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更夜飯店

ノミ・ソング

2018.08.23 20:57

ノミ・ソング

The Nomi Song

2005年7月5日 渋谷シアターイメージフォーラムにて

(2003年:ドイツ:96分:監督 アンドリュー・ホーン)

なんだかなぁ、切ないなぁ、このノミ・クラウスって人。

70~80年代のロックシーンにあって、テナーからソプラノに変わる独特のクラッシック歌唱法、また50年代アメリカB級SF映画風のメイクとファッションに身をつつみ、クラブの独特なロックパフォーマンスが(めずらしくて)人気、そしてデビッド・ボウイとのコラボレーションで、注目を集めるものの80年代初頭にエイズで急逝。

可哀想なノミ。美しい声、天上の声を持つノミ。そして自分勝手なノミ。

このドキュメンタリーは、そんな「自分を演出している」ノミの素顔に迫る・・・というものではありません。

生い立ちもほとんど語られず、ベルリン生まれで、音大でテナーを学び、アメリカに渡る・・・そしてクラブのロックパフォーマンスという居場所を見つける・・・くらいで、ベルリン時代の話はほとんどないし、素顔をさらすこともない。

インタビューでもラフな日常生活は見せず、お洒落を通してその素顔はわからない。

かつての仲間やスタッフだった人のインタビューがつながっていきますが、音楽の才能は褒めるものの、お人柄になると結構、批判的。

「露出狂で人目につきたがった」「エゴイスト」「契約を無視して、約束を守らない」「自分の思い通りにならないと特別不機嫌」・・・・そんなだから、どんどんノミから人は遠のき、エイズで死の床についても誰も近づかないのです。まだエイズがゲイの癌と言われていて、有名人でエイズで亡くなった人第一号、そんな肩書きもあるのです。

ではノミは特別嫌な悪人だったのか、というと趣味はパイ・タルト作りで、あの格好でエプロンつけて料理番組に出てレモンタルトを作ってみせる・・・また、友人たちをパイでもてなすのが好きだったし、そのパイの美味しさに驚いたというインタビューもあります。

だからノミは、見た目は異風で「歌うミュータント」とか自称「宇宙人」であっても、ひとりの人、としてみるとプライドの高さもエゴも、成功欲もごく普通のミュージシャンと同じくらいじゃないかと思います。

ノミとデビッド・ボウイがサタデー・ナイト・ライブでコラボレーションする映像はなかなかの迫力。これがテレビ番組か?ってくらいの世界観持っていて驚きます。

また写真家達がこぞってノミを被写体にしたがった、というのもわかる自己演出ぶり。

ただし、デビッド・ボウイは流行のもの、最新のものに大変敏感で、噂を聞けば声をかける、そして自分の自己表現を完結させて、どんどん変化させていく器用さがあるのですが、ノミはボウイとの出会いで自分のスタイルを決めるとそこから変わろうとしないのです。

周りのスタッフが色々、忠告しても耳をかさずにひたすら自己満足的な自己表現に必死になる不器用な才能ある人、人の使い方が下手な人・・・そんなイメージ。

最初は衝撃的でも、だんだん世間の目は慣れてくる。めずらしくなくなると捨ててしまう。そんな中で不器用にあがいていた人。

自己表現が上手いのか下手なのか・・・私には断言できないのですが、人と違う事をして注目をあびよう・・・という意識の強い人が、それを維持保守できるのか、また次々と変化を見せて人目を引き続けることができるのか・・・そしてヨーロッパでまた注目されても、結局あだ花としかいいようのない結果。だから今、生きていても、スタイル変えずに生き残れたかどうかはわからないのです。

このドキュメンタリーはとても視線が冷静です。ノミという人を賛美もしなければ、批判もしていない。

そして80年代の音楽シーンの曲がり角・・・・その最後のロックファンタジーというべき数々のパフォーマンスの映像。これは観ていて驚くし、私はノミが最初はテナーで歌い始め、自然とソプラノに変わる瞬間というのが、何度も出てきますが飽きないし、素敵だと思います。

最後に、宇宙人衣装をやめて、フル・オーケストラで「コールド・ソング」を朗々と歌い上げるノミはとにかく歌が好きで、オペラもロックも好きで、歌いたくてしょうがない・・・という純粋な欲望がわかる姿でした。

また、パーティで近づきがたい雰囲気で孤立しているノミに、雑誌記者が連れてきた6歳の娘が'Are you from outer space?'(あなたは宇宙人なの?)と聞くと、'Yes, I am. I am from outer space.'とまるで老婆が2人世間話をのどかにしているように、火星の話を続けた・・・というエピソードが最後にぽつっとあるのが印象的。

70~80年代のロックシーンは、ノミだけでなく、こういう「作った演出で目をひく」というミュージシャン多かったのですね。

デビッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」や、ジェネシス、クィーンも最初は派手な貴公子風衣装でデビューしたのでめずらしい話ではないのですが、その後、PVが盛んになり、自分の演出方法の流れが大きく変わる時期。

そんな中で、自分を演出することしか出来ずに、失意の内に亡くなったノミは、あるロック・シーンの終焉の象徴のよう・・・

オペラが悲劇で終わるものが多いように、ノミのオペラも悲劇に終わるけれど、残したものはきちんと残していたのでした。