徳川家康の雑学
2023.11.03 23:00
徳川家康といえば、あの「江戸幕府」をつくった皆様ご存知の徳川家の初代将軍です。
たくさんの逸話のある家康公ですので、雑学ネタにするには丁度良い方なんです。
家康公の功績は現代にも受け継がれており、有名なのが、首都高。あれは川の上に通っていることで有名ですが、その川を整備したのは家康公。川の上を通っているということで、都民の立ち退きなどを一切することなく首都を縦横無尽に走れる高速道路ができているわけです。
本日はその徳川家康の雑学です
徳川家康の元々も性は「松平」だった。
家康の幼名は「竹千代」
この名前に関しては生涯で4回名前を変えていますが、「竹千代」→「松平元信」→「松平元康」→「徳川家康」となっています。
幼少時、家臣に「百舌を鷹のようにせよ」という無茶苦茶な要求をした
徳川家の家紋は植物の「フタバアオイ」をモチーフにした。
家康は健康オタクで自ら薬を調合するほどだった。
それ故に主治医の言うことを聞かなかった。
この健康オタクは、不老不死を夢見たことがきっかけとされています。
家康が8月1日に江戸入りしたことからその日を「八朔」と呼ぶようになり、正月に次いでめでたい日とされ祝われていた。
徳川家康の死因は胃癌であると言われている。
徳川家康はまだまだ謎の多い人物ですので探していくともっと興味深い雑学が出てきそうですが、あんまり長くなるのも大変なので今日はこの辺で。