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砕け散ったプライドを拾い集めて

好きだった雨

2018.09.05 12:14

【ワーディング】

2008年頃、学生から一冊の本をプレゼントされました。ストーリーと短歌を組み合わせた枡野浩一の著作『ショートソング』でした。それが「口語短歌」とのまともに向き合った最初でしたが、〝伝統的短歌〟の現状も少しは窺い知ることができました。

  好きだった雨 雨だったあのころの日々 あのころの日々だった君 

  階段をおりる自分をうしろから突き飛ばしたくなり立ちどまる  


「口語短歌」への違和感というのが当初ありましたが、それは「古今集」とか「新古今集」などを短歌と思い和歌と信じていた既成概念がそうさせていただけのことでした。だって、〝伝統的〟短歌が詠われたときには、その当時の〝口語〟で詠われたものであったのでしょう?
この現在にあってなお、小説は「源氏物語」、随筆は「枕草子」だって肩を怒らせているのは滑稽です。短歌も口語でいいのです。

「口語短歌」というのはすでに明治時代から試行されていたようです。でも今日の「口語短歌」への最大のカタパルトは『サラダ記念日』の俵万智だったと思います。彼女の文語と口語の混合体は280万部のベストセラーとなり、とにかく〝口語による短歌〟も市民権を獲得してしまったと思います。

  この刺青いいわとスケが言ったから7月6日はカラダ記念日  
  (失礼しました。これは筒井康隆のパロディの方です)   


  ひとつだけ言いそびれたる言の葉の葉とうがらしがほろほろ苦い(俵万智)

 歌人で詩人の穂村弘さんが「圧縮と解凍」というPC用語を使って見事な解説をしています。短歌の理解がなかなか難しいのは、歌になっている情報に「圧縮」がかかっているからで、読者は読みの過程でこの「圧縮」された情報を「解凍」しなくてはならないと。 そこへいくと、「口語短歌」は文語・古語の難渋さを排しているので、少なくてもそのことの「解凍」の負担は低減されるということはあります。「圧縮率」の低減化は必ずしも保証できませんが、それらを含めてに〝口語ライトヴァース〟(light verse)の提唱です。
ただし、読んで解るように、ライトヴァースであっても、持っている想いとか世界観が必ずしもライトなわけではありません。ヘヴィなものを貰うことも度々あります。  

いくつか紹介します。

  だいじょうぶ  急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし (宇都宮敦)
  ハンカチが落とされている感覚を背中に残したままの生活(天野慶)
  (解凍できなくてヒィヒィ言ってたら、
   若い人がゲームの「ハンカチ落としじゃないですか?」 ですぐに氷解。) 
  雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁 (斉藤齋藤)
   (読んだとたん、哀しくなった。淋しくなった。濡れた県道と、
   まとわりつくような雨の音が聞こえてきた。作者の名も〝なんでしょうこれ〟という名前。)

日本語の源を南インドのドラヴィダ語族のタミル語に求める学者がいますが、いくつかの共通の言葉と同時に彼らの詩歌の韻も五七調なんだそうです。縄文の頃からの遺伝子なんでしょう。

  焼肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き(   俵万智 )

1997年に発売された俵万智の第三歌集「チョコレート革命」です。この歌集のテーマは、「不倫」でした。「サラダ」も10年経つと「不倫」になるんですね。