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小説 No Exist Man 2 (影の存在) 序 足音 4

2023.09.16 22:00

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

序 足音 4


「なんだここは」

 天皇は、予算を使って事務所を東御堂信仁と、嵯峨朝彦にプレゼントするといって、最後は別れた。かなり酒を飲んでいたので、最後のほうの会話は、二人ともあまりわかっていなかった。ちなみに、皇室皇族の中で、最も酒が強いのは天皇陛下本人であるといわれている。実際に、天皇が酒を飲んで乱れたということは全くなく、また、完敗などをした後の湿原などもない。もちろん天皇であるからといって「酒の上で」などという甘えは許されないが、しかし、天皇は「公衆の面前で何かを食べる」ということもなければ「パーティーなどでトイレで出来を外す」ということもないのである。

 しかし、そうだからといって、皇族などとうちわの飲み会をしているときも、一切乱れないわけではない。そのような意味では、今回の飲み会や、親族である東御堂信仁と、嵯峨朝彦であるから、乱れてもよさそうなものであるが、全くそのようなことはなかった。そして、その会話の最後に、東御堂が行っている情報の仕事を、「皇室が予算を出す」ということにし、そのうえで、「皇室にふさわしい、とはいえ、東御堂や嵯峨朝彦が喜ぶ、事務所を用意する」というのである。

 それが、ここである。

 場所は東銀座、ちょうど近くに歌舞伎座があり、「歌舞伎を鑑賞に来た」と言えば、他の人々の目をごまかすことができるような場所である。そのうえで、駐車場は、この辺は共通の駐車場であるので、「駐車場から周囲に見られることなく事務所に入ることができる」ということが売りの建物である。

 しかし、二人が驚いたのは、その事務所の一回がクラブ、つまり酒を飲める場所であるという事であろう。それどころか、その建物の最上階には、菊池綾子の夫である太田寅正の事務所がある、。よく見れば、その店の名前は「流れ星」となっているのだ。

「いらっしゃいませ」

 メンバーである菊池綾子が、二人を出迎えた。

「お車でいらっしゃると思っていましたのに、お二人とも、旧皇族の偉い先生が地下鉄でいらっしゃるなんてねえ」

 菊池綾子は、笑いながら二人を招き入れた。まだ昼である。それにもかかわらず、入口に建っただけですぐに「ママ」が出てくるというのもなかなかおかしな話である。

「あ、お前、流れ星は銀座5丁目くらいにあったはずだが」

「こちらに引っ越しました。歌舞伎の役者様もいらっしゃっていただけるのですよ。それに新橋演舞場では、イケメンの芸能人も公演されますので」

 確かにそうだ。

 建物の二階が事務所。しかし、本当の事務所は地下三階で、そこはクラブ流れ星の個室から、入ってゆくことになっている。そういえば、京都の平木正夫の「右府」も同じ作りであった。

「そういえば、陛下は我々らしいといっていたが」

「はい、宮内庁の方がいらっしゃって、お二人がお酒がお好きなので、お二人のお好きな飲み物は切らさないようにと申し使っております。ただ、お代のほうは、宮内庁が初めにお出しいただきましたが、太田が断りました」

 太田寅正、菊池綾子の情夫であり、広域暴力団銀龍組の組長である。しかし、このようなことで、東御堂の情報に協力していることから、警察もあまり手を出せない。いや、警察と協力関係にあるというようなことになっている。しかし、たまに、銃刀法違反や麻薬取締法違反で、組の下の方の者が警察に連れて行かれるが、それでも銀龍組は特に何もしない。

 この東銀座に引っ越してくるときも、その業界では少々話題になり、アウトローの世界を報道する週刊誌などでは様々なことが言われたのであるが、太田寅正は何も言わず、粛々と引っ越しを行ったのである。

「とりあえず二階の事務所に」

 二階の事務所には、もともと四谷で皆で金を出し合った事務所にあったものがほとんど移されていた。多分四谷の事務所はすでに何もなくなっているのであろう。天皇と宮内庁のやることは、本人が天皇の目の前にいて動けいない場合やパーティーが行われていて外せないとわかっている間に、すべてを行ってしまう。そのようなことをやらせれば、宮内庁ほど用意周到でなおかつ仕事の早い役所はない。何しろ、飲みかけのボトルまですべてそこにあるのだ。

「さすがだね」

 東御堂は、自分の椅子があるにもかかわらず、応接セットに腰を掛けた。そんなに大きくない東御堂の体にはそちらに座っている姿が、人形が座布団の上に座っているかのように見える。菊池綾子はそんな東御堂前に、焼酎の水割りのグラスを入れた。そして、その隣に嵯峨朝彦の、こちらはウイスキーの水割りを置いた。二つとも濃いめである。

「今度から、この事務所には荒川さんが常駐されることになっています。そして、皆様のお世話は私が行いますので、よろしくお願いいたします。」

 菊池綾子は、そういうと、いかにも夜の女という感じで近くに座った。

「その荒川はどうした」

「はい、家主に」

「家主」

「はい、太田です」

「なるほどな」

 家主が太田寅正であるということは、宮内庁が広域暴力団銀龍組に金を払っているということになる。もちろん何らかの加工をしていて、マスコミが万が一にも見つけた場合は、それを隠すようになっていると思うが、それにしてもかなり大胆なことであろう。

 同時に、荒川が太田に呼ばれているということは、当然に、「家賃の話」などではない。そのような金の話は宮内庁がすべてやるはずだし、もしも宮内庁がやらなくても、天皇が何らかの形で行うことになるであろう。多分天皇の個人的な情報機関である陰陽寮が動くに違いない。

 つまり、太田と荒川の話は、金の話ではない。それは間違いなく次の仕事の話であるということになる。

「それであつめられたのか」

「はい。今田陽子さんも、青田博俊さんも、京都から小川洋子さんもいらっしゃっています。それと樋口さんの代わりの方も」

「樋口君の代わり」

「はい」

 菊池は、そういうと、自分のグラスにも高級なウイスキーを注いだ。