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みむら屋樹海支店

【SQ5】19 隙間の一呼吸

2023.10.17 10:53

「世界樹深くまで足を踏み入れし者よ。汝らは迷い人か? それとも世界樹の伝説を追いここまで来た冒険者か?」

 水晶のような声色で少女は問うた。


     ◆


 先日の事件があってからも、探索そのものは至って順調だった。強いて言えばエールの動きはいささか精彩を欠いているがそれも他の面々でカバーできる範囲である。先に進む中で魔物への対処法もある程度分かってきた今なら、気を抜きさえしなければ不覚を取る事はおそらく無いだろう。

「それにしても、襲ったりしてこないな……その、例のやつら」

 こんがり焼けた獣肉を噛みちぎっては口に運ぶその合間に、ケイナが解せないという風に首を傾げる。

「てっきり、もっとこう……どんどん命を狙ってくるものだと」

「どうだろうね。あっちも案外警戒してるのかも」

 エスメラルダが肩をすくめて応える。彼の言う通りかどうかは分からないが、確かに彼らにとってやりにくくなった事は事実だろう。相手の顔も名前もこちらに割れているし、当然その情報は評議会にも伝えている。流石に迷宮内をくまなく……とはいかないが、アイオリスの市内では決して少なくはない数の衛兵がメレディスたち一行の捜索を行っている筈だ。

「成果が上がるかは分からないがな。ラクライというセリアンも、三層の時から捜していて結局見つからなかったんだろう?」

「かくれんぼ上手」

「アイオリスも人が増えすぎてるからね……うまく紛れちゃってるのかも」

「不安だな……」

 ケイナがしゅんと耳を伏せる。襲撃の気配も見つかる様子も無いというのはあまりに不気味である。何より恐ろしいのはこのまま音沙汰が無いまま時間が過ぎ、緊張感が抜けてしまった時に再び襲われる事だ。次の機会があったとして再び逃げ切れる確証は無い。

「……というか、今回逃げ切れたのもおかしな話だな」

 マリウスの呟きにリズが首を傾げる。瘴気使いしか見ていないから分からないが、と前置き、彼は神妙な表情で続ける。

「いくら散り散りになって魔物に邪魔されたとはいえ、むざむざ標的を逃すような戦力差ではないと思うんだが。その気になれば死霊の物量に頼る事もできただろうに」

「えー……? わざとそれをしなかった、って事ですか?」

「仕留めるところを直接見たかった、とか……? 俺は狩りの時、獲物は目で見ないと安心できない……」

「エールはどうおもう?」

 リズの唐突な問いかけに、黙り込んだまま目玉焼きパンを口に運んでいたエールは弾かれたように顔を上げる。彼女は沈んだ表情のまま暫し考える様子を見せ、やがて溜息を吐いて首を横に振った。

「分かりません。でも……」

「でも?」

「……兄の身体には傷んだ様子がありませんでした。きっと死後すぐに遺体を持ち出して死霊にしたんでしょう。でも、わたしから地図を奪うだけならそんな手間をかける必要はないと思うんです」

 マリウスが顎に指を添えて考え込む。確かにエールの言う通り、メレディスのやり方は少々手が込みすぎている印象がある。話によればエールの兄が処刑されたのは一年ほど前だ。当然、遺体を持ち出すタイミングはその直後に限られる。一年も前から「兄の死霊をダシにして妹を誘い出し、地図を奪って殺す」と計画していたというなら大したものだが……どう考えても、もっと手っ取り早くてリスクの少ない方法はいくらでもある。

 つまるところ、彼は敢えて遠回りをしたのではないだろうか。こちらの預かり知らない目的や事情や、あるいは何らかの思想信条のために。

「何か……理由があるんだと思います。わたしの知らない何かが……」

 そう呟いたきりエールは黙り込む。他の四人はそれとなく顔を見合わせた。そして誰からともなく食事の片付けと荷物の整理を始める。今ここで答えの出ない話し合いを続けるよりは、探索を再開する方が建設的だろう。


    ◆


 並み居るセミや謎の結晶やレプティリアン――のようだが、本当にレプティリアンなのかは定かでない。言葉は通じず対話の余地も無さそうであるため確かめようがないが――を倒しながら迷宮を進み、消耗してきたら帰還する。そんな日々が続いてしばらく経ったある日の事である。

 マリウスとエスメラルダは採集で得た品を抱えて大市を歩いていた。これまで探索と戦闘ばかりで自然物は落ちているものを拾う程度だった『カレイドスコープ』一行だが、最近になってようやく真面目に採集の技能を会得した。というのも――第四層はまだ到達者が少なく、採集で得られる素材も迷宮の外では滅多に見られない品々だという事もあって価値が高く、セリクに渡せばかなりの高値で買い取ってくれるのだ。

「最新の装備は高価ですからね。稼げる時に稼がないと」

「そういえばリズが棺を豪華にしたいと言ってたな。ほら、あの最近店先に並んだ……」

「え、あの毛皮の……? あれ豪華なんだ……」

 エスメラルダの呟きにマリウスも苦笑する。門外漢の二人には棺の良し悪しは分からないが、本人が欲しがっているなら購入を検討しても良いかもしれない。

 話題にのぼったリズはこの場にはいない。彼女はエールとケイナと共に宿屋で留守番である。正しくはエールを単独行動させないために二人をつけているという方が正しいが、これを正直に言えば角が立つだろう。

「……そう言えば、マリーさんは重砲新しくしないんですか? 買い換えてるの見た事ないですけど」

「ああ、これは……」

 質問に答えようとしたマリウスだったが、ふと進行方向にあるものを見つけて目を瞬かせた。彼の視線を追ったエスメラルダも小さく声を上げる。

 少し離れた店先で商品を眺めているのは、金髪のセリアンの青年……ハルだ。

「おーい、ハルくーん」

 エスメラルダが声をかければ、ハルよりも先に彼の足元に座っていたカザハナが駆け寄ってくる。尻尾を振って頬を舐めてくる彼女に必死に抵抗するエスメラルダを横目に、歩み寄ってきたハルはマリウスに向かって片手を挙げてみせた。

「買い物? ……逆か。盗られないよう注意しなよ」

「ああ、うん……気を付ける」

 荷物からはみ出ていた水晶をそれとなく戻せば、ハルは小さく肩をすくめた。ようやくカザハナから解放されたエスメラルダが顔についた涎を拭いながら問う。

「会うの久しぶりじゃない? ハル君、最近はどんな感じなの」

 三層での一件以降ハルとは何度か顔を合わせたが、ここひと月はめっきり遭遇していなかった気がする。特に報せが無いという事は元気にやっているのだろうが、それはそれとして少し心配していた――そう告げれば、ハルは僅かに眉根を寄せて視線を逸らす。

「どうもこうも。下の階層で採集したり……あと怪我した冒険者よく助けるくらい。カザハナが勝手に嗅ぎつけるから」

「へえ! もしかして、猟より救助の手伝いの方が向いてるのかな」

「ボクもそう思う。そのせいで迷惑してるよ。冒険者ギルドから遭難したパーティーの捜索とか頼まれるし」

 まあ、断れないからやるけどさ……とぼやき、ハルは溜息をひとつ吐いた。許可なく三層に立ち入っていた件について、彼は一切の罪を問われていない。事情の特異性や情状酌量の余地などが認められた事により、恩赦を与えられた形だ。とはいえ本人はそれを随分気にしているらしく、何かしら依頼すれば律儀にこなしてくれる……とはギルド長エドガーの証言である。冒険者の捜索依頼とやらもその一環なのだろう。

 あいつ斜に構えてるように見えてすごく真面目なんだ――と、幼馴染を評したケイナの言葉を脳裏に思い浮かべつつ、マリウスも彼に問いかける。

「例の件以降、メレディスに会ったりしたか?」

「……会ってない。何かあったの?」

「君がされたみたいな事をエールもされたんだ。何事もないなら良いけど、一応気をつけて」

 エスメラルダの言葉にハルの表情が険しくなる。散々マリウスのコートの裾を引っ張ったり撫でるよう要求したりした後に足元に戻ってきたカザハナが、心配するような眼差しで主を見上げた。彼女の鼻先をひとつ撫で、ハルは苦々しい声色で応えた。

「そう。……あいつ、結局なにがしたいわけ」

「それが私たちにも分かっていないんだ。君が持っていた地図と同じものを欲しがっているという事しか……」

「地図」

 おうむ返しに呟き、ハルは思い出したように顔を上げる。

「ボクが持ってたのは三層の地図だった。あれ、どの階層まであるの?」

「え? ……そういえば、エールが持ってたやつは見覚えのない地形が描いてあったって言ってたな」

「あれを描いた冒険者は世界樹のどこまで行って、地図だけ残してどこへ消えたんだろう」

 マリウスとエスメラルダは顔を見合わせる。普通に考えれば、迷宮の外で命を落として地図だけが持ち去られるなどして散逸した……というのがもっとも自然なように思える。しかしエールの話によれば、かの冒険者はエールの兄に地図を託して旅立ったきり戻ってこなかったという。それではまるで、自分がもう戻ってこない事を予見していたかのようだ。

 首をひねる二人を見てハルが肩をすくめる。

「まあ、あいつらの目的には関係ない話かもしれないけど」

「いや、もしかしたらそのあたりに何かヒントがあるのかもしれない」

「それならいいけど。……ボクはもう行くよ。用事あるし」

「あ、さっきの冒険者ギルドから依頼されたって話?」

「違う。『ヴォルドゥニュイ』に呼ばれた」

 そう言い残しハルは踵を返して去っていく……寸前で、足を止めて振り返った。睨んでいるようにも見える目でじっとマリウスの方を見つめ、ごく小さい声で呟く。

「何か……困ったら言ってよ。力になれるかは分からないけどさ」

 そうしてハルは今度こそ去っていく。残された二人はしばしその背中を見送り、やがてはっと我に返ると荷物を抱え直して歩き出した。少し立ち話をしすぎたようだ。盗人が袋の口から覗く水晶の輝きに目をつける前に、さっさとブツを売り払ってしまわなければならない。


「そういえば」

 とエールが思い出したように口を開いたのは、暇つぶしにと始めたカードゲームにもそろそろ飽きてきた頃だった。永遠に続くリズからの「もういっかい」攻撃に参っていたらしいケイナが、期待を込めた目で彼女を見る。エールはその視線をそれとなく受け流しつつ、頬に手を当てて続ける。

「今、思い出したんですけど……あの地図に書いてあった読めない文字の事、わたし、聞いたことがあるかもしれません」

「ああ……あの文字。そっか、書いた本人と話してるんだもんな」

 例の地図の端に書いてあった謎の文字については未だ謎が多い。ケイナは一度、ハルと共に評議会の蔵書を借りてアルカディア各地の文字を調べてみた事があるが、似たような字は発見できなかった。

 エールが持っていた分の地図にも、同じ文字で書かれた文章がいくつか残っていたそうである。地図の製作者である冒険者は言葉が不自由だったというし、彼はどこか遠い地方の出身であり、書いてあったのもその土地固有の文字だという可能性が高そうだが。

 エールは首を傾げてうーんと唸る。

「聞いた……記憶はあるんですけど。具体的にどんな答えが返ってきたかは、あまり思い出せなくて……」

「ちょっとした事でも思い出せないか……?」

「ううん……えっと……あ、そうです」

 ぽんと手を打ち鳴らすエールに向かってケイナとリズはずいっと身を乗り出す。二人の圧に思わずといったように少しばかり身を引きつつ、エールは続ける。

「うろ覚えなんですけど、たしかアルカディアの文字が書けないと仰ってました」

「……アルカディアの文字?」

「共通語とちがうの?」

 リズが首を傾げた。地方の出身であるため、大陸で広く用いられる共通語の読み書きができない……というなら分かるが、この世界(アルカディア)の文字と言われるとまた意味が違ってきてしまう。怪訝な表情を浮かべる二人に苦笑し、エールは肩をすくめる。

「言葉も通じにくかったので、意図しない風に伝わってしまったか、わたしの記憶違いかもしれませんけどね。……でも確かに、今思うと不思議な人でした。浮世離れしているというか……」

 そこで言葉を切り、エールはふと真剣な表情を浮かべる。そのままおもむろに自身の荷物を探り始めた彼女をケイナとリズはじっと見つめる。やがて動きを止めたエールの手に握られていたのは、どうやらネックレスのようだった。

 シンプルな銀の鎖に水色の石が飾られたそれを掲げ、彼女は神妙な表情で口を開く。

「これ……兄の形見なんですけど」

「うん」

「その冒険者の方から頂いた品なんです。……ええと、これは隠していたわけじゃなくて、旅をしていた頃に盗まれないようにしていたのが、そのままになっていただけでして……」

 誰に向けての言葉なのか分からない言い訳をもごもご言い続けるエールをよそに、目を瞬かせたリズが立ち上がってネックレスをまじまじと眺めた。鎖の先で揺れる石をしばし注視した彼女は、やがて不思議そうに呟いた。

「魔力あるね」

「……えーと、それがどうしたんだ……?」

 装飾品に魔力を込めて簡単な魔法を発動できるような機構を仕込むのはよくある事であるし、その際の触媒として鉱石が用いられるのもごく一般的な事だ。いちいち注目するほどの発見とも思えないが。しかしリズはふるふると首を振ると、困ったように小さく呻いた。

「ちょっとちがう」

「違う……何がでしょう」

「言うのが、むつかしい……でも、ちがう……」

 ぬーん。と唸るリズだが、具体的に何が違うのかはうまく説明できないらしい。エールとケイナは顔を見合わせた。気になりはするが、詳しい事が分からない以上はどうにもならないだろう。気を取り直し、エールは話題を元に戻す。

「兄はこれを「返しに行く」と言っていました。どうしてそれが世界樹の頂上を目指す事に繋がるのかは、分からないですけど」

「じゃあ、それがエールの目標なのか?」

「……はい。わたしが兄にしてあげられる事が、これしか思いつかなくて、……」

 困ったように笑いながらそう言ったエールを眉を八の字にしたリズが見つめる。彼女が何か言おうと口を開いた瞬間、部屋の外からノックの音が響いた。間を置かず開いたドアの隙間から、出かける前より身軽になったマリウスとエスメラルダが顔を出す。

「ただいま。何か変わった事は?」

「へんな魔力」

「え? 変な……なに?」

「変わった事は特になかった。色々話してて……」

「また後でお二人にもお話ししますね」

 エールが微笑めばエスメラルダは怪訝そうな顔でひとつ頷いた。その様子を横目にマリウスが苦笑しつつ荷物を置き、鞄の中から何かの紙を取り出す。見るからに上質なそれを掲げ、仲間たちの視線を集めると彼はひとつ呼吸を置いて口を開く。

「大市からの帰りに評議会に呼び出された。先日迷宮で出会った少女の事は覚えてるな?」

 一同は首肯する。第四層の探索中に出遭った冒険者らしからぬ佇まいの少女……彼女はこちらの素性を問うた後、迷宮の先に待ち受ける魔物について語って姿を消した。

 曰く、この水晶の樹海の最奥には「水晶竜」が棲むのだと。

 現時点で、正式に冒険者ギルドに登録されている中で『カレイドスコープ』より先の地点を探索している者は存在しない。仮に認可を受けずに探索している冒険者だったとしても、その物言いは不自然だろう。果たしてあの少女は何者なのか……謎の存在を放置するのも良くないと考え、水晶竜とやらの件も含めて評議会に報告しておいたのだが、数日経ってようやく評議会も対応を決めたようだ。

「『水晶竜を越え世界樹の奥へ進め』……何があるか分からないがとにかく進めとのお達しだ。まあ、どちらにせよ我々は先に進むつもりだったが……」

「水晶竜も倒しちゃっていいって事か? 良かった……倒していいなら気が楽だな……」

 ケイナがほっとしたように呟く。決して楽という事はないと思うが、彼はどちらかというと水晶竜を捕獲しろだとか、避けて進めだとか命じられる事を恐れていたようだ。なにせ「竜」はアルカディアの広い地域で信仰される神聖な存在だ。

「黄金竜なら倒すなって言われてたかもしれませんね」

「……とにかく、こうしてミッションも出たわけだし、解決していない問題もあるし……明日からも気を引き締めていこう。以上!」

 そう締めくくったマリウスに謎の拍手が送られる。何もすごくはないが……と呟きながらいそいそと令状を鞄の中に戻すマリウスの背中にリズがぴょんと飛びついていった。じゃれつく少女とじゃれつかれる成人男性の攻防を眺めながら、ベッドに這い上がって腰かけたエスメラルダがケイナに話しかける。

「大市でハル君と会ったよ。元気そうだった」

「そうか。最近なにしてるとか聞いたか? 俺もこの頃会えてなくて」

「ギルドの依頼で人捜ししてるとか……そういえば『ヴォルドゥニュイ』に呼ばれたとか言ってた。あそこそんな仲良かったっけ?」

「え……さあ……」

 首をひねる二人をよそに、荷物を整え終えたマリウスがリズに引っ張られて部屋を出ていこうとする。どうやら夕飯を食べに行くようだ。先に立ち上がっていたエールが静かに促してくるのに従い、ケイナとエスメラルダもベッドから飛び下りて三人の後に続く。


     ◆


 ひととおり話を聞き終えたところで、ハルは盛大な溜息を吐いた。対面でコーヒーをすするジャンの顔には「まあそうだよなあ」とでも言いたげな表情が浮かんでいるし、その隣で揚げた芋を次々口に運ぶステファンはもはや話に入る気力もなさそうに視線を逸らしている。

 彼らの考えはだいたい分かるが、頼み事をする側がそんな態度というのはどうなのか――脳裏に浮かぶ文句がうっかり口から出ないよう押し込め、ハルは口を開く。

「なんていうか……アンタら、お人好しだね」

「あ? あー、まあそうだけど、今更気付いたのか?」

「初めからそうでしたよ、我々」

「開き直るなよ……」

 苦々しく呟き、ハルはスープからすくい上げたウインナーを足下に寝そべるカザハナへ差し出す。尻尾を振っておやつを噛み砕く相棒をしばし見つめ、ハルはもう一度溜息を吐く。

 周囲を警戒するように辺りを見回すが、ざわめく酒場の片隅で陰気に静まり返った三人と一匹を気にしている様子の客はひとりもいない。ジャンに視線を戻し、重々しく告げる。

「いいよ、協力する」

「マジ? ……断られるもんだと」

「関係なかったらそうしてたけど、無関係じゃないし」

 けど、と僅かに顔をしかめ、ハルは傍らのカザハナを指さす。

「働くのはボクじゃなくてこの子だ。ご褒美くらいは用意してよ」

「ああ……彼女、何が好物なんです?」

「赤身の肉。良いやつにしてよご褒美なんだから」

「あーそういうの分からないのでお任せしまーす」

「丸投げかよ。まあいいけど……」

 自身が話題に上がったのを察知してか起き上がってステファンに近寄っていくカザハナと、彼女を撫でまわすステファンを横目に、ジャンはハルを見つめる。ハルは相変わらず虫の居所の悪そうな表情をしていたが、顔がそんな風なだけで特段腹を立てているわけではないようだ。まじまじと見つめられて居心地悪そうに耳を揺らす彼に、ジャンはしみじみと告げる。

「お人好しはお前も同じじゃね?」

「……うるさ……」

 主の悪態をかき消すように、テーブルの上を見上げたカザハナがきゅうんと鳴く。彼女に小皿の上のサラミを分けてやりながら、ステファンはこっそりと肩をすくめた。なんだかんだ、似たような人間は同じ場所に集まりやすいものである。

 だが、まあ、このくらいで丁度いいだろう。分かりやすい悪に対抗するならば、こちらも分かりやすい善であるべきだ。