カルーア・ハロウィン・ナイト
僕の母は、呪われている。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい、カヌレ。"ヴァンぱんヤ"へようこそ。」
お店のトビラをあけると、芳醇なバターの香りがぶわっ!とひろがって、ロウソクの灯りで彩られた店内とぱんヤさんの暖かい笑顔が僕を迎えてくれる。
「ご注文は?」
「契りパンたくさん!」と、いつもの注文をする。彼は慣れた手つきでぱんを詰めながら、
「他にも何か買っていきますか?」と尋ねた。
そんなの決まってる!
「どでかぬれ!!」
「ふふ、貴方、本当に好きですね。」
「うん、大好き!」
「ありがとうございます。今日の隠し味は"ブラッディ・メアリー"ですよ。」
両手いっぱいに収まるほどどっしりとした"どでかぬれ"。カリッとふんわり、クラクラしそうな香りがたまらなくて、よだれが出る。
「では、お代をお願いします。」
シャツをまくって、肩を差し出す。これが、"ヴァンぱんヤ"でのお会計だ。
…ちくり。
「それでは、クレアによろしく伝えて下さい。」
実は、ぱんヤさんは"カボチャの死神"の呪いで寿命が来てしまったママを"契りぱん"で眷属にして寿命を延ばしてくれている、命の恩人なんだ。
「ありがとう、ぱんヤさん。」今日も早く届けなきゃ。僕は帰り道を急ぐ。
家を出てくるときのママ、辛そうだったな。―――ん?なんだこの音…?ごう、と何かが頭上から迫る音がする。
「全人類のみんなー!お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ?カボチャの死神ことジャック・ザ・リーパーだよー!」
空に、頭だけで1000号のホールケーキに匹敵する巨大な影が現れた。
「おや?お出迎えナシかい?拍子抜けー。それじゃあさっそく味見といこうか!!」
死神が巨大な鎌を振り下ろし、チョコウエハースで舗装された街路を貫く。
《警報発令。国民の皆様!直ちに屋内に退避しハバネロボムの発射に備えて下さい!迎撃対象はジャック・ザ・リーパー!【星菓騎士(ハロウィン・ナイト】出動要請!》
こいつが…ママに呪いをかけた"カボチャの死神"…?
「この挟んであるチョコクリーム、たまんないよねぇ。ぺとっとししててさぁ…そう思うでしょ?そこの君。」
まずい、目をつけられた!刹那、背後から雷鳴が解き放たれる。
「《超菓子砲(エクレールガン)》ッ!!」
「ぐぅっ…!!」巨体がよろめき、身を捩らせる。
「この子に手を出すな!!」怒りの形相で現れたのはママだった!杖を抱え、地に膝をついている。駄目じゃないか外に出ちゃ…!ってか魔法が使えるなんて僕聞いてないけどね!?
「はっはー!ジャック・ザ・リーパーちゃんふっかーつ!あれ?お前なんで生きてんの?」
「…オバケかもしれないわね」
「わーぁ、何それ。笑えますー。でも残念。今のお前は死に損ないだ。私には敵いません」
「黙りなさい、すぐ消し炭にしてあげる…!」
「甘い甘い。流石はお菓子の国の住人だ!」
「星菓騎士をなめるな!!《超菓子(エクレール)》・・・」
「無駄だって言ってるでしょーが!」
「あぁぁぁあっ!!!!!!」大鎌が振り抜かれ、斬撃がママにっ…!
「私は欲しい物は全て手に入れる!蜘蛛の巣に輝くたったひと粒の雫から惑星を覆うダイヤの雨まで全部全部!」
「カ…ヌ…」
「さて。落ちたおやつはゴミ箱にポイだ。終わりにしようか。」
「やめろっ!!」飛び出そうとする僕。その腕をぱんヤさんが掴んだ。
「早くお逃げなさい!貴方まで死んでしまいますよ!」
「でも!!」
「ハバネロボムを吸ったお菓子の国の住人は皆死んでしまいます!それでも言う事が聞けませんか!」
「聞けない!ママを助けたい!それにぱんヤさんのぱんも好きだ!死ぬなんて言わないでよっ!」
―――瞬間、包みに入った契りぱんが輝き出す。
「この光は…?」
「…カヌレ、私と契約しなさい。貴方には【星菓騎士】になる資格があるようだ」
「僕が…!」
「私が心血注いで焼いたぱん、とくとご賞味あれ。」
「わかった、僕を【星菓騎士】にして…!」
「すみませんクレア。契約を破ります。…あの瞳に、私は弱いのです」
「いま助けるっ!」
"契りぱん"の光が膨れ上がり、僕らを巻き込んでいく!!
「「契りを千切り」」
「「非力も獅子に」」
「「鬼神の力(りき)でブッチギリっ!!」」
「「ブール・ド・ヴァンプッ!!」」
僕の両腕に焼き菓子をかたどった重厚なガントレットが形成され、身体が鎧に包まれる!
《血菓冠の籠手(ブラッディ・カヌレット)》!!!
「頼みましたよカヌレ!」
力を込めた脚から街路がひび割れ、僕の身体が高速で空へと舞い上がる!
「ジャック・ザ・リーパー!!!」
「静かにしてもらえませんかねえ?私は忙しいんですよっ!!!おらっ!」
「《拳(カヌレット)》っ!!」
ばぁん!!拳で大鎌をはたき落とし、柄に飛び乗ってカボチャの死神へ肉薄する!!
「鬱陶しいなぁもう!我が身を包め《金剛石の灯籠(ブリリアント・ランタン)》!!最高硬度のダイヤの鎧!菓子如きに太刀打ちできないでしょう!」
「いいや砕いてみせる!このカヌレットで!!」
「このクソガキゃぁあぁぁああぁ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
篭手を更に肥大させ、10000号の一撃をカボチャの顔面へ叩き込むっ!
「《《血菓冠の巨大籠手(どで・カヌレット)》》おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ミシミシと広がるヒビが、競り合いの果てに轟音を放って劈開する!!
「馬鹿なッ!こんなガキに敗れるなんて!!これで終わらない、終わらないよ!また会おう少年!!いつかのハロウィンで、必ずだ―――!」
砕け散った七色のダイヤが舞い上がり、アラザンのように僕らの街を彩った。
「カヌレ…!!」
「ママ!生きてる!」
おもいっきり抱きしめられる。元気になってる…よかった!呪いが解けたんだ!
「ぱんヤさん。ありがとう。私…」
「これで、契約は終わりですか」
何故か寂しそうにこぼす彼。
「私、眷属やめるわ。」
「…はい」
でもそのかわり、とママはにっこり笑う。
「私と結婚してくれない?」
その晩のこと。挙式は街の人をあつめてすぐに行われた。場所は"ヴァンぱんヤ"で。
「それでは!新しい二人の門出に!」
『ハッピー・ハロウィンナイト!』
これで"どてかぬれ"食べ放題だ。
僕の母は、祝われている。
おわり