俳句も弾圧された
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-03-11/2006031112_01faq_0.html 【戦前は、俳句も弾圧されたの？】より
〈問い〉 最近、俳句を始めたのですが、俳句仲間から「戦前は俳句も弾圧されたのよ」と聞きました。どんな句がひっかかったのですか？ （北海道・一読者）
〈答え〉 戦前の天皇制政府は、戦争反対と主権在民を求めた日本共産党に対して残虐な弾圧でのぞみ、ついでそれを国民全体に広げ、表現の自由を圧殺していきました。それは言論・文化のあらゆる分野に及びました。
俳句の分野でも真っ先に『プロレタリア俳句』が１９３１年２月発刊と同時に発禁とされます。そのころ俳句界では高浜虚子の「ホトトギス」から水原秋櫻子が離脱（同年１０月）し、新興俳句が広がりをみせていました。短詩型が特徴の俳句は、現実への鋭い視点と、みずみずしい感性がなければ成立しません。しかし、特高警察の弾圧は、この俳句成立の根本条件ともいえるものにむけられました。
１９４０年２月から８月、新興俳句の中心だった俳誌『京大俳句』の会員である平畑静塔、波止影夫ら１５人が相次いで特高警察によって検挙されます。
熱い味噌汁をすすりあなたいない
ホスピタル鏡を朝な女のみがく
これが「反戦思想を含せしめたる作品」とされました。
黙々と鉄槌ふり我等何を見る
ネクタイを締めて薄給かくす夏
これが「銃後の生活苦等を素材としたる反戦俳句」とされました。裁判所はこれをもって「一般大衆に階級的、反戦、反軍的意識を浸透せしめ、其（そ）の左翼化に努め、以（もっ）てコミンテルン日本共産党の目的遂行の為（ため）にする行為」（「京大俳句」事件の「予審終結決定書」）としたのです。
４１年２月には、荻原井泉水の俳句革新に共鳴しプロレタリア文学理論を句作に導入した栗林一石路が橋本夢道らとつくった自由律系の『俳句生活』や『日本俳句』（『生活派』改題）、新興俳句関係の『広場』『土上（どじょう）』という東京の４俳誌の１３人が、同年１０月には山口県宇部市で『山脈』の山崎青鐘ら１０人が検挙されます。同年１２月８日の太平洋戦争開戦前夜のことです。
戦争の進行とともに、えん戦気分につながる表現もチェックされ、４３年６月には鹿児島で『きりしま』の面高秀ら３人、同年１２月には秋田で『蠍（さそり）座』の２人が検挙されるなど、地方の小さな俳句同人誌にも及びました。『土上』主宰の嶋田青峰は留置場で病気が悪化し伏せったまま３年後に死去しました。（喜）
〈参考〉田島和生著『新興俳人の群像「京大俳句」の光と影』（思文閣出版）、『特高警察黒書』（新日本出版社）、『日本プロレタリア文学集・４０』（同）の谷山花猿解説
〔２００６・３・１１（土）〕
https://blog.goo.ne.jp/kyodaihaiku/e/c343c72d5749b5ca1e3c7e91a40ede79 【講演会報告 新興俳句と『京大俳句』 講師 田島和生 by 大月健】より
八月七日に田島和生さんの「新興俳句と「京大俳句」」の講演会を京大人文研第１セミナー室で催した。主催は大阪で活動する「京大俳句を読む会」と「京大俳句会」で、約４０名の参加者があった。
田島さんは『新興俳人の群像―『京大俳句』の光と影―』（二〇〇五年・思文閣出版）の著者で、現在は句誌『雉』を主宰している。
今年は「京大俳句事件」がおきて七〇年になる。昭和一五年二月一四日、会員の平畑静搭、井上白文字、中村三山など八名が治安維持法違反で特高に検挙され、『京大俳句』二月号は没収された。その後、五月三日に堀内薫と「東京組」の和田辺水楼ら六名、八月三〇日に西東三鬼が検挙されている。中心人物を失った『京大俳句』は廃刊を余儀なくされた。
新興俳句運動は、水原秋桜子の『ホトトギス』の高浜虚子に対する批判が端緒になっている。高浜虚子の花鳥諷詠論に対して水原秋桜子が昭和六年一〇月に「自然の真と文芸上の真」を書き、俳句の中に「心」を反映させることを説いた。客観写生にものたらなさを抱く若い俳人が水原秋桜子を支持する。
この新興という名称は当時、よく使われていた。大正一一年に『新興文学』という雑誌があり、昭和三年には『新興短歌』、昭和五年には吉行エイスケ等の「新興芸術派」運動がある。『句と評論』の松原地蔵尊は昭和六年に新興俳人連盟を提唱している。
『京大俳句』の創刊は昭和八年一月である。ホトトギス系『京鹿子』に参加していた学生平畑静塔、藤後左右、井上白文地等一七名が会員で出発した。顧問は鈴鹿野風呂、水原秋桜子、五十嵐播水、山口誓子、日野草城と錚々たるメンバーである。
宣言は井上白文地が書いている。
新たに俳壇へ贈るこの京大俳句は、幾多先人の濺ぎ遺せし血潮を承けて、純真無垢 なる我等が青春の脈血の、迸り出でてなせる一渓流なのである。
かるが故に、苟も俳諧国を遊行する者は、この清浄なる渓流に、全く無関心ではあ り得ないであろう。或者は之を避け、或者は之を探り、また或者は之が一滴を以って 俳諧修業の甘露となすであらう。
我等はそのいずれの人に対しても揚言せむ。ただ希くば之を以て、永遠に俳諧国の 灌漑をなさんのみと。
『京大俳句』は学内の人間にこだわらず、学外からも会員を迎えた。昭和十年四月には西東三鬼、石橋辰之助、和田辺水楼等の東京組が参加している。新興俳句を代表する面々の加入で、雑誌の内容は充実する。
水枕がばりと寒い海がある 西東三鬼
ことごとく冬日に顔を突き出し征く 石橋辰之助
母の手に英霊ふるへをり鉄路 高屋窓秋
ぐみ熟れて乳房が二つ小麦色 東 鷹女
ひとりゐて刃物のごとき昼と思ふ 藤木清子
昭和十二年の日中戦争以後、新興俳句にとって「戦争」が大きなテーマとなる。日野草城が「戦火想望俳句」を提唱する。戦場に行かずに、戦争俳句を詠む。素材は「聖戦報道」のニュース映画や小説などである。『京大俳句』の会員も積極的に作っている。民衆を鼓舞するような俳句にならざるを得ない。
重爆の巨躯雲底に影列ね 堀内 薫
砲音に鳥獣魚介冷え曇る 西東三鬼
日中戦争が泥沼化する。戦死者が増加し、傷病兵が巷に溢れると社会全体が沈滞する。戦争の負の側面が作品化される。厭戦的・反戦的俳句である。
我講義軍靴の音にたヽかれたり 井上白文地
特高が来た俺を主義者とでも言ふのか 中村三山
戦なく骸骨の街ゆれ立てり 仁智栄坊
戦争が廊下の奥に立つていた 渡辺白泉
田島和生さんはて、「創刊当初は「ホトトギス」系、反「ホトトギス」系の指導者が混じり、総合雑誌の趣もあり、興味深い。俳人の評論も多く、骨が折れるが「評論の評論」を通じて、虚子や誓子俳句などがどのように評価されたのか、を検証するのも面白い。誓子の連作雑詠欄「連作地帯」は、現代俳句にとって連作の参考にもなるのではないか。また、無季俳句には異論もあるが、当時の暮らしや思いをずばりと詠み、訴える力もある。特高、兵隊検査、実戦、傷病兵、婦人の暮らし、などテーマごとにまとめて研究する余地がある。」と『京大俳句』のユニークさを話す。
新興俳句運動のあらゆる可能性が『京大俳句』にはあった。その可能性がまた、弾圧を呼び込むことにもなった。
（大月）