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「第二の家」ブログ|藤沢市の個別指導塾のお話

「みる」とはどういうことか。人気歌手伊東歌詞太郎さんの『家庭教室』読書感想文。後半ネタバレ考察あり。

2018.09.12 15:00


10代でも20代でもないですが、伊東歌詞太郎さんの『家庭教室』を読みました。

2012年からネット動画投稿を開始、力強い歌声とメッセージが支持を集め、2014年にはメジャーデビューを果たしたシンガー・ソングライター 伊東歌詞太郎。その初の小説となる『家庭教室』は家庭教師をしている大学生・灰原 巧を主人公に、彼が家庭教師として訪れた家族・子供が抱える問題に真摯に向かい合い、解決していく姿をオムニバス構成で描いた作品です。歌詞太郎氏の楽曲同様、子供たちが抱える問題や、その心の機微を瑞々しく表現し、10代を中心に多くの読者から共感を集める内容となっています。


僕は著者の方を知らなかったのですが、新選組(似た名前の隊士がいる)つながりでお名前を気に入って、本屋さんで手にとってみたのがこの本との出会いでした。


子どもたちに関わるお仕事をしていますし、「若者に人気なら読んでみよう」と購入しました。


表紙から「『かがみの孤城』のような物語なのかな」と想像していましたが、短編連作集の形式で、もっとライトな感じで読むことができました。


また、読みながら、僕の好きな住野よる先生の小説を思い出していました。なんだか感じが似ています。すらすら物語に入り込むようにして、あっという間に読み切ってしまいました。


僕がこの物語から一番感じたことは、「みる」ことの難しさと大切さです。


僕も、主人公と同じように、生徒たちを「みる」お仕事をしています。


この本の主人公は家庭教師ですから、文中には共感できるような「学力の見方」も出てきます。「僕だったらこうするな」とか考えながら読むのは楽しかったです。雑学も豊富で、僕自身も学びながら読めました。


ただ、僕が「おお」と思ったのは、その「見方」じゃありませんでした。表面的なものを見る力ではなく、もっとずっと内面的なものを「みる」力。


詳しくはネタバレの感想文でも綴りたいと思いますが、それは主人公の「みる」だけでなく、周りの大人の「みる」も含めて。共感したり参考にしたり残念な気持ちになったりと、まさしくこの本に踊らされながら、その度に色んな意味の「おお」を感じていました。


複雑な感情を抱く場面もあったけれど、僕はこの物語の主人公のように、ちゃんと「みる」ことを大事にする大人でありたいな、と改めて気付かせてくれた素敵な本でした。


生徒や保護者の方に読んでもらって、各々の「みる」について、感想や意見を聞きたい本です。


よかったら。




さて、ここからはもうちょっと突っ込んでお話したいと思います。この本に興味がある方は、ぜひ戻って読んでから、以下を読み進めていただければ幸いです。


ちなみに、下記「まだどうしようか迷っている」という方にも向けた、なるべくネタバレ無しのネタバレ感想文です。どうぞ。



ここからはネタバレ感想と考察です。




『「みる」とは何か』



家庭教師である主人公の「みる」は、たしかにすごい。


勉強の中身の課題だけでなく、その子が抱えている悩みやモヤモヤや苦しみを「見つけて」、解決策を模索し、行動することで解決していく。


モヤモヤしているものがあると勉強が手につかないわけだから、そのプロセスはとても正しい。


手法も含めて、僕にとっても大きな学びとなった。実際やるかどうかは別としてね。


ただ、僕が一番すごいなと感じた「みる」は、主人公のものではなくて、主人公にお仕事を依頼する【あるお父様】の「みる」だ。




「こんな家庭教師が居たらいいなと思いました」


この本のレビューにはそんな言葉も溢れていた。


ただ、主人公の行動を現実世界に置き換えると、実際はうまくいかないことのほうが多いだろうなと感じた。


もちろんそこは物語だから、と言ってしまえばそれまでだが、それでは感想の意味がない。それに別に文句がいいたいわけではない。


わかりやすい例を挙げれば、家庭教師の時間中にページが一枚も進まなければ、多くの親はそれを良しとはしないだろう。


「今日は彼を知るために話を聞いていました」と言って納得する親は稀だと感じる。


でも、物語を読んでみればわかるが、その時間こそが、生徒たちには大切なものだったりするのだ。


話を聞き、信頼関係を作る。モヤモヤの原因を把握する。隠れているものを見つける。心を通わせる。


そして、そのことが結果、生徒やその保護者の方の幸せにつながる。


これはただ単に勉強を教えること以上の価値があると、この物語の読者ならきっと思うはずだ。


だけど、実際に我が子の先生が「話を聞いているだけ」だったら、あなたはそれを信じることができるだろうか。


そんな時間の大切さに、価値にちゃんと気付き、お仕事をくれる【あるお父様】の存在こそが、主人公にはもちろん、世の中にだってとっても大切なのではないだろうか。




僕ら大人の役目は、何も子どもたちに知識を与えることだけじゃない。


自分たち大人にだってわからない答えを、子どもたちが必死になって探すのを、適度な距離感で見守ってあげることも、僕ら大人の立派な使命だろう。


そんな大人になりたいなぁ。そんな大人が増えたら、もっともっと子どもたちが生きやすい世界になるんだろうなぁ。


そんなことを思いながらページを捲っていた。




本の感想についてもう少し。


僕が残念だったのは、物語のラストだ。


冒頭で似ていると言った『かがみの孤城』や住野よる先生の作品たちとこの本が明らかに違ったのは、「続編を出すことを考えてつくられたかどうか」だと思う。


続編のために伏線を残す。


それは当たり前のことかもしれないが、僕はあんまり好きじゃない。


渾身の一作なら、その渾身の一作の中で完結して欲しい。スッキリしたい。


この本自体は好きだったから、そこだけちょっとマイナスだったかな。


今回でいえば、【あるお父様】の正体とかね。「私は神様です」なんてファンタジー要素が飛び出すのか、現実路線で驚きの正体が明かされるのか、色んな伏線とつながって「おおおおお」となるのか、と思ったけど、どうにもならなかった。


そのおかげでラストの驚きやカタルシスがなくなってしまったのが残念でした。


ちょっと良い連作短編集に出会ってばかりいたから、期待値上がっていたのもあるかな。最後にどんでん返しや気持ちのいいつながりがあるみたいなのを期待しすぎちゃいましたね。


そう言いながら、続編が出たら買うと思いますが。


こう思わせている時点で興行的には正解なのかもしれないですね。




「先生、なんかいい本ある?」


そう言いながら教室に入ってきたAくんに、僕はそっとこの本を渡す。


「読みやすいし、合ってると思うよ。読んだら感想教えてくれ。タイトルもいいだろ?」


「へー。家庭教室って、この教室のことかと思った。ここは第二の家だっけ」


そんな会話をする日を夢見て。




本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。

最後にちょっと不満を述べましたが、好きな本の一つです。最初の2つが特に好き。