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LILAC LANCER Mk-V LS38 1960

2018.08.16 12:03

ライラック ランサーマークV・LS38

(リード)

戦後の我が国には数多くの2輪メーカーが乱立し、その数は100社あまりといわれた時期があった。そうした急造メーカーから送り出されたモーターサイクルの多くは、粗製乱造の域を脱しきれないまま、自然に淘汰されていく運命をたどった。だが、なかにはごく少数派ではあったが、その個性を惜しまれつつ姿を消していったメーカーも存在した。さしずめ丸正自動車製造などは、そうした悲運の2輪メーカーの筆頭に挙げることができるだろう。ライラックという可憐な花の名前を冠していたことはさておき、丸正自動車のモーターサイクルは、その凝ったメカニズムゆえに、数多くのライバルの中にあっても、ひときわ異彩を放つ存在だった。

(本文)

 ライラックの最大の特徴は、シャフトドライブ機構に集約されていた。この駆動方法に対する執念ともいえるほどの拘りが、ライラックの個性を際立たせていた、といっても、けっして過言ではない。

 当時、浅間高原を舞台に開催されたクラブマンレースは、乱立気味のメーカー間の生き残りを懸けた技術競争の場でもあったわけだが、ライラックは荒れ地に不利との下馬評を覆して見事に勝利を飾り、自らシャフトドライブの優秀さを証明したこともあった。

 ホンダやヤマハといったメーカーが資金に物をいわせての送り込んだレーサー群を相手に、シャフトドライブのライラックUY(250㏄単気筒)は一歩も後には引かなかったのである。ライラックは今日、V型ツイン・エンジンで有名であるが、その特徴的なシリンダー配置も、もとはといえばシャフトドライブと無関係ではなかった。

 国産モーターサイクルの大半が優れた外国車を模倣していた当時、シャフトドライブの代表といえばドイツのBMWであった。しかし、BMWの名声はあまりにも高く、国内でもすでに、多くのコピー車が造られていた。そこで、目を付けられたのがビクトリアベルグ・マイスターで、このモデルにはVツイン・エンジンが搭載されていた、というわけである。

 シャフトドライブの場合、エンジンのクランクシャフトとプロペラシャフトは同軸方向にある方が都合がいいが、水平対向エンジンもしくはV型エンジンが、この条件を満たしていた(縦置きのインラインもあるが) 。この両タイプを比較検討してみると、Vツインの場合は、水平対向に対して横方向にコンパクトな点が、なによりものメリットといえた。こうして先ず、250㏄クラスの実用タイプ、LS18が誕生することになった。

 件のVツイン・エンジンは左右シリンダーの挟み角が60度で、ボア・ストローク比が54×54㎜とスクエア・タイプに設定されたOHVだった。また、時を同じくして、125㏄クラスにもVツインを搭載した実用車、CS28が発表されたが、こうした前代未聞の凝ったメカニズムが話題を呼ぶことになった。丸正自動車のVツインへの拘りは、まさにこの瞬間からスタートすることになったのである。

 1960年代に入ると、戦後の復興も一段落することになり、モーターサイクルにも新たな時代が訪れることになった。その結果、到来したのがロードスポーツ・ブームで、各メーカーは、こぞってスポーツ・タイプの開発を急いだ。丸正自動車でも、こうした市場動向に対応してロードスポーツの開発を決定、急遽、LS18をベースに作業が進められることになった。そして、完成したスポーツ・タイプは、ランサーマークV・LS38と名付けられてお披露目された。ちなみに、ランサーとは丸正自動車ではツーリング・モデルを表す伝統的な呼称で、実際にLS38は、当時のトレンドだったスプリンター・タイプのスポーツ・モデルとは一線を画するモーターサイクルに仕上がっていた。

 コンパクトなV型エンジンは、圧縮比を7.8から8.2に上げて、最高出力は18.5馬力から20.3馬力まで引き上げられていたが、どちらかといえば、中速域を重視した出力特性となっていた。また、ダブルクレードル・フレームにはラバーマウントを介して搭載されていたため、振動や騒音といった点でも穏やかな印象を受けることになった。こうした面からみても、LS38がツーリング志向だったことが窺い知れる。

 また、LS38は、スマートなスタイルでも好評を博した。その象徴ともなった15Lタンクは、両サイドが大きくえぐられていて、逆に下に行くほど広がるという独特なデザインだった。これは、降雨時の水滴でVツインの先端に位置するプラグが濡れるのを防ぐため、と説明されていた。その効果のほどは疑問ではあるが、ともあれVツインとの取り合わせは、絶妙なバランスをみせることになった。

 一方、シャフトドライブゆえに、特に後ろ半分がシンプルなLS38は、実際の全長は実用車のLS18より30㎜しか延長されていなかったにもかかわらず、視覚的には長くスマートに見える点も好感をもって迎えられた。上品なスタイリングに穏やかな作法を身につけたランサーマークV・LS38は、ライバル・メーカーが大量生産するスポーツ・モデルとは、ひと味もふた味も違った魅力を秘めたツーリング・モデルであった。丸正自動車のライラックは、その凝ったメカニズムと上質な仕上げゆえに、所有すること自体にプライドを感じさせるタイプのモーターサイクルだったのである。