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Angler's lullaby

フェス男のハレ姿

2018.09.08 15:00

日本には、「ハレ」と「ケ」という言葉がある。

 

元々は民俗学や文化人類学において出来た学術用語らしいが、今では普通に生活する中でも時々耳にする言葉ではないだろうか。
 

「ハレ(晴れ)」は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」を、「ケ(褻)」は普段の生活である「日常」を表している。 


昔の日本人はハレの場においては、衣食住や所作振る舞い、言葉遣いなどを、ケの時とはしっかりと区別していたらしい。 



転じて我々。


以前は釣りに関することで生計を立てているプロアングラーの方々のことをうらやましく思っていたけれど、最近はそうでもなくなってきた。 


普段は日々の糧を得るために仕事を行い、次の釣行に思いを馳せる。 


「ケ」があるからこそ、「ハレ」のありがたみが分かる。これが仕事になってしまうと、「ハレ」と「ケ」が逆転してしまわないのだろうか。

あのワクワクが我々が仕事に行くような、ちょっと憂鬱な感覚になっていないのだろうか。 


 余計な心配だろうけどそんなことを思ってしまう。 




鮭鱒族がいる山や森に入るということは、俗世間を離れて神の領域に入らせていただくということだ。日本人は昔からそう感じてきた。 


そう捉えればこの釣りに飽きるなんてことはない。ケを脱して、ハレを行うのだ。


そのためには、服装から、道具から、心までもキチンと整えて臨むのが作法であり、礼儀だろう。
 

この釣りを単なる趣味、日頃のストレス解消と言われると少しさびしい。もう少し高尚で、深淵なものを包含している気がするから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある釣友がいる。彼のテーマカラーは黒だ。問答無用でブラックなのだ。


ある夏の日の渓流。珍しく3人という大所帯で出かけたときのこと。現場で着替えた彼のファッションはひときわ我々の目をひいた。 


真っ黒なキャップ。鏡面加工のサングラスも真っ黒。

ウェアも、リュックも、ロッドも、ゲーターも真っ黒け。全身フルブラック。 



ついでに、同乗させてもらった彼のドイツ製クロカン車も、細かいパーツにいたるまで漆黒のカスタマイズが施してある。

 

確かに見た目はイケている。元々スリムな体型でスタイルはいいし、ファッションセンスも悪くない。いつもキレイに整えられた無精ヒゲからはダンディさが漂っている。 


全て彼らしいと言えばらしいのだが、ただ一点。

渓流ルアーフィッシングで全身真っ黒けというのは果たしてどうなんだろう?そこだけだった。
 

夏の渓流だ。スズメバチって確か黒い色に興奮するんじゃなかったっけ?もしでっかい巣に突然出くわしたら、シャレにならないだろうなあ、とか。

 

今は雨模様だからいいけど、もし陽が照りつけたら、ものすごく暑くなるんじゃないかなあ、とか色々考えた。



 

そんなこんなで遠目に彼を眺めてると、ふと何かに似ていると思った。頭の中でイメージを繋ぎ合わせていると、1枚のアルバムジャケットが浮かんできた。 


”Heavy Metal Be-Bop(ヘヴィメタル ビバップ)”
 

その昔、一世を風靡したジャズグループ、ザ・ブレッカー・ブラザーズの1978年録音のジャズ・アルバム。ランディとマイケルのブレッカー兄弟を中心としたバンドで、この音楽ジャンルでは超有名だ。 



そして彼のこの日のファッションはこの左側の弟の方、マイケル・ブレッカーのお茶目な衣装によく似ていた(さすがにヘルメットはかぶっていなかったけど。)。超絶技巧でありながら、ちょっと笑えるような、明るくファンキーなサウンドが頭に流れ、がむしゃらにポイントを攻めていく彼の姿とオーバーラップさせていると、1人ニヤニヤとした笑いがこみ上げてきた。


 

もう1人の同行者も、色々と感じていたのであろう、ボソリと 、


「何か、(野外)フェス帰りのオジサンって感じですよねぇ。」 


と笑いながら陰口をささやいてきた。 


そうしてこの日から、彼のあだ名は「フェス男」になった。
 


もう5~6年前、彼とは別の(渓流釣りに全身真っ赤なファッションで行くような!)イカれた、でも、とてもイカした先輩が引き合わせてくれたのが縁の始まり。 


当時、フェス男はトラウト初心者だったと思う。この世界に足を突っ込んできたばかりで、タックルや、メーカーや、雑誌や、有名アングラーの話しを目をキラキラさせながらしゃべり続けていた。
 

普段は単独釣行が多い彼。一緒に釣りに行くのは年数回程度で、私の中では「初心者」のイメージが強く、正直あまり彼の釣りには注目していなかった。



しかし、ある時期から彼の釣果が急に伸び始めた。その時私は渓流でもスプーンしか使っておらず、彼はミノー専門だったが、それにしても毎回いいサイズの写真を送ってくる。

 


ここ数回見ていて、その釣果が偶然でないことがよく分かった。 


ポイントへのアプローチ、キャスティングの精度、トレースコース、流れの強さに合わせたロッドアクション、全てがかなり上達していた。もうとっくに初心者を飛び出して、エキスパートの仲間に入ろうとしている。

魚の付き場に対するイメージがしっかり出来ている証拠なのだろう。「ここぞ!」と思ったポイントでは本当によく粘り、そしていい確率で良型をキャッチする。 


アップ、クロス、そして特にダウンクロスは時間をかけてネチネチ、ネチネチと。それで結果を出すのだから素直にアッパレと言いたくなる。


 

叩き上げで社長をやっているせいなのか、物事に対する直感・判断・行動が的確かつスピーディーだ。

 

反面、自分の興味がないことや細かいと感じることには全くアンテナを張らない。愛想のいい言葉と裏腹に覚える気なんかサラサラない。 


元々社長としての資質が備わっていたのか、鍛えられてそうなったのかは分からないが、私が仕事で接する他の社長さんたちと共通項がかなり多い。
 

また、社長業というのはとても孤独な職業だとも言う。日頃のプレッシャーやストレスもさぞかし多いことだろう。そんな彼にとってこの釣りはまさしく「ハレ」の時間に違いない。
 

全身真っ黒なファッションも彼にとってはハレの日の衣装であり、フィールドでズンズン進み、ピュンピュンキャストし、ネチネチと直感に従って粘る釣りのスタイルはハレの場での所作振る舞いなのだ。

 

年は1つしか違わないのだけど、そんな彼を見ているととても微笑ましい気持ちになってくる。


 

出会ってから随分経つのに、未だにこの釣りのことを語るときの目はキラキラとし、フィールドに立てば相変わらず一心不乱なフェス男。


明るく、テキパキと段取りをし、周りへの気配りを絶やさないそのキャラクターはいつも楽しい和を作り出す。


そんな彼がハレを行うときは、八百万(やおよろず)の神々の中でも、とびっきり明るくてファンキーな神様が寄り添ってくれているような気がするのだ。