城田実さんコラム 第35回 今、民族の原点を見る思い (Vo.75 2018年8月28日号メルマガより転載 )
毎日ジャカルタから中継されるアジア大会が楽しい。競技そのものも面白いが、インドネシアで人気のバドミントンなどで盛り上がる観客の熱気が懐かしい。大統領も頻繁に観戦しているらしく、観客と一緒になって手を大きく振り上げたりガックリ肩を落としたりする大統領の姿などは日本人には新鮮に映る。日本では政府首脳のスポーツ観戦はどこかよそよそしさが抜けない。大型のオートバイで開会式場に登場したのもジョコウィ氏らしくて好感だ。選挙目当てだと批判もあるらしいが、日本の政治家が選挙の票を目当てに冠婚葬祭へ律儀に顔を出すやり方よりずっと親しみがある。
インドネシアの政治家はおしなべて日本よりずっと国民に近いところにいるように思う。大分前だが、テレビ番組で人気の州知事を集めて苦労話やよもやまの話を聞いた後、司会者が知事在職中で印象に残る出来事を面白く語って下さい、と突然に持ちかけた。一人づつ順番にマイクの前に移動してやや漫談風に経験談を語ったが、会場は笑いに包まれた。「笑いを取りさえすればいい」程度の日本の芸人に見せたいくらいで、日本ではまず見ない光景だ。秘書が振り付けてできる芸当とも思えず、おそらくこの程度のことができないとインドネシアでは政治家として相手にされないのだろう。その意味で、先般の日本インドネシア国交樹立60周年記念式典で、日本からの訪問団団長のあいさつをビデオで拝見したが、あまりインドネシア向けではなかった。
個人的な体験で恐縮だがもうひとつ紹介すると、天皇誕生日か何かのレセプションでのあいさつで、日本と北スマトラ州との友好の歩みをたどった後に最後の締めとして、将来への希望を自作の「パントゥン」に託したことがある。パントゥンとはインドネシアの四行詩で、各行に韻を踏ませた起承転結で意を伝えるようになっている。1週間ほど練りに練って仕上げた自信作のつもりだった。私の次にあいさつに立った州知事は、いつもの軽妙な話しぶりで会場を沸かせた後、私のパントゥンに触れて、やはりパントゥンで締めくくった。当意即妙、実に見事なパントゥンだった。知事は少し恐ろしげな顔つきの人だったので、まるで丹波大江山の鬼が即興で能を舞ったような驚きだった。考えてみれば、これがインドネシア人の一般教養なのかも知れない。彼はその後、汚職で逮捕されたが、今も悪い人とは思えない。
インドネシアの政治家をこの時期に話題にすると、先日の副大統領候補発表に触れたくなる。両陣営とも予想外の決定だったとメディアは報じた。ジョコウィ大統領陣営では、憲法裁判所のM元長官が発表直前まで本命視され、国家官房長官からは細々と正式発表後の段取りや準備の指示があったのに、予想を裏切って最大イスラム組織NUの最高指導者が指名された。次の次の大統領を狙う政党党首らにとってはM副大統領が実現したら強力な対抗馬を自らお膳立てをすることになりかねない。この思惑に、実際の政治には関与しないと組織で決議しているはずのNU指導層が相乗りしたという解説が広がっている。真相はもっと複雑なようだが、長い王朝政治の伝統を背景にした権謀術数はお手の物という政治家の一面を垣間見るような印象を残した。
アジア大会開会式の前日は独立記念日だった。長い植民地支配のくびきを乗り越えて独立を達成した民族の高揚が再び全国各地で再現された。独立後の歴史も紆余曲折、今も内外に難しい課題を抱えている。しかし、民族の原点としてみんなが常に立ち返ることのできる場所を共有している国の強さを感じる季節でもある。(了)