第8回十字軍3-激突マムルークVSイルハン
2018.09.02 08:47
1260年、ダマスカスを制したモンゴルのイルハーン国は、いよいよエジプト征服に動きだした。将軍はキト・ブカである。マムルーク朝は論議の結果、これを迎え討つことに決した。9月3日、両軍はガリラヤ丘陵のアイン・ジャールートで激突した。数で勝るモンゴル勢は一気に押しつぶそうとしたが、バイバルスの陽動作戦にひっかかり、深入りしたところを本隊に襲いかかられ、大敗を喫した。
お株を奪われた戦術で敗北したキト・ブカは降伏を拒否して斬首され、イスラムからも天晴れと称賛された。前のダマスカスのスルタン、アル・ナシルも、内通を疑われて、モンゴルによって処刑、ここにアイユーブは完全に絶えてしまう。
マムルークのスルタン、クトゥズは、ダマスカスに入城し、マムルークがエジプトだけでなく、シリアにまで支配を広めることとなった。しかしクトゥズは、バイバルスを怖れ、アレッポの領主にしなかったため、かえってバイバルスに殺害され、バイバルスが名実共にスルタンとなった。
バイバルスは、先代カリフの弟カシムをカリフとして、カイロにイスラム帝国を再建した。対モンゴルに軍を強化し、軍事国家化を強めていく。そして十字軍国家を圧迫していくことになるのだった。
下はアイン・ジャールートの戦い