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更夜飯店

フリー・ゾーン

2018.08.20 07:55

フリー・ゾーン

Free Zone

2005年11月26日 有楽町朝日ホールにて(第6回東京フィルメックス)

(2005年:イスラエル=フランス=スペイン=ベルギー:90分:監督 アモス・ギタイ)

特別招待作品

フリー・ゾーンというのはヨルダンの国境近くにある、非関税地域・・・車が非関税で売買できる所なのですが、この映画では、イラク向けの改造装甲車を売るという商売がある、という事情があります。

この映画は、3人の女性が出てきます。

ユダヤ人のハンナ(ハンナ・ラスロ):夫がフリー・ゾーンで売った装甲車の未収代金を夫に替わって取り立てに車を運転する人。

ユダヤ系アメリカ人(ナタリー・ポートマン):行くあてがないので、ハンナの車に同乗することになる人。

パレスチナ人のレイラ(ヒヤム・アッバス):フリー・ゾーンでハンナとレベッカが出合う女性。

私はこの映画は「車中の映画」だと思います。

冒頭、車の中で、涙を流す(化粧が流れて黒い涙)レベッカ(ナタリー・ポートマン)のアップが10分ほど続きます。そして「父親が子羊を買った、その子羊を猫が殺した、その猫を犬が殺した、その犬を棍棒が懲らしめた、その棍棒は火で燃えた、その火は水で消された・・」という終りのない歌詞の歌が流れます。マザー・グースにも似たようなものがありましたね。

レベッカはイスラエル人の婚約者と喧嘩して、義母を空港に送ったものの、ひどく傷ついて泣いている・・・そして、どこにも行く場所がないから・・・といって、運転していたハンナに、一緒にいて・・・と頼むのです。

しかし、ハンナはこのあとフリー・ゾーンまで、行く用事がある。気の良いハンナは、同行を許しますが、そのかわり、道中何を聞かれても答えないこと、黙って笑顔で通すこと、を条件にします。

フリー・ゾーンって何?車と知って、もっとロマンチックな物かと思った・・・など、何も知らないレベッカはこの映画の聞き手であり、傍観者です。映画はレベッカの車の中からの視線で進みます。

車中の会話がとても多いので、下手すると退屈になってしまうのかな、と思いますが、そこら辺は、ハンナの話の上手さと流れ去っていく、そして次々と現れる風景のめずらしさ、先に何が出てくるのかわからない引っぱり方にユーモアが含まれていて、飽きさせません。

ハンナ役のハンナ・ラスロはこの映画で、カンヌ映画祭の主演女優賞をとっています。

さて、フリー・ゾーンにつくと、代金を支払ってくれるはずの「アメリカ人」はいない。

そのかわり事務所にいるのがパレスチナ人の女性、レイラで、お金はない・・・と言い出す。

もう、苦労してここまでたどり着いたのに、生活の全てがかかっているお金なのに・・・当然ハンナは、怒ります。

しかし、レイラも、自分に怒られても・・・と怒り出す・・・そんな3人がまた、同じ車に乗って・・・険悪なムードとなんとかお金を手にしたい為の辛抱の笑顔と・・・3人の思惑を乗せて走る車。

喧嘩腰のハンナVSレイラですが、レベッカがいることで、不思議な明るさが車中に流れます。ラジオの曲にあわせて、ハンドルをたたき、頭でリズムをとり、歌を口ずさみ・・・妙に微笑ましい車中になるかと思うと、がらりと事態は急変。

アッバス・キアロスタミ監督の『桜桃の味』『十話』、廣木隆一監督の『ヴァイブレータ』など、狭い車中だからこそ、クローズアップされる人間模様の「車中映画」・・・というのが楽しめます。

ハンナやレイラにしたら楽しい所の話ではないし、レベッカは何処へ行ったらいいかわからない・・・そんな不安を軽妙な空気で描くというのが大事なんですね。そして3人の女優さんがそれぞれ、いい味出しています。

気さくだけれども、強気のハンナ、信念の塊みたいなレイラ、2人のクッションになっているようなレベッカ。

ハンナとレイラのやりとりっていうのが緊張感あって、コメディ女優だというハンナ・ラスロの、譲りませんよ、絶対に!が説得力あるし、レイラの知的な雰囲気がまた一筋縄では行かないという頑固さがあります。

『レオン』でナタリー・ポートマンにクラクラしてしまった人は、ナタリー・ポートマンの無邪気な可愛らしさにまたクラクラって?

映画はレベッカの視線ですし、監督曰く、この映画は自分の経験からきたもので、映画で言うとこのレベッカが監督にあたるそうで、本当は男3人の実話だけれども、そこを、女性にしてみたら?というアイディアからこの映画は始まったそうです。

女性にしたことで、深刻な情勢もやわらかい感触になっていると、事情に詳しくない私も感じる事が出来ます。

このやわらかい感触、というのがこの映画のいい所だと思います。

また、印象的だったのが、回想シーンで、別のシーンに切り替わらず、現在と過去、シーンをだぶらせて見せる所は2重どころか8重にもなっているそうで驚きました。

映画に関係ないのですが、レベッカの義母の着ているブラウスが黒地に白で「日本語のことわざ」が書いてあるのが面白かったですね。「袖すり合うも多生の縁」とか・・・「時は金なり」とか・・・ちょっと日本人着られませんよ、という「日本のことわざ」ブラウスで、何だか金持ち風の義母が堂々と着ているのに目が行ってしまいました。妙に気になる義母のブラウス・・・。