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大阪から東京に移住する理由。 単純に年収が3倍になりました。笑

2018.09.12 18:05






少しだけ自己理解ノートで触れたのですが、ぼくは高校(岡山)から大学(大阪)への進学を決めました。























まずは、大阪についてなのですが。。









大阪という街は、とてもとても大層な街でして。。


















ぼくはこの大阪の街に『笑い』の文化を学びました。












大阪の6年の修行期間がなかったら正直ここまで東京でやっていくことはできなかったと思っています。
















まず、大阪という街の文化からお話ししましょう。











大阪は、『安い』そして『クオリティが高い』を高品質として評価します。













いかに安くクオリティの高い商品を提供できるか。












それをこぞって競い合っています。









正直、ビジネスとしては異常です。










もう4年以上前になりますが、深夜タクシーで家まで帰宅しようと千日前の通りでタクシーを拾おうとしたら、酔っ払いがタクシーの運転手の人に「あんちゃん!5千円でどこまでいける!?」と聞いていて「◯◯までなら」というと、ちょっとまけてや!と言って奈良まで5千円で帰ろうとしている人がいました。














タクシーすら値切ってしまう大阪根性はもはや異次元の世界です。














経済観念などそこには存在しません。













すこし極端ですが、これが大阪の文化です。













いかに安く高いクオリティで商品を提供するか。














ギャラは安いがショーにはバンバン口出しダメ出ししてきます。













芸の街なだけにその見る目は確かです。













ハッキリと面白いものは面白い。













面白くないものは面白くないと言います。








そんな大阪の街で6年も揉まれれば、嫌でもお笑いのスキルは身につきます。







死活問題ですからww












面白くなければ、ギャラすらもらえない街なのです。















必死に芸を磨きます。














大阪時代は本当に貧乏で家賃2万5千円のところに住んでいたこともあります。
















敷金礼金0円で家賃2.5万だなんて絶対自殺物件ですよねww











それでも大阪に住み続けたのはお金が無いというのもありますが、自分に自信が無かったからです。
















将来が不安で仕方なく、今の環境から自分を変えることに恐怖していたのだと思います。(現状維持バイアス)















ふとした時、ぼくはこのままでは死ぬと思いました。





『食べていけない』ことではなく、自分個人としてのアイデンティティが崩壊する危機だと感じたのです。














何かを変えなきゃと必死に足掻きました。













そしてぼくは東京に行く決意をしました。












決めたのは東京に住む二週間前でした。



引っ越すと決めてから二週間後には今の住まいである高円寺に引っ越していました。













不思議と不安はなかったです。














なんのツテもアテもなくただ単に東京へと来ただけのぼくは、何も家具が揃っていない東京の住まいで考えました。











自分には『マジック』しかないから、これで食って行くと。














決めてしまえば意外と食って行くには困らないです。














おかげさまで大阪の修行時代にお世話になっていた小林俊晶さんに連絡をしたら、東京にも拠点を持っていらしたのですぐに仕事先を紹介してくださり(現在のぼくの食い扶持である、赤坂うさぎやと銀座ジョーカー)なんとか生きていくことができています。

















小林さんには今もお世話になっていて共に赤坂うさぎやさんで働かせてもらってます。






小林俊晶さん本当にありがとうございます。














タイトルにもあるようにぼくが大阪から東京に来てからその年で大阪のときの3倍の年収になりました。(もともと大阪のときの年収が少なかったので、3倍になったからと言って大した額ではありませんが。笑)
















東京の文化は『良いものにはお金を払う』という文化だと感じています。












しかもそれは、ブランドうんぬんではなく『自分が本当に良いと感じたものにはお金を払う』という文化で、ぼくはとても良い文化だと思っています。













ぼくはこの『文化の違い』にカルチャーショックを受けました。






そして、これはビジネスの基本でもあると思いました。
















どんなけ良い商品、高いクオリティを求めてもそのものの価値を正確に評価し、それ相応の対価を支払ってもらうためには『その価値にお金を支払ってくれるマーケット』を開拓する必要があるということです。
















『わかる人にだけ分かってもらえれば良い』は甘えで、やはりどんなに良いものでもわかってくれる母体数を増やす作業も含めてビジネスを今後は行なっていかなくてはいけないと感じました。














『ビジネス』はまさに実力主義の世界です。
















クライアントに気に入られる能力もその実力の内です。









そして、実力のない者は評価されません。


それは当然です。



















例えば、レギュラーで入っているマジシャンAとBが居たとして。


Aは20代後半のイケイケマジシャンで生意気で文句ばかり言っていたとしても、店舗にお客様を呼ぶことができています。


Bは40歳前半で店舗から言われたことはキチンとこなしていますが、一向にファンが付くことはなく利益をあげることができません。














クライアントに気に入られるのはどちらのマジシャンでしょうか?















どう考えても前者のほうが圧倒的にクライアントには気に入られます。
















これはどんなアドバンテージや条件が揃っていたとしても覆しようのない『事実』なのです。















いくら生意気で人格的に終わっていようが、実力があるのはAで実力が無いのはBなのです。














その目の前の圧倒的実力差を、見て見ぬフリをしていけば、Bは確実に淘汰されていきます。


つまりはクビです。

















後から入ってくる若い世代にパワーでも体力でも負け、知識だけが増えていき考えはこり固まり自分を変えることができなくなっていきます。














現状をちゃんと認識し、自分の実力の無さを素直に認め、自分をアップデートすることができれば時代に淘汰されることなく生き残ることができます。

















まずは、はっきりと自分の実力を分析し自分の『弱さ』と向き合うことが重要なのです。
















見て見ぬフリは、クレジットカードのリボ払いと同じです。


利息はどんどんと増し、最後には払いきれない借金に潰れてしまいます。




















気づいたときには人生はゴールを迎えていて、『後悔』や『無力感』を抱いて死んでいきます。






















だからぼくは東京にきました。
















そんな死の恐怖を感じ、幸せなゴールを掴むためにです。




今からでも遅くないです。


















自分を見つめ直し、自己分析して、見て見ぬフリをやめましょう。













強がるのはよしてありのままの自分を開示できるように訓練しましょう。















現状の苦しみから必ず抜け出せるはずです。















もがくことも失敗することも、何も恥ずかしいことではなく自分を変えようと必死に生きようとする素晴らしい力です。














自己分析がどれほど大事か伝わりましたでしょうか。


人のことなどに構っている時間はありません。



















自分のことを理解できている人なんてほんと一握りです。















まずは自分を理解してあげることから始めて見てはいかがでしょうか。















少しでもみなさんのお役に立てますように。願いをこめて。