亡国のイージス
亡国のイージス
2005年8月11日 TOHOシネマズ・市川コルトンプラザにて
(2005年:日本:126分:監督 坂本順治)
福井晴政の原作が「このミステリーがすごい!」で評価されて、原作を読んだ時の衝撃は忘れられません。
相当長い一冊を一気にぐいぐいと読んで、読み終わったあと、ばったり寝込んでしまったのは、この本と小野不由美の『屍鬼』くらいです。
原作者の福井晴政が、「日本の小説で、アメリカ・ハリウッド大作映画のようなエンターテイメントがなかったから自分で書いた」と言った事を書いていましたが、そういう点ではこの原作は映画化されるべくして映画化されたものだと思います。
むしろ、やっと映画公開にこぎつけましたか・・・と思ったくらい。
この映画は、ハリウッド大作映画をめざして作られている訳ですが、良くも悪くも正解です。
自衛隊の全面協力で、迫力のロケをして、ハリウッドから音楽と編集を招く、壮大なストーリー展開、そしてかなりの強引さ。
男の精神のガチンコ勝負を描かせたら一番と思う、坂本順治監督がメガホンをとったのは十分納得です。
反面、女性も出てくることは出てきますが、戦闘少女・・・はあまり描かれません。
あくまでも、真田広之、中井貴一、佐藤浩市、寺尾聡・・・といった大人の男たちの船上での、または政治の場での、男のガチンコ勝負がこれでもか、これでもか!と続きます。
のっとられたイージス艦は、暴走を始める・・・謎の破壊兵器・・・東京が危機にさらされる・・・政治家たちの思惑。
それぞれの男達はそれぞれの仕事の使命に燃えていて、主張のぶつかり合いのようになります。イージス艦の艦長(寺尾聡)、先任伍長(真田広之)、イージス艦をのっとる工作員(中井貴一)・・・他、敵か、味方か?わからないながらも、それぞれの主張は、どれも間違っていないように思えます。
アクションを見せるというより、男の主張を見せるという部分が大きいように感じました。
人命を尊重するか、国を尊重するか、自分を尊重するか・・・そんな男の言い分がかなり頑なにぶつかり合う。
ハリウッドタイプの映画になっていない部分というのは、わかりやすい悪者が出てこないことかもしれません。
一応、悪役である中井貴一にも、言い分がある。それは、平和に守られた日本への警告ともとれます。
私は、政治の部分での岸部一徳が「平和というのは、戦争と戦争の間にあるものだ。ただ日本はそれが60年間続いてしまっているだけだ」って言うのが一番納得した言葉です。
まぁ、一大学生の書いた論文(それが『亡国のイージス』)が、こんな大事引き起こしますか?って気もしないではないですが、そこら辺を強引にひっぱっていく、ロケの壮大さ、人物関係の複雑さ、役者さんたちの演技合戦は見応えはあります。
映画見終わったあと、疲れがどっと出ましたけれど。
中井貴一のターミネーターぶりは、なかなかよろしいです。中井のきいっちゃんは、悪役がよく似合う。