トニー滝谷
トニー滝谷
2005年2月8日 テアトル新宿にて
(2004年:日本:75分:監督 市川準)
「トニー滝谷という名前は本当にトニー滝谷というのだった」
というナレーションからこの映画は始まります。
トニー滝谷と父、をイッセー・尾形、その妻と妻の服が着られる女性を宮沢りえがそれぞれ二役演じています。登場人物はほとんどこの「2人」なのですが、主人公には、ナレーションの西島秀俊、そしてピアノの楽曲を作曲、演奏した坂本龍一も加えたいと思います。
それだけこのナレーションと音楽が、映像にぴったり合っているからで、これなしではこの映画は成り立たなかったでしょう。
孤独な生い立ちのトニー滝谷は、孤独であることが好きなのではなく、ただ子供の頃からの孤独に麻痺してしまっている。
そこの所が「豊かな孤独を選んでいる」映画『さゞなみ』の主人公とは違っています。
孤独でもイラストレーターとして、自立しているトニーの前に現れた女性。そして結婚。トニーは孤独から解放され、妻がどんなに洋服や靴を病的に買っても、金で買えないものを得たことで満足しますが、同時に失うことへの恐怖を感じることにもなります。
孤独から脱出できたとたんにさいなまれる喪失感への恐怖。
この映画には生活感がありません。トニーの暮らす家も部屋もどこかうつろで寂しげです。妻の宮沢りえが、また美しくも脆い姿なのでますます、生活感がない世界です。
あくまでも「孤独」をめぐる詩情性を重視していて、ナレーションが台詞となり、台詞がナレーションとなり・・・西島秀俊の淡々とした口調が、この世界にまたぴったり。
映像は、右から左へとカメラがゆっくり動き、シーンのつなぎ目がないような作りになっていて、まるで映画のフィルムをじっくり見つめているかのようです。また妻の買い物のシーンは足のアップだけで終わらせて、あとはクローゼット部屋に静かに着られることなく下がっている高価な洋服、並べられた靴。そんな静かな演出が好きです。
イッセー・尾形は、終始表情がありません。しかし目の表情は豊かでさすがですね。そして慈愛に満ちた宮沢りえの美しい横顔と声、細い手足。
妻が事故で亡くなってしまい、恐れていた喪失感に耐える、その姿がまた静謐です。
たくさんの服と靴を捨てられなくて、妻をどうしても忘れられなくてトニーは、妻と同じサイズの女性(宮沢りえ)を雇うことにします。
フリーターでその日ぐらしをしていたその女性は、たくさんの服のある部屋に通されて、試着してみてください・・・と言われ、おずおずと手を通しますが、涙が止まらなくなってしまう。「こんなに服があるのを見たのは初めてで・・・」といって泣き続ける女性を見つめるトニー、この2人の姿がとても美しいです。
「コートも必要だろうと言われて、カシミアのコートも選んだ。こんなに軽いコートを着たのは初めてだった。」というナレーション。
この言葉は何気ないようでも、とても重みがありました。
洋服を着るというのは、自分にない何かを埋めてくれるようで・・・と、結婚する前の妻は言います。そして、いいものを選ぶ目を持っている。高いものでも自由に買える。でも満たされなくてまた買ってしまう。そんな亡き妻の表情が見えるような言葉ですね。
原作は村上春樹の同名短編小説です。純文学を映画にするのは難しいのですが、この映画は大人の映画。
いやらしくなく、わざとらしくなく、自然で生活感のない世界。そんな原作を選んだ監督のセンスはとても「高級志向」です。
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2008年2月22日 DVDにて
この映画を映画館で観たのは、2005年の2月でした。
映画館で2回観たのですが、この度、DVDを購入しました。
わたしは、DVD収集はしていません。
買うのに3年間、考えてしまいました。
好きな映画は・・・?と聞かれると、その時の気分にもよりますが、「さびしげな映画」が好きかもしれません。
そういう意味ではこの映画を再見して、つくづく「さびしげな映画 NO.1」だな・・・と思いました。
坂本龍一による、静かなピアノの音楽が、ずっと流れ、そして村上春樹の原作をそのまま朗読しているような西島秀俊のさびしげな声と口調。
洋服を買うことが、好きで好きで・・・空っぽの自分を埋めてくれるようで・・・とささやくように言う、女の人。
孤独になれてしまった男、トニー滝谷が初めて好きになった人。
そしていなくなってしまう人。
残された服や靴・・・・その場にへたりこんでしまうトニー滝谷の表情は一見無表情ですが、なんともいえない「さびしさ」をたたえています。
静かに横に動くカメラ。いろいろな部屋。外のシーンというのはあまりありません。
あくまでも室内の映画。
それなのに何故か生活感は薄い。薄幸感の出し方がとても詩情性があって好きですね。
これからも何度も観ていきたい映画。
買ってよかったです。