真山隼人 「隼人十八番」始動(2023年9月通信より)
目次
1.「隼人十八番」始動
―今回の九月公演から再来年の三月までの全九公演を真山隼人の十八番と題して、十八番ネタを集めたシリーズを開始します。再来年の三月で隼人さんは30歳になるんですよね。隼:そうです。
―若い若いと言われてきた隼人さんが。
隼:いよいよ30ですよ。真山隼人が30。びっくりしますよ。自分で。
―その30歳を迎えるにあたって、今の十八番を打ち出そうと。
隼:これは自慢でもありますけど、ここ数十年、20代を修業も明けた状態で、浪曲と向き合えた人間ってほぼゼロなんですよ。
―入門する年齢が全体的に上がっているので、20代の全てを浪曲に捧げられる人が稀有ですよね。そもそも浪曲を聴き始めるのが20代でも全然おかしくない世の中ですし。
隼:ぼくは15で入って、20歳くらいまでは修業してましたけど、それから十年間朝起きても寝ても浪曲ですよ。ご存知のあの部屋には浪曲の物しかないですよ。他の物も見ろと言われましたけど、浪曲が何か分かってないと他の物を見てもアカンし。浪曲を好き過ぎるから。でも、遊びはいつでも出来るんですよ。
とりあえず、この20代を総括すると、浪曲とは何か、浪曲の良いところ、悪いところを研究した期間でした。これの、おかげさまで何が浪曲で、何が浪曲でないかを自分の感覚では掴めた。これは初歩的なもので極めてはない。
―20代の時に全力で浪曲と向き合えて、浪曲とは何かを自分なりに掴む。それはとても重要なことだと思います。それを土台としての30代があるのですから。隼人さんが20代で掴んだ浪曲とはどういうものでしょうか。
隼:考えと体感ですね。ちゃんとした浪曲の流れというものが自分の中で分かった。色々言う人はいますけども、ぼくの中で浪曲とはまず師匠を真似て、これが守破離の守です。それを破って、破って、破っていく。ぼくはこの十年で守破まで来たと思っています。あとは、離れて自分の物を作ること。言うたら基礎はできた。
―20代は守破を繰り返してきたわけですか。
隼:そうです。それが今年誠太郎も亡くなり、先生も三回忌を迎えました。盆には真山一郎のテープを全部聴きました。こうやって、また守に戻って、先生は浪曲をこんな風に作ったのか、あんな風に作ったのかと思いつつ。これからは発展なんです。どう発展するか。もう何しても浪曲になります。そういう自信もプライドもある。
となった時にあと二年間をどうするか。そりゃあ、毎回発見もあるし、足らんところもある。それを補う必要もあり、この期間に20代の十八番を作ることにしました。
―20代を振り返りながらの総決算みたいなものでしょうか。
隼:かつて。20歳くらいの時に幸枝若師匠に言われた。
「お前の浪曲は四郎若兄ちゃんのネタなら、四郎若兄ちゃんやし、小円嬢師匠のネタやったら小円嬢師匠になる。そういうのがあかんねん。」
分かってた。ごもっともやと思ってた。けど、そういう勉強もせなアカン。でも幸枝若師匠の言うことがよく分かるし、言われてすごく悔しかった。あの一言はまさにそうなんです。でも、もうちょっと待ってほしい。
―それを幸枝若師匠から直接言われてたのですね。そしてそれがずっと心にあった。もしかしたら、それを乗り越えるための20代だったのかもしれません。
隼:だから、結局この十年、ずっと引っかかってたのは幸枝若師匠の一言です。それ言われて、分かってた。でも自分には基礎もなかったから、それを自分で見つけるためにやる必要があった。だから、あの一言はずっと覚えてた。そう思ってやってきて、これはもしかしたらと思えたのが、「鯛」ですよ。
鯛をやった時に、何をやってもぼくは鯛の延長線上で浪曲ができる。だから、本当にここ最近の話です。もう大丈夫や、何をやってもぼくのキャラでできると思えたのは。
あの一言がずっと引っかかってた。
―隼人さんがずっとその壁を感じながら、やっていて、それを鯛で超えられた。その間の隼人さんの浪曲を見てきて、振り返るとその変遷が感じられます。30歳を前に鯛ができたことは大きかったですね。
隼:だから、ぼくの20代のぼくの集大成は鯛じゃないですか。
京山幸枝若がどうやるか、真山一郎がどうやるか、その研究を積み重ねてきて、自分でもやり、人に話も聞いて、それでも、あくまでも誰の色にも染まらずやってきました。その過程で本当に色んな人にも怒られました。
―そう聞くと20代に浪曲と全力で向き合えたことが、いかに大事だったかよく分かります。そういう過程を経た先にできた鯛だったからこそ、鯛をやった時に得るものがあったのかと。鯛と同じ頃にネタおろしした勧進帳では、過去の浪曲に加えて、文楽や能の要素からも影響を受けてましたし。これまでにやってきた一つ一つの演目に意味がありそうです。
隼:そんな集大成で十八本やります。ぼくが思うのは浪曲はお家芸ではなく、十八番なんですよ。
―一人一芸と言われる浪曲の世界だからこその考え方ですね。それでは、その十八本について話を聞いていきましょう。私なりに選んでみたのですが、ピックアップしたのが十六本でして。
隼:結局そういうことなんですよ。ぼくも十八番を選んでみて、確固たる思いで挙げられたんは十八本なかった。
―そうなんですか。
隼:これはどこで出しても引けをとらん。そんなネタは十本しかなかった。こんなん言うてるのも年取って見返したら、恥ずかしいでしょうね。
あとの八本は、まあ一軍でもあるけど、完全な一軍ではない。
―それぞれ挙げていただいてもいいでしょうか。
隼:隼人十八番
1.名刀稲荷丸
2.首護送
3.西村権四郎
4.円山応挙
5.徂徠豆腐
6.散財競争
7.鯛
8.違袖の音吉
9.片割れ月
10.亀甲縞
11.勧進帳
12.狐絵師
13.仏法僧
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14.改心亭
15.刺青奇偶
16.柳生二蓋笠
17.能登守と外記
18.心の肩衣
(2023年8月24日現在)
―「心の肩衣」は完全な一軍ではないですか。
隼:そうですね。何か足りない。もう一歩いったら良い外題になるんですけどね。自分の中で、あとちょっとが掴めない。「心の肩衣」「浅茅が宿」「山月記」に関しては、自分の中でもうひと捻りほしい。
―「ぬれ手拭い」もここに入ってこないのですね。
隼:正直十八番です。ただ、ぼくの十八番は前半だけなんです。
―なるほど。たしかに後半は急な展開なので、そもそもが難しい気もします。
この選んだ十八本をいかに隼人さんの浪曲にするかですね。
隼:やっぱり一番は幸枝若師匠のあの一言ですよ。ずっと引っかかってたんですから。
―真山隼人の浪曲をこの十八本で聞かせる。
隼:ぼくは初代京山幸枝若になりたい、二代目春野百合子になりたい、初代真山一郎になりたい、そう思いながら二十代を生きてきた結果をみせますよ。悪い浪曲は一席も見せません。その代わり、二十代の集大成の浪曲に挑戦します。十三浪曲寄席に来たら、今の真山隼人が聞ける。そんな二席を出します。今何を勉強してるかは高津さんに来てくれたら分かる。一年半あるわけですから、高津さんでやった外題がこの十八番と入れ替わるかもしれないです。最近も良い台本との出会いがありましたし、音吉がネタおろしから二カ月で十八番になってることを思うとほんと分かんないですよ。
―今回は「やさしい」がテーマで、どれをしましょう。
隼:徂徠豆腐と…音吉かな
―音吉ですか。テーマから考えると意外ですね。
隼:音吉っていうのはやさぐれた中の優しさですよ。音吉も源平に「いうても俺は子どもや、アカンとかあったら言うてくれ」と、男を上げようと思ったら危ない橋も渡らなアカン、そんな中でお前だけが頼りなんやと。これはええ外題ですよ。
―いいですね。生活に余裕があるわけではない、そんな時ほど真の優しさが見えるかもしれません。
隼:「ちゃん死んでしもて、こわいもんないわ」そういう気持ちですよね。誠太郎が亡くなって、同じ気持ちになりました。ちゃん死んで悲しいけど、この世にもう怖いもの一個もないわ。
―今の隼人さんがやることにも意味がありますね。一つ一つの外題が隼人さんの人生ともリンクして、真山隼人の浪曲が完成していく気もしています。一年半の長い挑戦ですが、どうぞよろしくお願いします。