イスラエル 人類史上最もやっかいな問題
このブログでもたびたび書いているパススチナ問題ですが、今回御紹介する「イスラエス 人類史上最もやっかいな問題」は、イスラエルの建国の歴史、現在のイスラエル国内の政治、イスラエル住民の考え方、周辺地域の様子などなど実際にイスラエル現地で日常生活をおくらないとわからないものごとや、ネットニュースなどに登場するイスラエル理解に必要なキーワード(例えば、「ヨルダン川西岸地区」「ガザ地区」など)についても丁寧に分かりやすく解説している「イスラエル入門書」です。著者、ダニエル・ソカッチさんは、サンフランシスコ在住のユダヤ人リベラリスト。イスラエルに友人も多く、パレスチナで過ごした経験もあるユダヤ人として、イスラエルの民主主義達成のためのNGO「新イスラエル基金」のCEOとして活動しています。イスラエルで日常生活を送る人たちの視点も理解し、客観性を持ってイスラエルについて語ろうとしているところに好感が持てますし、何よりも(問題の多いように見える)イスラエル国家の未来に対しに、希望をもつ力強い姿勢に共感を覚えました。
著者、ダニエルさんは、本書の始めで「イスラエル」という国家の存在意義を書いています。彼はよく「二一世紀の現在、『ユダヤ人国家』という概念は差別的で時代遅れでは?」とか「ユダヤ人国家を現在のイスラエルに置いたことは、優れたアイデアではなかったのではないか?」といった問いを耳にするそうです。いういった質問に接する時、彼はいつも次のように答えます。「イスラエルの存在が問題を抱え、複雑なものであっても、またイスラエルの建国が罪のない人々に多くの不幸をもたらしてきたとしても、イスラエルが少なくとも、何としてでも必要だ、という切実な思いから生まれたアイデアであったことは事実である。」と。この考えに関して著者は数年前に子供達とアムステルダムへ行った時の出来事について話します。。。
子供達とアムステルダムのアンネ・フランクの家を訪れた時のこと。著者はアンネに起こった出来事について、当時11歳の娘に尋ねられました。「アンネとその家族はなぜアメリカや他のいい国へ行かなかったの?」 彼は娘に、「ヨーロッパで恐ろしいことが起こっているとはっきりわかってもなお、ユダヤ人を進んで受け入れる国はどこにもなかったのだ、」と説明しました。娘は信じられない様子で「どうしてユダヤ人が安全に行ける国が世界に一つもないの?」と聞き返しました。その時、著者ダニエルさんは、この疑問こそが「これがまさにシオニズム(の考えの発端で、イスラエルの存在意義)なのだ、」と思ったのです。
彼はまた、ユダヤ人平和運動家・作家の故アモス・オズ氏の言葉を引用してイスラエルの建国の必要性を主張しています。「シオニズム(*)は、正当性を備えている。それは、溺れる者が唯一しがみつくことのできる板にしがみついている、という正当性だ。この板にしがみついている溺れる者は正義のあらゆる法則によって、板の上に自分のスペースを確保することが許される。ー そうすることで、他人を少しばかり押しのけざるを得ないにしても。」。。。つまり、ダニエルさんが言いたいことは、「そこに留まる他に行き場のない(でなければ死ぬのを選択するしかない)人の場合、そこに先住民が生活していて、彼らに不便を与えることになっても、その人はそこに居場所を見出す権利(生存権)がある、」ということだと思います。
我々、日本人は生まれた時から、住むべき領土があり、そこに住むことは当然のこととして暮らしてきました。でも、もし我々日本人がユダヤ人のように、領土を持たない流浪の民で、安住の地を探す先々で、その土地の住民から、嫌がられたらどんな気持ちになるでしょうか。。。また、すでに住民がいる土地に無理やり入り込み、自分達の領土だと宣言しなければ、安住の住処をもつことができないとしたら、自分ならどちらを選択するのか。。。その土地をあきらめるのか。。それとも迷惑がかかると知りながら、先住者を無理に追い立て、そこで生活していくのか、、、簡単に答えがでる問題ではありません。でももし後者を選択しなければならない場合、皆さんは先住者にどう対処するでしょう。。。
近年、近隣諸国から批判的に見られることも多くなったイスラエル。おそらく建国時には、シオニストの穏健派はイスラエル近隣に住む人々の住む権利まで力ずくで奪う、ということは考えていなかったと思いますが、周辺国の態度や極右派などのすったもんだで、当初の理想から徐々に過激なやり方に変わっていったのでしょう。本書においてもダニエルさんは直接的にイスラエルの政策を批判はしませんが、彼の書く言葉の端久に、最近の保守・偏狭化傾向のイスラエルを心配している気持ちが垣間見えます。
まわりの国や近隣住民対して頑な姿勢を取るイスラエルですが、とろろでみなさんは、イスラエルの建国の理念を御存知でしょうか。。。ではここで、みなさんへイスラエルの憲法とも呼べる独立宣言を紹介します。。(ちょっと意外なのですが、次のようなものです)「イスラエル国家は、ユダヤ人の移住と亡命者のために門戸を開き、(中略)イスラエルの預言者たちが目指した自由、正義、平和を土台とし、宗教と人種と性別にかかわらず、すべての住民に社会的、政治的権利における完全な平等を保障すると共に、信教、良心、言語、教育、文化の自由を保障し、すべての宗教の聖地を守護し、国連憲章の方針を遵守する。」
イスラエルはユダヤ人多数派国家なのですから「ユダヤ人の移住と門戸を開く」のは、当然としても、驚くのは、「宗教と性別にかかわらず、すべての住民に社会的、政治的権利における完全な平等を保障する」とか「信教、良心、。。を保障し、すべての宗教の聖地を守護し、、」という理想を掲げていることです。。。こんなに素晴らしい平和の理念を掲げている国イスラエル。この独立宣言をつくった一人が、イスラエルの初代首相、ダヴィド・ベン=グリオンさん。イスラエルで最も偉大にして尊敬されていた建国の父であり、イスラエルのジョージ・ワシントンとも呼ばれている人物です。
この人物は、パレスチナという、宗教や習慣が異なる隣人に取り囲まれた土地に自分達の祖国を建国することの困難さが十分わかっていたためでしょう。。建国時、彼はイスラエルが将来選択することのできる3つの方向性を次のようにわかりやすく説明したのです(著者はこの言葉を「ベン=グリオンの三角形」と呼んでいます)。要約すると「まず、イスラエルはユダヤ人が多数を占める国家である(①)。 次に、イスラエルは民主主義国家である(②)。 最後にイスラエルはこの新しい占領地をすべて保有する(③)。イスラエルはこのうち二つを選ぶことはできるが、三つ全部は選べない。そしてこの選択によって、イスラエルはどんな国かが決まる。」
実際、ベングリオンを中心としたイスラエル建国指導者たちは、①と②の要素を持つを選択しました。つまり、「まわりの人々の土地を占領する拡大政策を放棄したユダヤ人多数派の民主主義国家」です。しかし、中東戦争やアラブ過激派に対処するうちにイスラエルは、「占領地拡大志向のユダヤ人多数派国家」の組み合わせである ① と ③ を選択する国家になってしまったようです。最近のガザ地区への攻撃もそうですが、国内に約20%いるパレスチナ人や女性への人権に対する抑圧を強めているのも最近の特徴です。
しかし、著者はイスラエルの未来を信じ、本書の中で新しいタイプのイスラエル人リーダーを紹介しています。それはアラブ系イスラエル人、アイマン•オデー氏。彼はイスラエルでアラブ系の小政党を集めてつくった連合政党「ジョイント・リスト」の党首。著者のダニエルさんは次のように彼を紹介しています。「オデーはイスラエルにとって新しいタイプの政治家である。彼はイスラエルの誇り高きパレスチナ系国民であり、アラブ人としてのアイデンティティを愛し、制度化された差別への抗議とアラブ系国民のために飽くことのなく闘い続けている。分離主義と過激主義を拒みテロを糾弾する。イスラエルの未来は、アラブ人とユダヤ人の両方を含む、共有された未来でなければならないと力説する。。。」
アメリカ大統領になったオバマさんではないですが、こういった国家の多様性を体現するリーダーのもとで、アラブ人とイスラエル人が仮にでも平和に共存できるようになったら、そのプラスの影響は必ずイスラエルの周辺国家にも波及し、やがては未来志向のパレスチナが誕生するのではないか、、と期待するのは自分だけではないと思います。。(みなさんはどう思いますか。。?)(ちなみにダニエルさんは、オデーさんの他にもこれからのイスラエルを担う新しいタイプのイスラエル人リーダーを紹介しています。興味のある方は是非一読を。)本書ではまた、日本人にはよくわからない、イスラエルのユダヤ教原理主義者とアメリカのキリスト教福音派との結びつきも説明しています。。また、最初にも書きましたが巻末のイスラエル理解のためのキーワード解説は圧巻。一つひとつの用語について客観的に要領よくわかりやすくまとめていると思います。現代イスラエルを理解したい方にとっては必携帯の一冊だと感じました。
*シオニズム:パレスチナにユダヤ人の民族的拠点をつくろうとする思想・運動