儚い命
私が7歳の時に急に父が他界しました。
当時の私は7歳と幼く、弟は5歳。兄は10歳。
まだ「死」ということが理解はしてはいても、あまりよく意味がわかっていない歳でした。なので、悲しいという感情もなく、泣き喚いたという覚えも一切ないのです。
母が幼い3人の子供がいる中で、毎日泣いていたのは覚えています。
それ以来、人が身近で亡くなるって、祖父母や親戚が亡くなったとの情報が入ることしかなかったのですが、それがヴァカンスに入る前日に予告もなしにその出来事はやってきました。
私の仲が良い同僚がヴァカンス中に事故で亡くなったというのです。
え?亡くなった?
亡くなったって、どういうこと?
私が日本から遥々不安いっぱいで仕事がスタートした時、あれは今から約5年前。その時から彼女は私のデスクの隣で、優しくサポートしてきてくれました。
それからは席も移動になったりしたけど、会う度にどう?大丈夫?と声をかけてくれたのは彼女だけでした。
つい3週間前も私のちょっとした悩みも相談に乗ってくれたり、私の家の庭でBBQをしようねって約束したんです。
あの会社の福利厚生のボートツアーだって一緒に参加しました。
「いのち」ってこんなに脆いの?
一瞬で亡くなって消えてしまうものなの?
思ったんです、一生のうちにそうやって一瞬で消えちゃうことが、誰だってある。
だから今を確実に楽しむこと。この儚い命がある限り大切に大事にして、今を生きてるって実感すること。それって本当に大切なことなんですね。
そう考えるのと考えないとでは大きく人生が違うような気がします。
速報を聞いた日の午後はずっと泣いていました。
次の日は落ち着いてきたけど、ずっと考えてしまう。考える度に「信じられない」と思ってまた悲しむ。毎回それの繰り返し。
「人は何のために生きているんだろう。」
最近この疑問が私に問いかけてくるのです。
そんな中、今回の友人の死は、私の心に矢を刺したと同時に、今を生きてるって、存在するってなんて大切なのだろうと教えてくれました。
今やっと7歳でわからなかった「死」がようやくわかった気がします。
母は本当に辛かったことでしょう。
人生の中間地点。
命があることの大切さを身に沁みて実感しました。
寂しいよ。彼女に会いたいよー。
いつも私に声をかけてくれてありがとう。
いつも私を気にしてくれて本当にありがとう。
あなたのことは一生忘れないよ。
安らかにお休み下さい。