コーヒーと残り夏(のこりか)編
あぁ、暑い。
日が出ている間は、夜の肌寒さが嘘みたいに暑い。
窓を開け放つには、まだ早いみたい。
「ゆづきさーん」
「うん?」
「もうすぐコーヒーの日ですけど、何かします?」
10月1日は国際コーヒーの日。
コーヒーが好きな人じゃないと、まず知らない日。
「そうだなあ。特に何かするつもりはなかったけど」
少し考える顔をしてから、
「いつも出さないものでも出してみようか」
「いつも出さないもの…?」
「ほら、ウチはドリップメインだから、淹れ方で味が違うのを楽しんでもらうとか」
「それ良いですね!シロップ用意して、自分の味を作ってもらったりとか」
「うんうん。幸い知り合いもいるし、やってみよう」
「あんまり自由にすると大変かもしれないですよ」
「そうだね。ある程度、絞っておこう」
と、スルスル決まっていった。
長い間一緒にいると、あえて言葉にしなくても良いことも多いけれど、
私は言葉にする方が好き。それを分かってくれてるから嬉しい。
決まったのは、
いつものお豆をドリップ以外に、フレンチプレス・エスプレッソで出すこと
オプションで、フォームドミルクとシロップを用意すること
ミルクの量は私たち任せで、シロップは基本1スプーン。
ドリップの人には、お豆を自分で挽くかどうか選んでもらえるようにして、
待ち時間も無駄にしない。
こんな感じ。
2人だけど、きっとすごく忙しくなる。
そんな見え透いた当日を迎えた。
10月1日、晴れ。
やっぱり暑い。けれど、9月と空気が違う気がする。
「頑張りましょうね」
「うん」
と気合を入れたのは、外がザワザワしてるのを感じたからだった。
お店は、すぐに所狭しになった。
ただ、こちらの雰囲気を感じてか、急かすお客さんはいなくて、
思っていたよりはしっかりひとりひとりお話しできた気がする。
豆を挽くことを選んだお客さんは、
「こっれは…!!力が要る…!!!」
と苦労していたけれど、これにはちゃんとコツがある。
「これは、こうやって、下をしっかり支えて、遠心力を使って回すんです。
私、そんなに力無いですけどちゃんと回りますよ」
「おおお、さっきより回る!」
機械なら一瞬のことも、手挽きだと時間と、モノによっては多少、力が必要になる。
ところで、ゆづきさんは…
「左がドリップで、右がフレンチプレス。お湯の温度も違えば、豆の挽き目も違うんで、
味の濃さも全然違うんですよ」
「へぇ〜」
一口ずつ啜ってから、
「同じ豆でもこんなに違うんですねぇ」
「いつも飲まない方は新鮮に感じませんか?」
「確かに〜。フレンチプレスだと俺には濃いから、割りたくなるねぇ」
「この豆なら、お湯で割ってアメリカンっぽく飲んでも良いと思いますよ」
いつも通りだった。
このあとも、穏やかに時間は過ぎて、閉店時間を迎えた。
「お疲れさま、詩歩」
「おつかれさま。ゆづきさん」
「忙しかったね。はい、どうぞ」
出してくれたのは、甘いキャラメルマキアート。
「あぁ、甘さが身にしみる〜」
「良かった。じゃあ、僕も」
ゆっくり飲んでいく。
飲んだあとの溜め息は、悪いものばっかりじゃない。
今日は良い夢、みれそう。
そう思った瞬間には、意識を手離していた。