【感想】沈黙する 「体育嫌い」の声を聴く ~ジェンダーとセクシュアリティの視点から~
8月11日(金祝)フェミとクィアのがんばらないトレーニングスタジオ Ninaruの2周年記念講座として「沈黙する 「体育嫌い」の声を聴く ~ジェンダーとセクシュアリティの視点から~」講師に井谷惠子さんをお招きして勉強会を行いました。40人近くの申し込みがありました。意見交換会にも多くの人が参加して、それぞれの体育の思い出や運動との付き合い方などで盛り上りました。
【参加者の感想】
●体育きらいになる背景にやはりジェンダーの課題が根ついていることに、もっと深く知りたいと思った。自分自身のからだやその機能、特徴などをもっと知ったり大事にできるような人権をベースにしたものではないものとして体育の教育カリキュラムの見直しがいるのではないかと思った。特に、子どもの成長の中で、それぞれの多様性、ちがいが競争による見かたを変えていかないと生きる力は、どんどん削がれていると思った。
●「体育嫌い」についての研究が行われている、ということに感動すら覚えました。子ども時代から、どれほど辛かったかを思い出すと、よくぞこんな時代が来たものだと思います。しかも、井谷さんのお話を伺って、私のような者の立場や心情をほんとうによく理解してくださっていて、このような専門家がいてくださったことが何よりも有難いです。
●スポーツ界の政治的権力について、私たちには知り得ない力学が働いているのだろうと想像していましたが、改めて、軍事化、新自由主義との結びつきをはっきり知ることができました。今、日本は危機的状況にあると思いますが、様々なイシューの課題は同じところにつながっているのですね。得難いお話を聞かせていただきました。ありがとうございました。
●体育の授業や服装は時代の要望に合わせて随分変わって来ていると思います。ブルマはその昔、着物やスカート、袴で足を隠さないといけなかった女子を解放し、足を開いて伸び伸び運動ができる画期的な物だった思うし、その後のピッタリブルマはお尻の線を隠してゴワゴワ、ブカブカしているちょうちんブルマに比べると遥かにスマートで運動しやすかったと思います。(東京オリンピックのバレーボール選手のカッコよかった事!あれがちょうちんブルマだったら・・・?)ブルセラ騒動で男性からの理不尽な暴力的標的になって今はハーフパンツで落ち着いていますが、また変わって行くかも知れません。いずれも、時代やそこに生活する人々の要望に合わせた良い方向での変化を望みます。そのためには、嫌だと思った事に黙っているのではなく、自分の意見をはっきり言えるような環境を作らなければいけないと再度思いました。
●学校の体育は、12年間という長い間にわたって行われてきたのだということに改めて気づかされた。体育というと、得意な人にとっては好きな教科であっても、苦手な人にとっては、体育の時間や球技大会、スポーツテスト、運動会が苦痛であったという人も多いと思う。私自身もそれほど得意なほうではなかったが、体を動かした後の爽快感や、気分転換になっていたことは良かったと思う。しかし、タイムをはかることや、みんなの前で実技試験をすることはあまり好きではなかった。学校や体育教師は評価をする上では仕方がないのかもしれないが、生理不順で中学2年のころ、ほとんどプールに入れなかった時に、いくら筆記テストで頑張っても、成績がかなり悪かったこともあった。そう思うと、かなり窮屈な思いをしていたのだなと思った。また、体育の時間はペアを組んで準備運動をしたり、パス練習をする場面も多く、友人関係で望まない相手と組まないといけない苦痛があり、体育のある日は休む同級生もいた。2クラス合同でする体育や、学年の合同体育もそんな子にとっては苦痛なのである。全てに個別対応をするのは難しくても、積極的に参加しない子の背景に何があるのかを気づける指導者であってほしいし、体育嫌いの子どもにはどのような声があるのかを知ってほしいと思った。
●グループに分かれてのお喋りの時間はあっという間でした。他の参加者の方からのお話を聞いていると、嫌だった記憶がどんどん掘り起こされてきて、あれもあったこれもあったと。まだ他の参加者の方のお話を聞きたいしそれを受けて考えたいと思いました。聞くことで思い出して、自分のことも言葉にして伝えることでよりはっきりしてくる。後半のところの井谷さんからカリキュラムについての話を聞けて、そういう背景、学習指導要領の内容があって、先生たちの指導や態度があるのかーとなるほど、と思いました。
●50メートル走で必死に走っても、もっと早く走ることを求められたり、跳び箱でようやく5段跳べたのに、どんどん箱を積み上げて行かれて、7段、8段と。はい、やれ、次!というだけでなく、走り方を教えてくれたり、飛び方を教えてくれたりしてくれたら、こんなふうに飛んでみたらとか提案でもいいから言ってくれてたら、と思いました。そして何よりも体を動かすことが生きてゆく上で大事であること、どんなこととつながっているのかを伝えてくれたら、ただただ怖くてできなくて嫌な気持ちで過ごした小学校低学年の時期や、小学校中学年になると、こんなんする意味わかんねーと思うこともなかっただろうにと思います。
●体を動かす=運動=スポーツをすること、と思い込んでいた自分がいたのにも気づきました。少し前にたまたま、一人芝居を見に行く機会があって、その時にそのお芝居をされた方の表現の凄さに唖然!人間の体ってこんなふうに動けるし表現することができるんだとびっくりしました。もちろんその方の表現力の凄さもあると思いますが、自分の中の思い込みがあったんだと気づけたのは、井谷さんのお話を聞いてよりはっきりしました。ニナルさんのおかげもあり、通っている時に教えてもらったものを家に持ち帰って、本当に少しづつですが繰り返すことで、姿勢を意識して腰の痛みが改善したり、地下鉄の階段の上りが前はしんどかったのが、最近は、楽に上がれるようになっています。体の変化を自分で感じれるようになると、嬉しいですし、自分の体がだめなものじゃないと思えるような気がします。鏡を見るのも嫌だった自分の身体をだいぶ見れるようになっているのも、ニナルさんのおかげです。年齢を重ねていても変化が起きる不思議な「身体」を自分のものにできたら良いなあと思います。貴重なお話をありがとうございました!