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中絶を決めた夫婦の考え

2018.08.24 02:22

「第一子がダウン症候群であるので、その子供の将来の生活の支えになる子供が欲しいと思っていました。


そのことが今回の妊娠の大きな理由でした。


しかし、この子供が、今おなかにいる胎児が、ダウン症候群である。


その可能性があるのであれば、羊水検査を行ってその結果が確定をしたら、中絶を行いたい。」


新型出生前診断を受けて、陽性が出た夫婦の言葉です。


この夫婦は、第一子がダウン症で、第二子の妊娠が分かってから新型出生前診断を受けようと話をしていました。


染色体異常は、35歳以上または染色体異常の子どもを産んだ経験のある方が認定施設でのルールとなっています。


この話を聞いて、中絶をするな!


と言うことは出来ませんし、


反対に、「同情」するようなことがあってもなりません。


生命をどう扱うのか?とてもシビアな世界です。


どんな選択に対しても、私たちは理解を示さなければなりません。


障がいがあっても、授かった命なんだから産んだほうが良いという、ある種の個人の感情や考えだけでは、解決することは出来ません。


また、障がいがあるから、中絶するといった偏った考え方もいただけません。


やはり、大切なのは妊婦さん、夫婦の今の生活、仕事、社会背景を考慮してベストな選択をすることが大切だと思うのです。


社会の目というものは、必ず付いて回ります。


障がい者施設で働いている方の場合、新型出生前診断で陽性でも中絶をすると、自分の今の仕事を否定することにもなりかねません。


本来は、こうした社会の目を気にせずに自分たちらしい選択が出来れば良いのですが、


それはとても難しいことです。


そもそも、新型出生前診断を受けるにあたって、妊婦さん、夫婦には「考え」があると思うのです。


高齢で妊娠したから、必ず受検するものではありませんから、受けるという選択自体、意味を持って受けていると思います。


第一子がダウン症だったから。


家族や親戚に障がいを持つ人がいて、大変だと感じたから。


安心して妊娠生活を送りたい。


様々な気持ちがあると思うのです。


医療というのは、こうした「気持ち」に応えるものでなければなりません。


ただ単に病気を治す、検査をするといったことだけが医療ではないと思うのです。


患者さんの気持ちに応えるために、治療や検査があるから医療が成り立つわけです。


例えば、歯が痛くても、その人が歯科に行かなければ医療は不要なわけです。


つまり、希望や受けたいと思う気持ちがあって、初めて成り立つものです。


新型出生前診断においても、それは当てはまると思うのです。


ただ、検査の結果妊婦さん、夫婦は陽性だった場合の選択を迫られることも事実です。


この検査の是非を問う人の中には、


検査を受けて陽性だったら迷ってしまうなら、受けなければ良いのではないか?


産んで初めて障がいがあることが分かって、そしてそれを受け入れていけば良いのではないか?


という人もいます。


それは、正論でもありますが、検査を希望する人にはそれ相応の理由があるものです。


受け入れるということも、簡単なことではありません。


例えば、ガンと告知されて、それをすぐに受け入れることは出来ないと思うのです。


また、大事な家族が亡くなってしまった時に、それを受け入れることは出来ないと思います。


長い年月をかけて、受け入れることになります。


私たちは、生活をしている中でいつも「安心」を求めています。


親が子供になってほしい将来の夢で、公務員が挙げられるのも、安定という安心感からではないでしょうか?


保険に加入するのは、万が一の時に助かるという安心感があるからではないでしょうか?


では、こうした検査を受けて安心したいと思う気持ちも、当然のように感じると思います。


以前までは、新型出生前診断がなく、染色体異常を見つけるには羊水検査をするしかありませんでした。


羊水検査は、流産のリスクが少なからずあります。


それが、医療の進歩によって母の血液からお腹の子どもの情報が分かる時代です。


新型出生前診断が生まれる前、羊水検査がファーストチョイスだった頃から、中絶に対する批判がありました。


それが、時代を超えて新型出生前診断に矛先が向けられています。


私たちは、医療の進歩とともに倫理観をぶつけ、そしてテクノロジーを退化させていくことになるのです。