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超人ザオタル(115)覚醒の波

2023.09.23 00:48

アフラが真実の自分に目覚めたとき、すべての人々が目覚めた。

なぜなら、この世界には実のところひとりしかいないからだ。

しかし、いまの時点ですべての人が目覚めているわけではない。

すべての人が目覚めていないのは、時空という摩擦があるからだ。


加えて、人は個人、つまり自我を「私」だと誤認しているため、

目覚めへの抵抗はさらに強まっている。

大きな流れとしては、すべての人は真実へと向かっている。

だが、そこにどのくらいの抵抗があるのかは未知数だ。


アフラの目覚めがすべての人々に波及するために、

どれだけの時間を要するかは分からない。

もし、真実に目覚めたいなら、いまの人々には勇気と努力が必要だ。

それは、その扉を開ける勇気、真の「私」を認める努力のことだ。


心の奥の扉を開けたとき、そこで真の「私」を目の当たりにするだろう。

しかし、それだけで目覚めが完成するわけではない。

ほとんどの場合、すぐにその扉を閉めてしまうのだ。

そして考える。


あれがほんとうに真の「私」なのだろうかと。

どうすれば、あれが「私」だと認めることができるだろうか。

はじめにおいては、それが「私」だと認めることは難しい。

なにしろ、それには姿かたちがないのだ。


姿かたちがないものを「私」として認めてもいいのだろうか。

それはとんでもない間違いなのではないのかと不安になる。

この世界では身体と心があり、それが自分だと明確に認められる。

それは物質的にもエネルギー的にもはっきりしているのだ。


しかし、あの扉の向こうの「私」には身体も心もない。

何の動きもなく、何の性質も、個性もない。

世界での自分に慣れた身にとっては、それがとても異質に感じられる。

その「私」に対する違和感が解けなければ、また世界へと戻っていくだろう。


やはり世界の現実感のほうが安心できると思うのだ。

それでも、姿かたちのないそれが「私」ではないかと感じる者もいるだろう。

そして、それが真の「私」かどうかを確かめはじめる。

アフラの波が彼の人を捕まえて、目覚めへの道へと歩ませる。


この世界で培われた自我は強い力を持っている。

その最たるものは、自我が「私」であるという認識だ。

この世界で人が経験することの基盤はその認識なのだ。

それがなければ、すべてが崩壊するとさえ感じるだろう。


そのため、自我は「私」の座を簡単に明け渡したりはしない。

それを奪おうとする者には命がけで抵抗もする。

扉の向こうには真の「私」がいる。

自我は自然とそれにも抵抗するだろう。


それが「私」であることの不利な点を見つけて、

それを遠ざけようとする。

真の「私」を軽視し、あざけり、そして無視する。

実のところ、その「私」はこの世界では無力だ。