Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

みーちゃん

俗と聖のシーソー

2018.08.23 16:04


アルナーチャラの頂上で、

日本人に会った。

それが起きる可能性は、

ものすごーーーーーく低い。

そういうときに、

偶然と運命の絡み合いって、

すごいなーと感じる。


わたしが今までアルナーチャラに感じていたものを、

いちばん話せた。

深い体験は、

言葉だけでは説明できなくて。

その場で感じたものが共有できて、

はじめて少し分かり合える。

そんな気がする。


そんな流れで、

サドゥたちとの生活をしながら、

めちゃくちゃマジメに修行をしてた、

彼の部屋を引き継ぐことになり。

(わたし、ぜんぜんマジメじゃないのにいいのかな?と思いながら)

数日過ごし、戻ってきたところ。


なぜかいつも、

そこら辺に行き着いてしまう。

今回は観光っぽくライトだな!って、

途中までは思っていたのになー。

仕入れ?ってくらい布を買ったりしてたし、笑。


そんなわたしとは真逆で、

彼らの暮らしをひと言で表現するなら、

質素の極み。

俗世を捨てた意志を表す、

オレンジの衣を纏っている。

山にお家(ひと部屋くらいの)を持っていて、

アシュラムでご飯を作り食べて、

静かに暮らしている人たち。


よそ者には最初、

もちろん反応しないけど、

そのうちお互い馴染んでくるのが、

うれしい。

最初から外人にウェルカムなタイプは、

やっぱりお金への執着を感じる。

一概には言えないけど。



これは2年前。

このとき友だちになった彼らは、

山を降りてすぐの町に、

家も仕事も家庭もありつつ、

山で修行もする。

そういう人たちもいる。


このアルナーチャラという、

大きくはない山の各場所で、

さまざまな彩りが見えてくる。

場所によって、

エネルギーが違って、

暮らす人たちが違って、

生活が変わって、

生き方も違う。


距離にしたらとても近いし、

神さまを中心にしてる土地柄で、

そのベースは同じはずなのに、

こんなにも違う世界が広がっていることに、驚く。


場所というよりは、

一人の人で、

世界ができあがってたりもする。

尊敬したくなるタイプのサドゥは、

特にそんな感じがする。

周りの人たちと交流してるけれど、

根っこは孤高の人。


シーソーのように、

違う場へ行っては、

バランスを取り直し、

自分の中心点に戻っていく。


前はシンプルにぞっこんだったけど。

今は町のカオス的なエネルギーもいいなと思えて。

いろんな場に行き来することに、

だいぶ慣れてきたかも。


自分の嗅覚を信じて、

人との間に、

シーソーのような橋を渡し、

「絶対」を捨て去る。

あるのは、流動的なものだけ。


そして、

通り過ぎるだけなら、

表面しか見えないし、

大抵いいとこ取りできるけれど。

ちょっと覗きこむと、

どこへ行っても同じだな〜と思う。


いいことも悪いことも、

いい人も悪い人も、

美しいものも汚いものも、

安全も危険もある。

人と人とのあたたかな交わりがあり、

人同士が生み出すガサガサ感がある。


大都会でも、

聖地でも、

それは同じ。


わたしも含め、

ひとりの人の中にも、

さまざまな彩りがある。


矛盾こそが、

火打ち石のように、

火花を散らし、

火を灯す。


あたたかな食事を作ることも、

すべてを焼き尽くすこともできる、

力の源が、そこにある気がする。


帰ってきたゲストハウスは、

3階が屋上で、

そこにひと部屋だけあるのが、

わたしの部屋。

広〜いスペースをひとり占め♪

ラッキー!


そこを出て、

あの暮らしをしてた自分は、

やっぱり変態だなって思う。

そんな自分がやめられないけど。