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紅く色づく季節

スイートチェストナットへようこそ

2023.10.10 08:44

【詳細】

比率:男1:女1

現代・ラブストーリー

時間:約50分


【あらすじ】

繁華街の路地裏にひっそりとあるbar『スイートチェストN』 。


終電を逃した真奈美はある日、偶然にこのbarを見つける。

店長の彩人に促されてお店に足を踏み入れる真奈美。

大人な雰囲気の店内。彩人の作るカクテル。

素敵な大人な時間が流れる……はずだった。



【登場人物】

真奈美:(まなみ)

    20代。仕事に疲れた女性。

    少し前に彼氏にフラれている。


 彩人:(あやと)

    20代。『スイートチェストN』 の店長。




●真夜中の繁華街の裏路地

   仕事帰りの真奈美が俯きながら歩いている。足取りは重い。

   ふと顔を上げると視界に『スイートチェストN』という看板が入って来る。


真奈美:『スイートチェストN』? こんなお店あったっけ?

   

   入り口が開き、彩人が開店準備のため出てくる。


 彩人:あ、こんばんは

真奈美:え?

 彩人:すみません。お店を開ける時間が遅くなってしまって

真奈美:え?

 彩人:さぁ、よかったら今日も寄って行ってください

真奈美:あ、あの!

 彩人:はい

真奈美:えっと……人違いされてませんか?

 彩人:え?

真奈美:私、ここに来たの初めてですし、貴方とお話したのも今日が初めてです

 彩人:……

真奈美:なので人違いかと……

 彩人:そうですか……それは失礼をいたしました

真奈美:いえ

 彩人:では、よろしければ一杯いかがですか?

真奈美:え?

 彩人:間違ってお声をかけてしまったお詫びと今日この日に出会えた記念に

真奈美:いえ、お気になさらないでください

 彩人:いえいえ、せっかくなので

真奈美:でも……


   真奈美、少し薄暗いお店の中に目をやる。その視線に気が付く彩人。


 彩人:あぁ、大丈夫ですよ

真奈美:え?

 彩人:うちは怪しいお店じゃないですから

真奈美:あ……すみません……

 彩人:いえいえ。こんな裏路地にあって、しかも店の中が薄暗いなんて。入るのにちょっと勇気がいりますよね。しかも、こんな時間ですし

真奈美:(苦笑して)思っていることお見通しだったんですね

 彩人:はい、お気持ちわかりますよ。でも、安心してください。うちは何の変哲もないただのバーですから

真奈美:そうなんですか?

 彩人:はい。なので、どうぞ

真奈美:う~ん、お邪魔したい気持ちはあるのですが……

 彩人:どうされましたか?

真奈美:実は、私、お酒苦手で……

 彩人:なんだ、そんなことですか

真奈美:だって、バーってお酒が飲めないとダメなんですよね?

 彩人:そんなことありませんよ

真奈美:そうなんですか?

 彩人:はい、お酒が入っていないノンアルコールのカクテルっていうのも作れるんですよ?

真奈美:そうなんですか?

 彩人:えぇ

真奈美:じゃ、じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな……

 彩人:はい。では、改めまして、『スイートチェストナット』へようこそ




●『スイートチェストN』店内

   薄暗い店内。カウンターに真奈美、そしてカウンターの中に彩人がいる。客は真奈美一人。

   薄暗いため、店内がどれぐらい広いのか、またどのような内装なのかははっきりと分からない。

   しかし、見える範囲内には趣味の良いアンティークの小物が置いてある。

   あたりをキョロキョロと見回してる真奈美。


 彩人:(微笑んで)やっぱり、落ち着きませんか?

真奈美:あ……すみません……

 彩人:いえいえ

真奈美:私、こういうお洒落なお店って入ったことがなくて……

 彩人:ありがとうございます

真奈美:え?

 彩人:お店を褒めていただけて嬉しいです

真奈美:素敵なお店ですから

 彩人:ありがとうございます

真奈美:でも、だからですかね。お酒が飲めないとなかなか入れなくて。一応、いい年した大人なんですけど

 彩人:そんなそんな。でも、それならバーとかではなくて、お洒落なカフェとかに行かれることの方が多いんでしょうね。女性の方なら尚更

真奈美:う~ん……それもないんですよ

 彩人:おや、そうなんですか?

真奈美:はい。私って、いわゆる仕事人間ってやつみたいで

 彩人:仕事人間?

真奈美:(笑いながら)いや、言葉の使い方があってるか分からないんですけど、とにかく仕事仕事で。私、要領が悪いから

 彩人:そんなことないと思いますよ

真奈美:店長さん?

 彩人:お客様は、きっとお仕事を全部自分一人でやってしまおうとするからじゃないですか?

真奈美:そんなことは……

 彩人:ないって言いきれます?

真奈美:……言いきれないですね

 彩人:そうですよね

真奈美:……あの

 彩人:なんでしょう?

真奈美:どうしてそう思ったんですか? 今日、初めて会ったばかりなのに

 彩人:……なんとなくです

真奈美:え?

 彩人:って言ってしまったら、なんだかふわっとしていてあれなんですが……なんとなくお話させていただいた雰囲気と仕草ですかね

真奈美:雰囲気と仕草ですか?

 彩人:はい。お話をさせていただいた時にとても物腰柔らかで、しっかりとされた優しい方だと思いました

    そして、その動きやすさを意識したパンツスーツスタイルに同じく動きやすさを重視したヒールの低いパンプス、肩にかけていらっしゃる大きく膨らんだ鞄

    しっかりされている方という印象だからこそ、どこか今のお客様が纏っていらっしゃるものに違和感を感じてしまって

真奈美:……

 彩人:あぁ、すみません。言葉で表現することがそんなに得意ではなくて……

真奈美:いえ。やっぱりバーで働いている方ってすごいんですね。見ているところが違うというか、気にする部分が多いというか……

 彩人:(苦笑して)すごくなんかありませんよ。ただの職業病です

真奈美:そんなことないですよ! すごいなって思います。

 彩人:ありがとうございます。本当だったらもっと言葉でお客様にお伝えできないといけないんですけど、私はまだまだ未熟者で

真奈美:そんなことないです。初対面の人間のことをそこまで考えて見ているなんて……

 彩人:……初対面じゃないんですよ?

真奈美:え?

 彩人:実は、お客様がこのお店に来たのは今日が初めてではなくて、私とこうやってお話しするのも初めてではないんですよ?

真奈美:……え?

 彩人:……

真奈美:……

 彩人:なんてね

真奈美:へ?

 彩人:驚きました?

真奈美:は、はい

 彩人:褒めていただいたのでちょっとバーらしい事頑張ってみました

真奈美:(微笑んで)意外とお茶目なんですね

 彩人:褒めていただいたら、その分何かお返しがしたいと思うので。まだまだ拙いですが

真奈美:素敵でした

 彩人:ありがとうございます。やはり、お客様はその優しい微笑みがお似合いになりますね

真奈美:え?

 彩人:いえ、何でもありません。お待たせいたしました


   彩人、真奈美にカクテルを差し出す。


真奈美:わぁ……

 彩人:こちら、ノンアルコールカクテルのコンクラーベでございます

真奈美:コンクラーベ?

 彩人:面白い名前ですよね

真奈美:はい! あ、これって何を使っているんですか?

 彩人:オレンジジュースと牛乳、フランボワーズのシロップを使ってお作りしております

真奈美:へぇ~

 彩人:とても飲みやすいので私のおすすめなんです

真奈美:そうなんですね

 彩人:牛乳をベースとして使っているので好き嫌いがはっきり分かれてしまうところが悲しいところなんですが……

真奈美:私は好きだと思います

 彩人:おや、初めてのカクテルなのに?

真奈美:はい。初めてですけど、なんとなくそう思うんです

    それに、こういう甘くて飲みやすいのってお酒が入ってるって思うとちょっと抵抗ありますけど、お酒が入っていないならお洒落だし、カフェとかじゃ滅多にお見掛けすることがないジャンルなので嬉しいです

 彩人:(嬉しそうい微笑んで)そう言ってくださると思ってました

真奈美:え?

 彩人:いえ、お好きだろうなと

真奈美:それも職業病ですか?

 彩人:さぁ、どうでしょう


   ゆったりと穏やかに流れる時間。


 彩人:そういえば、お聞きしてもいいですか?

真奈美:なんですか?

 彩人:お客様は何故この時間にあの裏路地を歩かれていたのですか?

真奈美:え? 何故?

 彩人:あぁ、すみません、気になったてしまったもので。こんな夜中に女性がお一人で裏路地に入るなんて危険ですから。何かあったのかと思いまして

真奈美:……なんででしょう?

 彩人:え?

真奈美:なんであの道を歩いていたのか、私にもわからないんです

 彩人:……

真奈美:終電ぎりぎりで仕事が終わって、それで帰ろうって思って……

    で、気が付いたらこの裏路地にいたんです。何やってるんだかって話ですよね

 彩人:……なるほど……

真奈美:それで、いつもいつも声をかけられて……あれ? いつも?

 彩人:……


   真奈美、視界がぐにゃりと歪む。


真奈美:……っ……な、何これ……頭が……

 彩人:……今回はここまでですね

真奈美:……え?

 彩人:また、お会いしましょう。真奈美さん

真奈美:……なんで……私の……なま……え……


   真奈美、視界がブラックアウトする。

   間。




●真夜中の繁華街の裏路地

   真奈美、目を開ける。場所は繁華街の裏路地。服装や持っているものに変化はない。


真奈美:あれ? 私、何してたんだっけ?


   真奈美、何気なく腕時計を見る。時間は真夜中を指しており、終電はすでに終わっていることを認識する。


真奈美:(ため息)またやっちゃった……今月何回目よ……

    こんなところでぼーっとしてるくらいならさっさと家に帰りなさいよ、自分

    いや、疲れてるからぼーっとしちゃったのか……


   真奈美、ふと視界に『スイートチェストN』という看板が入って来る。


真奈美:『スイートチェストN』? 何のお店だろ?

   

   入り口が開き、彩人が開店準備のため出てくる。

 

 彩人:あ、こんばんは

真奈美:あぁ、こんばんは

 彩人:え?

真奈美:え?

 彩人:あぁ、いえ。すみません。お待たせいたしました

真奈美:え?

 彩人:さぁ、よかったら今日も寄って行ってください

真奈美:あの!

 彩人:はい

真奈美:えっと、人違いされてませんか?

 彩人:……

真奈美:私、ここに来たの初めてですし、貴方とお話したのも今日が初めてです

 彩人:……

真奈美:なので、人違いかと……

 彩人:そうですか……それは失礼をいたしました

真奈美:いえ

 彩人:では、よろしければ一杯いかがですか?

真奈美:え?

 彩人:間違ってお声をかけてしまったお詫びと今日この日に出会えた記念に

真奈美:いえ、そんな!

 彩人:いえいえ、せっかくの出会いなので

真奈美:でも……


   真奈美、少し薄暗いお店の中に目をやる。その視線に気が付く彩人。


 彩人:あぁ、大丈夫ですよ

真奈美:え?

 彩人:うちは怪しいお店じゃないですから

真奈美:あ、いえ、そんなこと思ってないですよ!

 彩人:え?

真奈美:凄く大人っぽい雰囲気のお店だなって

 彩人:……ありがとうございます

    でも、こんな時間帯に裏路地の店内が薄暗いお店に入るのってちょっと勇気がいりませんか?

真奈美:そうですね……ちょっとだけ……

 彩人:そうですよね。男の私でも初めてのお店だと身構えてしまいますし

真奈美:え? 店員さんでもですか?

 彩人:はい。ここで店長をさせてもらっていますが、自分の店以外はまだまだ慣れないですね

真奈美:あ、店長さんだったんですね

 彩人:はい

真奈美:あぁ、でも、私が身構えちゃうのはお店が怪しげ雰囲気だからじゃなくて

 彩人:はい

真奈美:こんな大人なお店に私みたいなのが入ってもいいんだろうかって……

 彩人:(微笑んで)大丈夫ですよ。うちはなんの変哲もないただのバーですから

真奈美:そうですか? 

 彩人:はい。なので、どうぞ

真奈美:う~ん、せっかくだし、お邪魔したい気持ちはあるのですが……

 彩人:どうされましたか?

真奈美:私、お酒苦手で……

 彩人:そうなのですね

真奈美:はい。バーってお酒が飲めないとダメなんですよね?

 彩人:そんなことはありませんよ

真奈美:そうなんですか?

 彩人:はい、ノンアルコールカクテルっていうのも作れるんですよ?

真奈美:ノンアルコールカクテル……

 彩人:はい

真奈美:じゃ、じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな……

 彩人:(微笑んで)はい。では、改めまして、『スイートチェストナット』へようこそ




●『スイートチェストN』店内

   薄暗い店内。カウンターに真奈美、そしてカウンターの中に彩人がいる。客は真奈美一人。

   薄暗いため、店内がどれぐらい広いのか、またどのような内装なのかははっきりと分からない。

   しかし、見える範囲内には趣味の良いアンティークの小物が置いてある。

   あたりをキョロキョロと見回してる真奈美。


 彩人:(微笑んで)やっぱり、落ち着きませんか?

真奈美:……ちょっとだけ。やっぱり大人な雰囲気で……

 彩人:そんなことないですよ

真奈美:そんなことありますよ! 私、こういうお洒落なお店って入ったことがなくて……

 彩人:そうなんですか?

真奈美:いい年した大人なんですけどね

 彩人:そんなそんな。でも、それならバーとかではなくて、お洒落なカフェとかに行かれることの方が多いのではないですか。女性の方なら尚更

真奈美:う~ん、それもないんですよ

 彩人:おや、そうなんですか?

真奈美:はい。私って、いわゆる仕事人間ってやつみたいで

 彩人:仕事人間?

真奈美:(笑いながら)いや、言葉の使い方があってるか分からないんですけど、とにかく仕事仕事で

    今日だって仕事し過ぎで帰りにぼーっとしちゃってたみたいで。それで終電逃しちゃって

 彩人:それは……

真奈美:(苦笑して)もう今月で何回目だって感じなんですけど……

 彩人:お疲れ様です。そんなお疲れのところを引き留めてしまって……

真奈美:いえ! 店長さんが声をかけてくださったおかげでこんな素敵なお店に出会うことが出来ましたし

 彩人:それはそれは、光栄です


   二人、微笑む。


 彩人:それでは、本日はどんなお飲み物をお作りしましょうか?

真奈美:えっと、なんでも大丈夫ですか?

 彩人:え? えぇ、もちろん

真奈美:じゃあ、お酒が入ったあんまり強くないカクテルを飲んでみたいんですけど、そういうお願いってできたりしますか?

 彩人:おや、お酒ですか? ご無理をされていませんか?

    外でお話させていただいた通り、ノンアルコールのカクテルもお作りすることが出来ますよ?

真奈美:でも、せっかくの大人なお店なので、ちょっとチャレンジしてみたくて

 彩人:……心境の変化……

真奈美:え?

 彩人:いえ、何でもないですよ。お客様のチャレンジのお手伝いが出来るなんて嬉しいです

真奈美:すみません、わがままを言ってしまって

 彩人:構いませんよ。バーはお客様がわがままを言う場所です。特に、女性のお客様はね

真奈美:(微笑んで)店長さんってお茶目な方なんですね

 彩人:(微笑んで)ありがとうございます。やはり、お客様はその優しい微笑みがお似合いになりますね

真奈美:……え……その言葉、前にどこかで……

 彩人:さて、それでは、お客様どのようなカクテルを飲んでみたいですか?

真奈美:大人なカクテルが飲んでみたいです

 彩人:大人なお酒、ですか?

真奈美:あぁ、漠然としすぎていてすみません……

 彩人:いえいえ。具体的にコレが飲みたいというカクテルはありますか?

真奈美:私、本当に疎くて、カシスオレンジくらいしか知らなくて……

 彩人:カシスオレンジは女性に人気ですからね

真奈美:これくらいなら飲めるでしょっていつも勧められるので

 彩人:なるほど。確かに、苦手な方でも飲みやすいカクテルの一つではありますからね

    あ、でも、甘いからと言って飲みすぎてはダメですよ?

    甘いお酒ほどアルコール度数の強いリキュールを使っていたりしますから

真奈美:え、そうなんですか?

 彩人:はい。あぁ、もちろんものにもよりますが

真奈美:いいことを聞きました。今度から気を付けます! って、そもそもあんまり飲めないから心配はないのですが……

 彩人:でも、知っておくことは大事ですよ

真奈美:はい!

 彩人:(微笑んで)では、今日は大人な甘くないお酒をリキュール少なめでお作りしましょう

真奈美:はい!

 彩人:苦手なものはありますか?

真奈美:苦手……あ、炭酸はちょっと苦手かもしれません

 彩人:おや、そうなのですか?

真奈美:はい、舌がお子さまで。炭酸のピリピリが苦手なんです

 彩人:では、炭酸を使わないカクテルにしますね

真奈美:ありがとうございます


   彩人、カクテルを作る。

   真奈美、入店した時とは違い、ゆっくりと店内を見回す。


 彩人:少しはお店の雰囲気に慣れてくださいましたか?

真奈美:はい

 彩人:それはよかったです

真奈美:バーって、大人な感じで入りにくいなって思ってましたけど、実際に入ってみたらゆったりとした落ち着く空間なんですね

    なんか今まで挑戦しなかったのがもったいないなって思いました

 彩人:そう言っていただけて嬉しいです

真奈美:あ、でも、ここのお店だからですかね?

 彩人:え?

真奈美:店長さんがこうやっていろいろお話を聞いてくださるから、私はここにいても大丈夫なんだって安心できるのかもしれないです

 彩人:……っ……

真奈美:店長さん?

 彩人:あぁ、すみません。お客様からあまりにも嬉しいお言葉をいただけたのでつい

真奈美:そんなそんな

 彩人:(小さく)真奈美さん……

真奈美:え?

 彩人:(微笑んで)いえ、お待たせいたしました


   彩人、真奈美にカクテルを差し出す。


真奈美:わぁ!

 彩人:こちらリキュール少なめのブルドッグでございます

真奈美:ブルドッグ?

 彩人:かわいいですよね

真奈美:はい。これってあのワンちゃんと何か関係があるんですか?

 彩人:はい。ブルドッグってソルティドッグの塩を付けていないカクテルを言うのですが、塩がないこととあの犬の別名をかけてブルドッグっていう名前になったらしいですよ

真奈美:へぇ~、そうなんですね。流石店長さん!

 彩人:ありがとうございます

真奈美:あ、これって何と何を使ってるんですか?

 彩人:こちらは、ウォッカとグレープフルーツジュースと使ってお作りしています

真奈美:え……ウォッカってあのウォッカですか?

 彩人:はい

真奈美:……

 彩人:安心してください。ちゃんとアルコール少なめでお作りしましたから

真奈美:……飲めますかね?

 彩人:では、一口飲んでみて苦手そうだったら、他のものをお出ししましょう

真奈美:そんな!

 彩人:いいんです。お酒は楽しく飲むものです。無理して飲むものじゃありません

    それに、これはチャレンジなのでしょう? 挑戦に失敗はつきものです

真奈美:でも……

 彩人:本当に。これは私の気持ちなので

    今、お客様の前にお出しして、受け取っていただけた。それだけ十分です

真奈美:……店長さん。本当にありがとうございます

 彩人:いえいえ

真奈美:いただきます

 彩人:はい。召し上がれ

真奈美:(一口飲み)……おいしい……

 彩人:それはよかった


   ゆったりと穏やかに流れる時間。

 

 彩人:あの、お聞きしてもいいですか?

真奈美:なんですか?

 彩人:お客様はどうして一人でこの裏路地にいらっしゃったんですか? 

真奈美:え?

 彩人:こんな時間にお仕事帰りとはいえ、女性がお一人で歩いているのは……

真奈美:あははは……

 彩人:……恋人さんと待ち合わせとか

真奈美:え?

 彩人:いえ、お客様のように素敵な方でしたら、恋人のお一人やお二人……

真奈美:いやいや、恋人は一人ですから!

 彩人:もちろんです。冗談ですよ

真奈美:もう……

 彩人:すみません

真奈美:大丈夫ですよ。ちゃんと冗談ってわかってますから

 彩人:ありがとうございます

真奈美:恋人か

 彩人:……

真奈美:いないですね。ちょっと前に別れました

 彩人:それは……失礼いたしました

真奈美:あぁ、気にしないでください。もう吹っ切れましたから

 彩人:そうですか

真奈美:あの……すっごくくだらない話なんですけど、聞いてもらえますか?

 彩人:もちろんです

真奈美:……私、二股されてたんです。しかも、私の方がいつの間にか二番手になってて

 彩人:そうですか……

真奈美:はい。私、さっきもお話した通り、仕事仕事で全然彼との時間作れなくて

    彼、もともと大学からの付き合いで卒業と同時に同棲をはじめて、結婚も考えてたんですけどね

    段々とすれ違うことが多くなっちゃって。で、いつの間にか浮気されてて、捨てられちゃいました

 彩人:……

真奈美:仕方ないですよね。自分のことでいっぱいいっぱいになって、彼のことをおざなりしちゃったんですから……

 彩人:本当にそうでしょうか?

真奈美:え?

 彩人:本当にそう思いますか?

真奈美:店長さん?

 彩人:いくらすれ違いが多くなったとしても、浮気をしていい理由にはなりません

真奈美:……

 彩人:私はお二人の関係を知っているわけではないので、あくまで私個人の考えしかお伝えすることはできませんが、その彼氏さんは間違っていると思います

    こんな素敵な女性が傍にいて、自分のことを愛してくれているのに他の女性にいくなんて

    ましてや、ちゃんと区切りをつけずになんて、ただの最低の男だと思います

真奈美:……でも、私も悪かったと思いますし……

 彩人:それでも、私は間違っていると思うんです。貴女みたいな方を……

真奈美:ありがとうございます。初めて会った方に真剣に言ってもらえると嬉しいです

    ダメだな~。もう……

 彩人:……どうして……

真奈美:店長さん?

 彩人:……どうして覚えていないんだ……

真奈美:え?

 彩人:……こんなにどうにかしたいって思っているのに、なんでそんな男のことは覚えているのに俺のことは覚えていてくれない?

真奈美:え? 店長さん?

 彩人:どうして……どうしてなんだよ!

真奈美:え、えっと……

 彩人:真奈美さん、君は覚えていないだろうけど、俺たちはこの世界もう何十回も会っているんだよ

真奈美:え?

 彩人:会って、話して、仲良くなれたと思ったらすぐに君が倒れて、また振り出しに戻る

真奈美:振り出し? 会う? 何のことですか? それに、どうして私の名前……

 彩人:君は本当に覚えてない? この店を

真奈美:……このお店?

 彩人:そして、俺のことを

真奈美:……店長さんのこと?

 彩人:君の負担になりたくないから黙ってた

    だけど、もう限界だ! 俺と君は何十回とここで話しているんだ

    そして、君がここに閉じこもってしまう前にも、俺は君と現実世界で一緒にいた

真奈美:……閉じこもる? 何にですか?

 彩人:君は閉じこもっているんだ。永遠に夜を繰り返すこの世界に!


   真奈美を突然の頭痛が襲う。


真奈美:……っ……頭が……

 彩人:あぁ……またなんだな……

真奈美:……てん……ちょう……さん?

 彩人:そうやって君はまた全部を忘れてここに来る

    そして、また俺と『はじめまして』の挨拶をする……

真奈美:……痛いっ……

 彩人:(涙を零しながら)どうして君の記憶に残ってはくれないんだ? 

    どうやったら俺のことを覚えていてくれる?

    こんなにも……こんなにも君のことを思っているのに……

真奈美:……てん……ちょ……さん

 彩人:どんな言葉を残したら君は俺のことを覚えていてくれる?

    どんな手段を使ったら、君を現実の世界に呼び戻すことが出来る?

    こんなことになるのなら、あの時気持ちを伝えて、あんな男の元から力づくでも君を攫うべきだった

真奈美:(何故かわからないが涙が溢れる)……あ……てん……ちょう……さん……

 彩人:……真奈美? どうして泣いているんだ?

真奈美:……っ……

 彩人:この出会いで何か変わってくれるのか。そうだとしたら、俺は君のその涙が愛おしい……

真奈美:……てん……

 彩人:もうリミットだ。また会おう。俺はここで待ってる。真奈美、俺は君のことを想っているよ


   真奈美、視界がブラックアウトする。

   間。




●真夜中の繁華街の裏路地

   真奈美、目を開ける。場所は繁華街の裏路地。服装や持っているものに変化はない。


真奈美:あれ? 私、何してたんだっけ?


   真奈美、何気なく腕時計を見る。

   時間は真夜中を指しており、終電はすでに終わっていることを認識する。


真奈美:(ため息)またやっちゃった……今月何回目よ……こんなところでぼーっと……

    って、あれ? 私、前にも……っ……頭が……


   真奈美、軽い頭痛に襲われる。

   ふと視界に『スイートチェストN』という看板が入って来る。


真奈美:『スイートチェストナット』……


   入り口が開き、彩人が開店準備のため出てくる。


 彩人:あ、こんばん……って、大丈夫ですか! 顔色が悪いですよ?

真奈美:……あっ……(体がよろめく)

 彩人:危ない!(真奈美を受け止めて)大丈夫ですか?

真奈美:……店長さん……

 彩人:え?

真奈美:……痛いっ……

 彩人:大丈夫ですか! ここではあれですから、どうぞ店内に

真奈美:……ありがとうございます……




●『スイートチェストN』店内

   薄暗い店内。ソファ席に彩人、真奈美を誘導する。


 彩人:どうぞ、こちらへ

真奈美:……ありがと……うございます……

 彩人:こちらでゆっくりしてらしてください

真奈美:……っ……

 彩人:ちょっと待っていてくださいね!


   カウンターへと走っていこうとする彩人の腕を真奈美が掴む。


真奈美:……待って……

 彩人:え?

真奈美:……行かないで、店長さん……

 彩人:……真奈美さん、まさか記憶が……?

真奈美:……っ……痛い……

 彩人:ダメです! もうそれ以上考えないでください! 思い出さなくても大丈夫です!

真奈美:……店長さん?

 彩人:ゆっくりと呼吸して、心を落ち着かせてください。そして、過去のことを考えるのをやめてください

真奈美:……どうしてですか?

 彩人:……

真奈美:このままじゃダメなんです……このままじゃ……

 彩人:真奈美さん……

真奈美:……私はきっと思いださなきゃいけないことがあるんですよね?

 彩人:……

真奈美:……だから……っ……

 彩人:真奈美さん! これ以上無理矢理思い出そうとしたら、もっと……

真奈美:……やっぱり、関係あるんだ、この頭痛……っ……

 彩人:真奈美さん! もうやめてください! ゆっくりでいいんです……ゆっくりで……

真奈美:……私が嫌なんです……

 彩人:え?

真奈美:……もう、貴方の涙は見たくないんです……

 彩人:っ!

真奈美:……だから、お願いです。教えてください。私のこと、この頭痛のこと、店長さんが知っている全てのことを……

 彩人:……

真奈美:私、これでも、丈夫なんですよ……だから、ね?

 彩人:……

真奈美:店長さん……

 彩人:……わかりました。でも、その前に気休めにしかならないと思いますが、温かいお飲み物をお持ちします。きっと気持ちも落ち着かせてくれるでしょうから

真奈美:ありがとうございます……

 彩人:辛かったらソファに横になっていてください。すぐに戻ります

真奈美:はい


   彩人、カウンターの奥へと去る。

   真奈美、ソファに体を預ける。


真奈美:……思い出さなきゃ……私、きっと大切なことを忘れてる……

    このくらいの痛み、どうってことないでしょ? あの時に比べたら!

    ……あの時? あの時ってどの時? 痛っ……少しだけ、少しだけ休もう……


   真奈美、ゆっくりと瞳を閉じる。

   間。


 彩人:………さん

真奈美:ん……

 彩人:……真奈美さん?

真奈美:(ゆっくりと目を開けて)……店長さん?

 彩人:はい。大丈夫ですか?

真奈美:(体を起こしながら)はい、大丈夫です

 彩人:あぁ、そのままでいいですよ

真奈美:いえ、ちゃんとお話を聞かなきゃですから

 彩人:……わかりました


   彩人、飲み物をテーブルに置く。


 彩人:よかったら

真奈美:これは?

 彩人:エッグノッグというホットカクテルです。牛乳と卵と砂糖でお作りしています

    本来ならここにブランデーを入れるのですが、これは抜いてあります

真奈美:いただきます。(一口飲む)……美味しい……

 彩人:真奈美さん

真奈美:はい

 彩人:……本当にいいんですか?

真奈美:え?

 彩人:私がお話させていただいたら、貴女はもうここに帰ってくることは出来ないかもしれません

真奈美:それは、悪いことなんですか?

 彩人:きっと、貴女にとっては……

真奈美:……

 彩人:やはり……

真奈美:(遮って)それでも

 彩人:え?

真奈美:それでも、いつかは思い出さなきゃいけないんですよね?

 彩人:……貴女が、生きることを望んでくれるのなら……

真奈美:……教えてください

 彩人:きっと、今までにないくらいの苦痛を受けることになります

真奈美:かまいません

 彩人:……わかりました。単刀直入に言います。真奈美さん、貴女の身体は今、非常に危険な状態にあります

真奈美:え?

 彩人:あと数か月のうちに目覚めなければ、元のような生活に戻ることは難しいと思われます

真奈美:目覚めるって……私、今、起きてますよ?

 彩人:ここにいる貴女は。でも、現実世界での貴女はあの日からずっと眠り続けている

真奈美:現実世界? 

 彩人:(深く息を吸い)……思い出してください、あの日、貴女に何が起こったのかを……

真奈美:あの日?

 彩人:……貴女が最後に見た明るい時間の記憶はなんですか?

真奈美:……明るい時間? ……っ……

 彩人:ここは貴女の中にある世界。決して朝が来ない夜の世界

    明るい世界を拒絶し、この夜の世界に閉じこもった理由は、原因はなんでしたか?

真奈美:……理由……原因……

 彩人:……あの日、君は泣きながら夜の街を彷徨っていた。その瞳には何も映さずに

    久しぶりに見た君の顔は生きる屍のようだった

    もっと早く、君の異変に気が付いてあげられていたなら、今の未来は違ったのかな?

真奈美:……店長さん?

 彩人:俺のこと、本当に覚えてない? よくこっちを見て?

真奈美:……

 彩人:俺の名前は彩人。月島彩人。君の幼馴染だよ

真奈美:……っ……

 彩人:あの日、俺は君とすれ違った。繁華街の裏路地で。そして、倒れた

真奈美:……あの日、私……

 彩人:俺はすぐに救急車を呼んだ

    病院に運ばれて、処置をされて、医者から聞かされた原因は過労

    すぐに元気になるって言われた

    よかった、心配かけるなよって起きたら君に言ってやろうって思ってた

    でも、君は起きなかった。数日経っても、数週間経っても……

    医者が言うには精神的なものだろうって。本人が起きることを拒否してるって

    周りは騒いでたけれど、俺はそれが君にとっての休息になるのならって思った

    少しの時間くらい静かに眠らせてあげてほしいって

    でも、数か月経っても君は起きない。流石にこれ以上眠り続けることは危険だと判断された

真奈美:……っ……

 彩人:真奈美、戻ってきてくれ! 現実の世界に!

真奈美:痛っ!

 彩人:……真奈美……

真奈美:……そうだ……私は……あの日……彼に振られたんだ……

    結婚前提で付き合ってきて、そのために仕事も死に物狂いでこなして……

    久々の休日で、やっとゆっくりできた朝に彼に起こされた。話があるって

    そして、別れ告げられた。話し合いをするでもなく、ただ一方的な宣言

    目の前が真っ暗になった。私はいつから愛されてなかったんだろう……

    この世の全てが信じられなくなった

 彩人:……真奈美……

真奈美:私は……こんな私は……生きていていいのかな?

 彩人:いいんだ。俺は真奈美に生きていてほしい

真奈美:……怖いよ……ねぇ、私はまた前を向けるかな?

 彩人:もちろんだ

真奈美:……私は……

 彩人:真奈美は?

真奈美:え?

 彩人:真奈美はどうしたい? 生きていたい?

真奈美:……たい……私は、生きていたい!

 彩人:じゃあ、こっちに戻ってこい

真奈美:彩人!


   彩人、真奈美をギュッと抱きしめる。

   真奈美、スッと頭の痛みが消える


真奈美:あ……頭の痛みが消えた……?

 彩人:ちゃんと乗り越えられたんだな

真奈美:乗り越えられた?

 彩人:そう。今までの頭の痛みは君の心がもう辛い思いをしなくていいようにと、ずっと君自身を守ってくれていた痛みなんだ

真奈美:そう、だったんだ……

 彩人:あぁ。でも、君が自分の意思でここから出ることを決意したから、引き留めるのをやめたんだろう

真奈美:……彩人

 彩人:ん?

真奈美:ありがとう

 彩人:俺がお礼を言われることじゃない。真奈美が選んだんだ

真奈美:ううん。彩人のおかげだよ。貴方の言葉があったから、貴方の涙を見たくないと思ったから、前に進むことが出来た。いつもいつも私を助けてくれてありがとう

 彩人:おぅ。幼馴染だからな

真奈美:あ……

 彩人:ん?

真奈美:ね、ねぇ……その、前に言ってくれたことって…… 

 彩人:前?

真奈美:(少し恥ずかしそうに)えっと……攫ってとか……

 彩人:(察して気まずそうに)あぁ、あれは忘れてくれ

真奈美:え? なんで……

 彩人:あぁ、そんな顔しないでくれ。君に伝えた気持ちは嘘じゃないから

真奈美:じゃあ……

 彩人:俺は彩人本人じゃないから……

真奈美:え?

 彩人:俺は、彩人であって彩人じゃない。俺は君でもあり、その他の人間でもある

真奈美:どういうこと?

 彩人:『想いの集合体』とでも思ってくれ。君のことを外に連れ出そうとする君自身

    そして、君を担当している医療者たちの想いでもあり、家族の想いであり、君を一番傍で心配してくれている幼馴染でもある。容姿は彼のを借りた

真奈美:えっと……

 彩人:(微笑んで)分からなくてもいい。俺は君のことを本当に心配してくれる人の想いの集まりだと思ってくれれば

真奈美:わかった

 彩人:ありがとう。だから、俺の口から彼の気持ちを言うことは出来ない。ごめんな

真奈美:ううん。わかった

 彩人:(微笑み)さぁ、帰ろう

真奈美:……うん

 彩人:お会いできなくなるのは寂しいですが、私たちはちゃんと貴女の中にいます

真奈美:え? 店長さん?

 彩人:ですから、ちょっと辛くなったら思い出してください。こんな時間もあったなと

真奈美:はい!

 彩人:あぁ、あと、一つだけ。これは彩人さんには内緒ですよ?

真奈美:え?

 彩人:彩人さん、貴女が倒れてから毎日貴女のお見舞いに来て、話しかけてくれていました

真奈美:……

 彩人:だから、目が覚めたら、彼に微笑んであげてください

真奈美:はいっ!


   彩人、店の扉を開く。


 彩人:(微笑んで)最後のご来店、ありがとうございました

真奈美:(微笑んで)いってきますね



―幕―





2020.10.01 ボイコネ ボイコネにて投稿・公式イベント参加シナリオ

2023.10.10 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)