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小説 No Exist Man 2 (影の存在) 序 足音 2

2023.09.02 22:00

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

序 足音 2


「周主席、お話が有ります」

 会議が終わってから、軍出身の常務委員である孔洋信が周毅頼のところに近寄った。慎重を期して、わざわざニッ持つをカバンの中に入れるふりをして、他の人が会議室から出てゆくのを待っていた。周は、その態度が気になり、そのまま会議室でほかの人が出てゆくのを待った。特に、会議のメンバーではない「報告者」である陳文敏は、日本に普段はいる人物であるから、どのような情報が日本に漏れるかわからない。そのように考えれば、当然に陳だけでも出てゆかなければ話は始められないのである。

「私の部屋に来なさい」

 周は孔を促すと、自分の部屋に向かった。会議室の外にいる護衛の者たちに「盗聴器がないか調べろ」というのを忘れなかった。周は全く陳を信用していないのである。

「さて、当然に日本を攻める話だな」

「はい」

「どうやって攻める」

 周の執務室は、入口から一番奥に大きな机があり、その前に大きな革張りの応接セットがあった。そしてその外側、つまり入り口側に八人掛けの会議テーブルがあるという部屋だ。かなり大きな部屋で、入口の外にはもう一つ秘書室があり、女性の秘書と男性の秘書2名、そして護衛兵が3名、必ずそこに待機している。外見からは全く見えないが、多少の武器や護衛用の装備もかなりあるのであろう。なお、この建物そのものがカタカナの「ロ」の字型になっており、周が窓を開けたとしても共産党の外の人間からは周の部屋が見えないような形になっている。ここを狙撃するには、ロの字の反対側の建物の屋上に上るか、あるいは空中から接近する以外にはない。もちろんガラス窓は防弾仕様になっていることは言うまでもない。

 周国家主席は、孔常務委員をその応接セットの椅子に座らせた。当然に会議テーブルのほうになると思っていた孔は少し、戸惑いながら最も下座の応接椅子に浅く腰を掛けた。

「同志、そんなに遠慮することはありません。あなたは、常務委員であり私の同志だ」

 周は、「同志」という呼称を使った。

 もともと共産党の毛沢東の時代、すべての人民が平等であるということから、呼称はすべてが同等であるということで、身分の上下や共産党内の権力のことなどは全く関係なく、貧民から国家主席まですべてが「同志」という呼称を使っていた。しかし、鄧小平による改革開放政策によって、そのような「共産主義的な政治」はなくなったはずであった。しかし、経済が資本主義化してゆくことによって、国内に共産党を敬う気持ちがなくなり、共産党の求心力がなくなってきたことを受けて、周国家主席になってから、「共産主義的な改革」が始まっていた。その一環として、少なくとも共産党内ではお互いを「同志」と呼称するようになっていたのである。

 周は、普段であるならば、外の女性秘書にインターフォンでお茶などの飲み物を頼むのであるが、この時は、執務室の横にあるサイドボードから、自ら酒の瓶をあけ、ウイスキーの水割りを二つ作って出した。

 同じ瓶から同じ飲み物を二つだし、そして相手のそのグラスを選ばせる。毒が入っていないということのパフォーマンスであるが、この常務委員同士の関係であってもそのようなことをしなければならないのが、人を信用しない中国である。外の秘書に頼めば、秘書が気を利かせて毒を入れてしまう場合もあるから、なおさら目の前でそのようなことをしなければならない。周は、自分が信用されていないということを感じながらも、中国の習慣としてそれをしなければならない文化を面倒に思っていた。しかし、

孔常務委員は、そのことを何の疑問を持たずに、出されたグラスで、自分から遠い方のグラスを手に取った。

「それで」

「はい、戦争の準備ですが、まずはミサイル部隊による攻撃が良いかと思います」

 孔は、カバンの中から各部隊の装備や地図に書かれたミサイルの配備表を出した。しかし、

周はゆっくりと孔の前に座り、応接テーブルの前に残されたグラスを手に取ると、まるで机の上の誇りのように、その配備表を行のほうに押し返した。

「孔同志、そのような前置きはいらないのだよ。それよりも、基本的には陳のような危ない二重スパイを使いながら、日本国内の不安をあおり、大きく日本政治の信用を失わせることが重要なのではないか。」

「はい、世論工作や情報工作が先であるという周同志の意見には賛成いたします。しかし、そのために軍を後回しにするのはいかがかと思いますが」

 孔は、ここで初めてグラスの飲み物を飲んだ。やはりこの孔という人物は、周を基本的には信用していないということになる。しかし、周は全くそのことを気にしたようなそぶりはしなかった。

「ほう、しかし・・・・・・軍を差し向ければ、日本という国は人かたまりになってしまうのではないか」

 周は、その孔のグラスの進み方に合わせて、自分もグラスを傾けるようにした。そのようにして、信用していないということはわかっているというサインを出しているのだが、実直な軍人である孔には全くそこは通じなかった。

「はい、固まったところで工作をするということでどうでしょうか」

「なるほど、その方が工作の効果が広がる時間が短くなるという事か」

「はい、日本という国は非常に特徴的で面白い国で、自分たちの国が危機でありながらも、そのマスコミなどはなぜか自分の国に政府が悪いから他の国が攻めてくるというような報道を行い、国内の政治争いを助長するような報道しかしません。そこで、まずは日本近海で実弾による軍事演習を行い、公式にその内容を出しながら、日本政府に対して威嚇するということで、日本国内を固まらせ、その後、なぜ中国がそのような威圧をするのかということから、工作を始めるということでいかがでしょうか」

 ふむ、と、周はうなづいた。初めは、工作を先に行う事しか考えていなかった。会議の最中も言ったように、もともとは陳文敏が大沢などと組んで天皇暗殺を試みたことから、このような話になっているのである。そのことはすでに日本の政府の中では気づいているものもいるに違いない。そして計画が露呈しているのに、陳文敏は証拠も何もそのままにして戻ってきているのである。

 そのように考えれば、あまり強硬にやれば大きな損失につながる可能性もある。

「ところで、陳文敏の監視にはだれをつける。そして工作は誰にやらせる」

 周は、孔の提案に良いも悪いもなく、まずは担当する人を聞いた。

「はい、陳文敏には、林青と高鋼をつけようと思っております。」

「ほう、女を」

 林青は、まだ30代前半でありながら女将校である。女性でありながら少尉に任官したということで、中国国内でも話題になったのであるが、その後全く消息を聞かなくなった女性だ。もちろん、周毅頼は、少尉に任官後情報将校のほうに入り、スパイを行っていることを知っていた。かなりきれいな女性で、ハニートラップなども平気でこなす女性である。

 そしてもう一人の高鋼は、どちらかといえば不器用な男性将校、階級はやはり同じ少尉である。ずっと警備畑でありVIPと近くにいながら一向に出世しない不器用さで、なおかつまじめだ。言われたことは必ずやり遂げる意思を持つ。ただし、命令されないことは何もできない、典型的な中国人将校であるといえる。

「はい、高鋼をつけることで、高鋼をメインの見張りであるかのように見せ、林青は、常に影のようにして見張らせようと思っております」

「なるほど、で、工作のほうは」

 周は、サイドボードから瓶と氷を持ってくると、孔常務委員のグラスに氷を入れ、瓶の中のウイスキーを注いだ。