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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

社説 ▲松葉杖を捨て、自らの脚で立て!▼

2018.09.04 21:00

   名古屋逆もの講が終わり、二次会三次会と夜の街へ歩みを進める。店長や皆と語らえば、甘えた精神ではいかん!なんて気になり、僭越ですが社説を書いてみました。ずいぶんと文体が軽いですが市川さん、読まれてますか?大丈夫かな。あえて書き直さずにずずーっと書いてみます。いつだって挑戦です(笑)



   9月2日、雨がまばらに降る国鉄会館の一室。

清水店長をお招きして、心のネジを締め直す。

いや、逆に緩めてもらっているのかな?

心から楽しみにしている仲間の集まりに、私自身ずいぶんと救われているのも事実である。

しかし、正直怖くもなる。我々主催者にとって居心地の良い環境は注意しなければいけない。心はいつだって腐りやすいのだ。



人が集まれば、まず己の胸に手を当ててみたい。

教祖と信者、王様と奴隷、医者と患者の行き過ぎた関係へと知らぬ間に踏み込んではいないだろうか?

「国家、会社、学校、家族、男女」どんな関係にも歪みは潜んでいる。



例えば、ある人物の話…。

集団に参加し、仮の居場所をみつけた。

周囲を心の底では恐れている。「自分は価値が無いのでは?」と知識、肩書き、財産で武装する。周りに悟られぬため、傷つかない心理的な壁を築く。

壁の中は孤独だ。孤独は一人思い込みを生み、自らの劣等感から敵を作る。他者との比較、勝負を始め、身内で上下を作り、命令・支配を始める。似た者同士は集まり、権威を真似た集団が完成する。自浄作用はなく壊れるまで突き進んで行く。


この人物は何が欲しかったのだろうか。

人に保護をしてもらいたかった、安心を求めた依存心ではないだろうか。

組織も、目的が居場所を守ることにすり替わることが多い。本来の目的は何処へやら…。

人の根っこが成熟していなければ、居心地の良さに誘われて誰でも心の弱さが顔を出すもの。

こんな事を書いている、私にも依存心がハッキリと存在し、揺らめく姿が見える。



われわれにとっても

依存の克服は大きなテーマだ。

人は孤独と不安を恐れ、安心と保護を根源的に求めている。この安心と保護が満たされて情緒的に人は大人に向かって成熟できるのではないだろうか。


しかし、安心と保護なんてどこにも無い。

では、どうする。

それこそ「一人庶民革命」なのだ。

安心と保護を外の世界にに求めてはいけない。それは胸の内、己を知り抜き自らの脚で立つのだ。

我々の学びは、「安心と保護」の失われた日本で

宿命を立命に逆転できるかどうかにかかっている。

「一人庶民革命」を一人になっても私は歩む決意をした。この回心が「国家」への処方箋にもなることを信じている。



偽りの弱き者に問う。

自らに革命を起こし

松葉杖を捨てよ!

自身の足で立ちあがれ!



佐古田