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超人ザオタル(116)唯一の希望

2023.10.07 00:40

ほんとうに真の「私」には何の力もない。

自我はこの世界で力を得るために努力してきた。

それを捨て去って、無力になることなど意味がないと主張するだろう。

そして、さっさとこの問題を終わりにして、世界に戻ろうとする。


世界には努力して得られる幸福に満ち溢れているのだ。

時間を無駄にして、その機会を失うことのほうが恐ろしい。

そんな自我の主張は的を得ているように思える。

ほとんどの人はその主張を認めて、世界へと戻っていく。


ただし、真の「私」がこの世界で何かしらの利益を与えてくれるならば、

それを認めてもいいと取引きを持ち出すかもしれない。

もちろん、何の力もない「私」がそんなものを与えられるはずもない。

この世界での幸福も成功も自由も実現させることはできないのだ


もし「私」がこの世界での利益を確約するなら、

それは真の「私」ではなく、自我の願望が生み出した妄想であるといっていい。

世界を超えたところの存在である「私」が、

世界に何かしらの影響も与えることなど不可能なのだ。


そんな圧倒的な強さを持つ自我ではあるが、

それに対して懐疑的な見方をする者もいる。

「私」はほんとうに自我なのだろうか。

自我の主張に沿って生きることが正しいのだろうか。


世界で幸福になることが望んでいることなのだろうか。

どんな幸福でさえ、世界の変化によっていつかはほころびるものだ。

そうだとするなら、世界にいる限り、そこに求めるものはないも同じだ。

結局のところ、幸福は不幸を、成功は失敗を、健康は病気を待っているのだ。


唯一の希望は、扉の向こうの「私」に託される。

自我はその「私」が何かを知ろうとする。

「私」とは存在のことだ。

真我とも呼ばれている。


その存在は瞑想を通して知られることになる。

瞑想は心の奥の扉を静かに開く。

自我はそこにある存在を感じて、それとひとつになる。

ひとつになることで、それが何かを理解するのだ。