっと強くなろう」

 「1、2年、今日は本当にすまない。お前たちにきちんと次の試合を見せないといけなかった。小川、絶対花園行けよ。花園を目標から外すなよ。俺らは途中から完全にベスト8が目標にすり替わった。だからこんなレベルで終わったんだと思う。絶対花園目指そうぜ。そこからブレるなよ」

 小川さんが頷く。 

「じゃあ試合前の掛け声で終わりにしよう」

 大元さんは右手の親指を立て、中腰のまま前に出す。みんな頭を下げて同じポーズをとる。 

「スリーチアーズフォー・・」 

と掛け声がかかる。試合前の、いつもの掛け声を全員で張り上げる。日に当たる人の影が薄くなった夕方の、赤く染まったグランドに、50人の声が響き渡る。僕はこれまででいちばんの大きな声を出す。涙を出さないように。




  家に帰る道で、僕は同期の深川や一太と今日のことをとめどなく離し続けた。

  彼らFW勢からは、根本的にフォワードが強くならないとどうにもならないんじゃないか、と言う話が主流だった。僕も、そうかなと思うけれど、なかなか先輩たちの前ではその辺は言いにくい。でも、大元さんの言う通り、まず、僕自身がもっと強くならなければと思う。もっと僕自身が強くなっていくことで、チームの軸となっていくことで、チームを変えられるのではないかと思う。そこには理屈はない。ただただ、そんな気がするだけではあったけれど、その思いは僕を支配し、僕を駆り立てる。

 「俺、筋トレする。朝」

 学校のトレーニングルームは、午後は部活で順繰りでの利用だけれど、朝の時間は自由に使ってよくなっていて、その時間に大元さんや川下さんは筋トレをしていた。

 「俺もするわ」

 一太が言う。 

「マジかよ。。じゃあ俺もたまに」

 と深川が渋々同意する。 

「たまに??」 僕は深川の腹をドンと叩く。

  ともあれ、早速次の月曜日から、朝の7時半にトレーニングルームで筋トレをすることに決めた。だってもしかしもない。強くなりたいだけ、と。