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Silent White Moon

たいせつなもの 2

2018.09.07 15:00

そのまま病院に運ばれた。救急車の中で耐え難い痛みと吐き気に襲われた。でもそれがとても気持ちよかった。打撲の痛みとは違う、捻挫の痛みでもない。骨の髄から襲ってくるような、憧れ続けた骨折の痛み。もちろん、今まで経験したことのないような激痛は、全身に脂汗を掻かせた。痛みに強いわけでもない。それを噛み締めながら、口元が緩まないように必死で取り繕った。


すぐにレントゲンを撮られた。左腕の太い方の骨が折れているという。左腕はどんどん腫れて、指先も動かなくなっていく。ズレがあって、手術を勧められたけれど、傷跡は残したくなかった。


看護師さんが私の身体を抑えつけると、先生が思い切り左腕を引っ張った。目から火が出るかと思うくらいの痛みが、左腕を襲った。何度も曲げ伸ばしされ、無意識のうちに涙が溢れる。

その後シーネで腕の付け根まで固定され、ひどく熱を持ったままの左腕は三角巾で吊られた。指先はソーセージのように腫れ上がって、動かそうとすると鋭い痛みが走った。


全治3ヶ月。初めての骨折。それも利き手の。今までに感じたことのない感情が頭を埋め尽くしていく。


会社に連絡して、そのまま直帰させてもらった。歩くたびに響く痛みを感じながら、ふわふわとした足取りで帰宅した。

スーツから着替えることもなく、ベッドに横になる。目の奥が熱い。熱があるんだと分かった。



痛い。熱い。動かない。痛い。バッキリと折れた骨。はっきりと聞こえた気味の悪い音。



今までに感じたことのない衝動が、折れ曲がった左腕を見た時から止まらなかった。しっかり巻かれた包帯を解いていく。少し落ち着いた痛みが、ぶり返す。


「うぐぅぅ…!!!!」


右手でゆっくり左の手首を曲げる。折れているところがはっきり分かるくらい、激しい痛みが走る。無理やり左手を下着の中に入れる。痛みを感じながら秘部を触ると、その一瞬で絶頂に達してしまった。

どれくらいの時間が過ぎただろう。狂ったように愛撫し続けて、疲れ果ててシャワーを浴びた。左腕はさらに腫れて、耐えきれず処方された座薬を入れた。素人目にも、また骨がズレたことが分かった。シーネを当てると、元どおりに包帯を巻いた。

心臓が口から出てしまいそうなほど鼓動が早い。病院で、言い訳をしないといけないから。私は恐ろしいことを考えていたけれど、迷いはなかった。

ベッドの上に立って左腕を前に出して目を閉じた。ゆっくりと身体が前のめりになる。


「ぎゃぁああああああああ!!!!!!」


少しビビって、膝を先についてしまったけれど、それでも身体を支えた左腕には強い衝撃が加わって、突き抜けるような痛みが脳天まで走った。


おかしくなってしまったんだと思う。

あの少女にあげたのは、指輪じゃなくてもっと人として無くしちゃいけなかったものだったかもと思うほどに。


見開いたまま閉じられずにいる目からは涙が溢れ、うめき声をあげながらのたうちまわった。指先は痺れて感覚はないけれど、耐えがたい痛みは時間が経っても治まる気配はない。

なんとか立ち上がって生理用のナプキンを着けた。濡れた下着を片手で洗うのは、正直だるいから。


タクシーで病院へ向かう。レントゲンの結果、細い方の骨にもヒビが入っていた。最初よりも長い時間をかけて整復された。嘘じゃない痛みに、泣き喚いた。怪我してるのに転んだ君のせいだとおじいちゃん先生は言って、今度はギプスを巻かれた。


想像よりも軽いギプスの中で、爆発しそうな重苦しい痛みが暴れ続け、一睡もできず、気づいたら朝になっていた。


その日は仕事を休んで、家に引きこもったけれど、次の日からは出勤した。紺のパンツスーツに真っ白な三角巾は目立った。すれ違う人の無遠慮な視線が突き刺さる。ガラスに映った、バッグと紙袋を右手だけで持ち、平静を装ってヒールで歩く必死な自分がとても滑稽に思えた。その姿は道ゆく人の良さそうなおじいさんが、手伝おうかと申し出たくなるほど無様なものだったんだろう。


1軒目のサロンを出る頃には肩も首も凝り固まっていた。左腕は絶え間なく痛みを訴えた。脂汗が止まらず、トイレに駆け込んで座薬を入れた。


動かない利き手。激しい痛み。全治3ヶ月。


ギプスから覗く指も、自分のではないかと思うほどに腫れあがっている。下着の中が生温かい。街路樹のセミの激しい鳴き声が私のおかしくなってしまった頭に響き渡った。