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WUNDERKAMMER

花いちもんめ

2018.08.23 03:19

もう10年以上昔の話になる。


俺が就活の帰り道、信州の茅野駅から長野駅に向かっている途中だった。

線路が一本しかないため、電車の交差の待ち時間に停車した駅は、

夜の闇に覆われて、真っ白な霧に包まれていた。

その時、同じ車両に乗っていたのは、俺とサラリーマンのおじさんが一人だけ。


ホームを降りてタバコを一服していると、霧の中から歌が聞こえてきた。

子供たちが歌う『花いちもんめ』だった。

一体どこから聞こえてくるのか不思議でならず、同乗のおじさんに声をかけると、彼も首を傾げていた。

車掌さんもホームに降りていて、この歌の正体を尋ねてみたが、正体は分からずじまい。


結局、交差を無事に終えた電車は、俺たちを乗せてその駅から滑り出して行った。

その後、最近になって同じ路線を昼間走ることがあった。

霧に包まれていたことに加えて、10年前のおぼろげな記憶では、同じ駅を見つけることは出来ずじまい。


今も鮮明に耳に残る『花いちもんめ』の歌声は何だったのか。

霧に包まれたホームは一体どこだったのか。

恐怖はなく、俺はちょっとだけ電車に乗るのが好きになった。

今もあの霧に包まれた不思議な駅には、人知れず子供たちの歌声が響いているのだろうか。