臍帯とカフェイン

「ギジン屋の門を叩いて」⑯帰依三宝

2023.10.22 12:15

尾石貝 茉希:おせっかい まき。依頼人。女性。大家の娘

妃山 小鳥:きさきやま ことり 女性。謎の女。にんじん。

寺門 眞門:てらかど まもん。店主。男性。いわくつきの道具を売る元闇商人。

猫宮 織部:ねこみや おりべ。助手。女性。家事全般が得意です。

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 : 「ギジン屋の門を叩いて 帰依三宝(きえさんぽう)」

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尾石貝 茉希:「猫宮さん、僕にもホットミルク。」(眞門の真似をしながら)

猫宮 織部:うーん、30点ですかねえ。

尾石貝 茉希:えー!今の結構自信あった!

猫宮 織部:なんか、こう、もっと渋みというか、優しさというか。

尾石貝 茉希:足りないって?カーッ!はいはい、のろけのろけ!

猫宮 織部:ち、ちがいます!

尾石貝 茉希:「失敬?」

猫宮 織部:あ、今のは似てました!

尾石貝 茉希:ほんと?よっしゃー!じゃあほら、次猫ちゃんの番

猫宮 織部:えー!えーっと……

猫宮 織部:「お売りしよう!!!」(眞門の真似をしながら)

尾石貝 茉希:似てるのか似てないのかわかんなーい。

猫宮 織部:う、うーん、じゃあ

猫宮 織部:「猫宮さぁん、なんで夕飯キムチ炒飯(ちゃーはん)なのぉ……からいよぉ……」(眞門の真似をしながら)

尾石貝 茉希:……猫ちゃんさあ

猫宮 織部:なんですか?

尾石貝 茉希:わざと?

猫宮 織部:え!?

尾石貝 茉希:はいはい、ごちそう様ごちそう様

猫宮 織部:な、なにがですか!!なにがですかぁ!

尾石貝 茉希:もうさー、のろけよ、それは、それはのろけ。はー!やってらんねー!

猫宮 織部:ま、茉希ちゃんがやろうって言ったんじゃないですか!!

尾石貝 茉希:猫ちゃんの物まねは!猫ちゃんにしか!見せない眞門さんだから!!

尾石貝 茉希:似てんのか似てないのかわかんないわけ!

猫宮 織部:は、はわわわわ

寺門 眞門:何やってるの、二人とも。

猫宮 織部:だ、旦那さま!?

尾石貝 茉希:あ、眞門さんちーっす。

寺門 眞門:……茉希

尾石貝 茉希:ん?

寺門 眞門:仕事は????

尾石貝 茉希:してませんけど?

寺門 眞門:してませんけど?じゃない!何をやっとるかお前は!

寺門 眞門:指輪(ゆびわ)!つきっぱなしじゃないか!外れてないじゃないか!

尾石貝 茉希:あー、これ?なんかさー。

尾石貝 茉希:慣れてきちゃった。別に本心を話すのも悪くないなーって。

尾石貝 茉希:あ、眞門さんなんか猫ちゃんといい感じじゃん、ついにあれ?しっぽりって感じ?

尾石貝 茉希:優しくしてあげた?

猫宮 織部:ななななななななな、何言ってるの!茉希ちゃん!!!!!

尾石貝 茉希:あはははは!ないかー!流石にそこまではないかー!!!ははは!!

尾石貝 茉希:なんかもう、ほら!そこまであからさまだとさ!してないと不健全というか……

猫宮 織部:(さえぎるように)茉希ちゃんてば!!!!

尾石貝 茉希:あははは!ごめんごめん、ほら、私なんでも話しちゃうから今。ごっめんごっめん。

寺門 眞門:……はあ。なんで「暴露(ばくろ)」してしまう事に順応してしまってるんだお前は……。

尾石貝 茉希:嘘をつかない生活ってさ、案外快適よ。

寺門 眞門:む、まぁ、それは確かにそうなのかも知れんがな。

猫宮 織部:ちょこっとだけ羨ましいです。なんか、ストレスなさそうで。

尾石貝 茉希:言うじゃーん、猫ちゃぁん。でも、ストレスゼロ!ではないんだなあ、これが。

寺門 眞門:ところで、いつの間に「猫ちゃん」「茉希ちゃん」なんて呼び合う仲になったんだ?

猫宮 織部:あ、えっと、何度かお会いするうちに意気投合して

尾石貝 茉希:なんなら仕事探すフリしてここにきてたわー、ははは!

尾石貝 茉希:なんかさ、色々大変だったみたいじゃん、ちょこっとだけ、ちらっとだけ聞いたよ。

寺門 眞門:な……っ!?ね、猫宮さん?

猫宮 織部:他の人に、知られてもいい範囲まで……だけ。

猫宮 織部:きっと茉希ちゃん、誰かに聞かれたら話しちゃうので、そこは、ね。

寺門 眞門:そ、そっか。

尾石貝 茉希:そーそー。眞門さんの寿命がなんやかんやあって残り1年しかないことと、

尾石貝 茉希:猫ちゃんの記憶を戻すというか、過去を探るというか?そこだけ、聞いた。

寺門 眞門:……そうか。

尾石貝 茉希:なんとかなるっしょ!

寺門 眞門:え?

尾石貝 茉希:なんとかなるなる!大丈夫だよ!

尾石貝 茉希:ここにさ、働かなくても生きていける人間がいるんだよ?

尾石貝 茉希:一生懸命働いて、なんやかんや色々な事を解決?してる眞門さんが

尾石貝 茉希:幸せにならないわけがないじゃーん。

猫宮 織部:……茉希ちゃん

尾石貝 茉希:ね?猫ちゃん、猫ちゃんが幸せにするんだもんねー?

猫宮 織部:ちょ、ちょっと!!!!

寺門 眞門:……ありがとう、茉希

尾石貝 茉希:な、なに?なんか素直な眞門さんこっわ……

寺門 眞門:素直にもなるだろう、私とて傷ついたり、そこから反省したりもするのだよ。

妃山 小鳥:へえ、偉いですねえ、そういうの。

尾石貝 茉希:だ、誰あんた!?

猫宮 織部:え、え、え!?え!?ど、どちら様ですか!?

寺門 眞門:い、今扉あいたか?あ、あれ?な、何者だ貴様

妃山 小鳥:ああ、気にしないで続けてください。

妃山 小鳥:なんだか、素敵なやり取りに「師弟(してい)」関係を含む恋愛感情って素敵だなーって

妃山 小鳥:懐かしくなっていたところですので。

猫宮 織部:な、ななな、なんなんですか……?お、お客さん……?

妃山 小鳥:泥棒にでも見えますか?

尾石貝 茉希:見えなくもないけど、それ以前に気配を感じさせず背後に立ってるって時点で怪しい。

寺門 眞門:茉希の言う通りだ。何者だ?貴様。

妃山 小鳥:いやですねえ、ただの「気配を消すのが少し上手い客」、ですよ。

寺門 眞門:いるか!そんな客!!!

妃山 小鳥:あら。断言できるのかしら?

猫宮 織部:え?

妃山 小鳥:雑貨屋のフリをした元闇商(もとやみしょう)がいたり、

妃山 小鳥:脱サラした魔法少女、

妃山 小鳥:夜な夜な神様相手にカウンセリングをする精神科医、

妃山 小鳥:ラップをする探偵がいるんですよ?この町には。

妃山 小鳥:「気配を消すのが少し上手い客」なんて居ても、おかしくもなんともないじゃないですか。

尾石貝 茉希:今期一番の説得力だよこりゃ

寺門 眞門:そ、それはそうだが……なんだ?妙に詳しいな、貴様

猫宮 織部:この町にお住まいなんですか?

妃山 小鳥:ええ、そうね。ずーっとこの町にいるわ。

猫宮 織部:……今日は、どのようなご用件で……?

妃山 小鳥:あら、もうさっきの微笑ましいやり取りはおしまい?

尾石貝 茉希:この空気感でやれたら、メンタルばちくそ強いって

妃山 小鳥:ふふ、それもそうね。

寺門 眞門:……雑貨を買いにきた、というわけでは無さそうだな?

妃山 小鳥:あら。お香とかがあるなら見せていただきたいわ。

妃山 小鳥:でもそうね、今日は買い物というよりも、聞きたい事があってきたんです。

妃山 小鳥:「ギジン屋」さん。

寺門 眞門:……一応、聞こうか。

妃山 小鳥:ありがとう。

妃山 小鳥:聞きたいのは、ここに一度来た事がある「小石川 藤十郎(こいしかわ とうじゅうろう)」という男の事なの。

寺門 眞門:……ほう?

猫宮 織部:小石川さん!あの、ラップで事件を解決したり、女装して推理したりする

猫宮 織部:「規格外(きかくがい)」探偵の小石川さんですね!

妃山 小鳥:……ふふ、そう。彼、いまだにそんな風に推理してるのよね。

尾石貝 茉希:知り合いなん?猫ちゃん

猫宮 織部:ええ、以前に一度ご来店いただきました!

寺門 眞門:その、小石川がどうしたと言うんだね。

妃山 小鳥:この鹿骨町(ししぼねちょう)には、事件が多すぎるんですよ。

寺門 眞門:……ふむ?

妃山 小鳥:5年前から、事件は減る事はなく、どんどんと増えていく。

妃山 小鳥:この町は異常なんですよ。

寺門 眞門:それは否めないな。

尾石貝 茉希:びっくり人間のスーパーバーゲンみたいな町だもんねー、鹿骨町(ししぼねちょう)って。

猫宮 織部:確かに……

尾石貝 茉希:猫ちゃんも大概だけどね!

猫宮 織部:ぴえ!

寺門 眞門:それで?その事件の多さがどうしたのかね?

妃山 小鳥:私が思い描いていた未来と違うんです。

寺門 眞門:思い描いていた未来?

妃山 小鳥:ええ。

寺門 眞門:……貴様、小石川の何だ?結局何が言いたい?

妃山 小鳥:助手と、師匠の関係ってどういう形が理想だと思います?

猫宮 織部:え?

尾石貝 茉希:出た出た、いるよね、質問に質問で返すやつ

寺門 眞門:……いや、茉希、この場合、その「質問」そのものが答えだ。

尾石貝 茉希:え?どういうこと?

妃山 小鳥:察しのいいこと。

寺門 眞門:貴様、小石川の元助手だな?

猫宮 織部:元助手って……あの「腐らない人参(にんじん)」を送り付けた……!?

妃山 小鳥:ご名答。あなた達二人、探偵になったらいかがかしら?

尾石貝 茉希:来週から「名探偵 猫宮織部」はじまりまーすっと

猫宮 織部:はじまりません!!そもそも何で私なの!茉希ちゃん!

尾石貝 茉希:いやほら、女性主人公のほうが売れる時代だから

猫宮 織部:私には無理ですー!!

寺門 眞門:そんな「当ててくれ」と言わんばかりの言い方で、

寺門 眞門:察することができないほど鈍感ではないよ。

妃山 小鳥:あら。私の元先生と違って素敵ですね。

寺門 眞門:……貴様、名前は?

妃山 小鳥:妃山 小鳥(きさきやま ことり)。

妃山 小鳥:以後、お見知りおき頂きたいですね、「先生」。

寺門 眞門:私は君の先生ではないよ。

妃山 小鳥:あら、すいません、そうですよね。「旦那様」?

猫宮 織部:なっ、あ、貴方の旦那様ではございません!

妃山 小鳥:あら、それじゃあ貴女の旦那様なのかしら?

猫宮 織部:そそそ、それは。

寺門 眞門:そうだ。

猫宮 織部:きゃふっ…………

尾石貝 茉希:なんかイチャつきのレベルあがってない?しんど。

寺門 眞門:五月蠅い(うるさい)、茉希。

尾石貝 茉希:へいへい

妃山 小鳥:……にぎやかですね。

尾石貝 茉希:この人らいっつもこんな感じだよ、今日はなんか一段とだけど

猫宮 織部:ま、茉希ちゃん!

尾石貝 茉希:ごめんごめん、ほら、なんでも話しちゃうからあたし

猫宮 織部:もう!

寺門 眞門:……で、その「元助手」とやらがなんの用なんだね?

寺門 眞門:申し訳ないが「殺人」の手伝いはできないぞ。

妃山 小鳥:ふふ、逆ですよ逆

寺門 眞門:逆?

妃山 小鳥:ええ。「ギジン屋」さん、この町から「すべての事件を無くす」方法

妃山 小鳥:ありませんか?

寺門 眞門:……すべての事件を無くす方法、だと?

妃山 小鳥:そうです。

妃山 小鳥:本当に単純な窃盗や、それこそギミックだらけの計画殺人。

妃山 小鳥:ほんの少しのファンタジーに、迷宮入り寸前のサスペンス。

妃山 小鳥:ありとあらゆる「事件」という「事件」を。

妃山 小鳥:私、「葬り去りたい(ほうむりさりたい)」んです。

猫宮 織部:事件という、事件を……?

尾石貝 茉希:何それかっこいいー、なんか正義の味方みたいじゃん

猫宮 織部:で、でも、貴女は、小石川さんの為に殺人を……

妃山 小鳥:ええ、私は殺人を犯した。

妃山 小鳥:愛する「先生」の「新たな推理力」のために。

妃山 小鳥:今後、降りかかるであろう、数々の難題に先生が立ち向かえるように

寺門 眞門:(割り込むように)殺人を正当化することはできない。

寺門 眞門:いかなる理由、いかなる状況であったとしても。

妃山 小鳥:……あら、懐かしいセリフ。

寺門 眞門:小石川の口癖、なのだろう?

妃山 小鳥:……そうね、聞き飽きるほどに。

猫宮 織部:わかっていても、せざるを得なかった……

妃山 小鳥:そう、よくわかってるわね、そちらの「助手」さんは。

猫宮 織部:……。

妃山 小鳥:今更、私自身の事を正当化しようとも思ってないわ。

妃山 小鳥:私は「間違えている」。

妃山 小鳥:そんな事「解っている」のよ。

妃山 小鳥:十分すぎるほどに「理解」している。

尾石貝 茉希:理解していても、せざるを得ないってどういう事なん?

妃山 小鳥:そうね、私にそれ以外の方法が思いつかなかったのよ。

尾石貝 茉希:ふーん

寺門 眞門:私たちが警察に通報すると思わないのかね?

妃山 小鳥:しないわ、あなた達は。

寺門 眞門:……ほう?

妃山 小鳥:だって「解ってるでしょ?」貴方たちも。

寺門 眞門:……一筋縄ではいかんな、やはり。

猫宮 織部:……そうですね、旦那様。

尾石貝 茉希:なになになに、ごめんわかんない、私一人取り残されてる完全に。

寺門 眞門:……駅前のほうに、一つ探偵事務所があるだろう?茉希

尾石貝 茉希:ああ、うん、あのなんかすごい人気のところでしょ?

寺門 眞門:そこの小石川という男、その男を愛するあまりに

寺門 眞門:「殺人」を犯したのがこの女だ。

尾石貝 茉希:ぶえっ!!!じゃあ本当に殺人犯なの!

寺門 眞門:そうだ

尾石貝 茉希:ふえー、殺人犯とか初めて見たやべー。写真撮っていい?インスタにアップする

寺門 眞門:茉希。

尾石貝 茉希:失敬?

猫宮 織部:……小石川さんは、この方を捕まえようと今、奮起(ふんき)しています。

寺門 眞門:そうだ。その小石川の気持ちを汲みたい我々が

寺門 眞門:「通報するわけがない」そう踏んで、立ち入ってきた、そうだな?

妃山 小鳥:ご名答。やっぱり探偵した方がいいんじゃない?貴方たち。

尾石貝 茉希:来週から「名探偵 寺門 眞門」はじまりまーすっと

寺門 眞門:始まらん。

猫宮 織部:(ぼそりと呟くように)ちょっと見たいかも。

寺門 眞門:猫宮さん

猫宮 織部:失敬

妃山 小鳥:……説明は終わったかしら?

尾石貝 茉希:まだ全然わかってないけど、お姉さんが頭いかれてて

尾石貝 茉希:なんかやばい雰囲気に巻き込み事故食らった茉希ちゃんかわいそーって

尾石貝 茉希:いうことは理解した。茉希だけに巻き込みってうまくない?

妃山 小鳥:そう、理解が速くて助かるわ。

尾石貝 茉希:帰りてー

妃山 小鳥:もう少し我慢してね?

猫宮 織部:……私たちに危害を加えるつもりは……

妃山 小鳥:ないわよ、当然ながら。

寺門 眞門:……嘘は無さそうだな。

妃山 小鳥:ええ。ただ「客」として来ただけだもの。

寺門 眞門:……事件という事件を葬り去りたい、か。

妃山 小鳥:ええ。できるかしら?

寺門 眞門:なぜ、そんなことをしたいんだ?

妃山 小鳥:……なぜ?とは?

猫宮 織部:えっと……殺人犯としては、事件が多いほうが、その

尾石貝 茉希:隠れ蓑(かくれみの)にしやすい

猫宮 織部:そう、茉希ちゃんありがとう

尾石貝 茉希:ユアウェルカム。

妃山 小鳥:そうね。でもそれは望んでいないの。

寺門 眞門:望んでいない……?

妃山 小鳥:ええ。

寺門 眞門:どういうことだ?

妃山 小鳥:捕まりたいのよ、私は。

猫宮 織部:つ、捕まりたい……

寺門 眞門:ふむ、やはり我々の想像の通りだったわけだな。

猫宮 織部:人参の花言葉……

妃山 小鳥:そこまで理解してるの?ふふ、案外本当に向いてるかもしれないわよ。

妃山 小鳥:あなた達。「探偵」。

尾石貝 茉希:来週から「名探偵 尾石貝 茉希ちゃん」はじまります。

妃山 小鳥:あなたじゃないわよ。

尾石貝 茉希:失敬

寺門 眞門:最近私より君たちのほうが言ってないかい?それ

尾石貝 茉希:気のせい気のせい

妃山 小鳥:「小石川 藤十郎を一流の探偵に育て上げる」。

妃山 小鳥:この計画を立てた時から、私の中の「プロット」……筋書(すじがき)は

妃山 小鳥:一ミリも変わっていないんですよ。

妃山 小鳥:「あの人の手で、終止符を打ってほしい」。

妃山 小鳥:そんな覚悟が無ければ、「人を殺すことなんてできないもの」。

猫宮 織部:……どれほどの、覚悟だったんですか。

妃山 小鳥:どれほど?

猫宮 織部:……並大抵の覚悟じゃ、ないですよね。

猫宮 織部:人を殺せるほどの、覚悟だなんて。

妃山 小鳥:……そうね。「クチに出すのも悍ましい(おぞましい)」くらいに

妃山 小鳥:悩んだわね。毎日、その事しか、「先生」の事しか考えられないくらい。

猫宮 織部:……妃山(きさきやま)さん。

妃山 小鳥:「この人の為なら、私の身体も、心も、ぐずぐずに腐ってもいい」。

妃山 小鳥:そんな感じだったかしらね。

猫宮 織部:……。

妃山 小鳥:……私のしたことで、先生は予想通り1000の事件を解決する、

妃山 小鳥:「規格外探偵」として、この町に名を轟かせている(とどろかせている)。

尾石貝 茉希:すごいよね、連日報道されてたりするし。

妃山 小鳥:辿り着かないのよ。

尾石貝 茉希:え?

妃山 小鳥:事件の量が多すぎて、先生が私まで辿り着かないの。

寺門 眞門:……1000件もこなしてるくらいだからなあ。

猫宮 織部:確かに……

妃山 小鳥:そう、だから、事件そのものが起きないようにできないかしら

妃山 小鳥:ギジン屋さん。

寺門 眞門:無理だな。

妃山 小鳥:まあ、そうよね。

寺門 眞門:ああ、それが出来ていたら今頃我々も悩んでない。

猫宮 織部:そうですね……

妃山 小鳥:じゃあ、聞き方を変えるわ。

寺門 眞門:ん……?

妃山 小鳥:「すべての事件の犯人を、私にすることはできる?」

猫宮 織部:な……

寺門 眞門:できる。

猫宮 織部:ええ!?

寺門 眞門:おそらく、それならできる。

尾石貝 茉希:できんのかい!

寺門 眞門:ああ。そこまで都合よくは無いかもしれないがな。

妃山 小鳥:……と、いうと?

寺門 眞門:たいてい呪いというものは、「うまい方向」には傾かない(かたむかない)ということだ。

妃山 小鳥:えらく遠回しな言い方ね、ギジン屋さん。

猫宮 織部:どんな、呪物なんですか?旦那様

寺門 眞門:ようするに「殺人を犯した人間」の意識や、思想、そして人格そのもの

寺門 眞門:もっと言うなれば、魂(たましい)ごと、妃山、貴様という「器(うつわ)」にぶち込んでしまえばいい。

妃山 小鳥:……なるほど?

寺門 眞門:「人の意識を混ぜる石」がある。

妃山 小鳥:人の意識を。

尾石貝 茉希:混ぜる石?

猫宮 織部:どういった石なんですか?旦那様

寺門 眞門:仏教に伝わる話があってね、「曼荼羅山(まんだらやま)」という山が

寺門 眞門:人や、毒物や、邪心や、すべての「悪」という「悪」を

寺門 眞門:混ぜこむ「すり鉢(すりばち)」にされたという話がある。

猫宮 織部:すり鉢に……

寺門 眞門:ああ。その言い伝えの名残でね。「曼荼羅山の石」は

寺門 眞門:意識を、魂を、心を、混ぜるという「呪力」を持ってしまった。

妃山 小鳥:……どうしたら混ぜる事ができるのかしら?

寺門 眞門:そこまで難しくはない。この石を持って、相手に触れるだけだ。

妃山 小鳥:……触れた相手はどうなるの?

寺門 眞門:「空(から)」になる。それこそ、魂の抜けた人形のように。

妃山 小鳥:……そう

猫宮 織部:……使うんですか?

妃山 小鳥:……。

猫宮 織部:妃山さん……?

妃山 小鳥:……貴女だったら、使う?

猫宮 織部:私、ですか

妃山 小鳥:ええ、同じ境遇だったとしたら。

猫宮 織部:……使わないと、思います。

妃山 小鳥:……そうね、どうしてなのか聞かせてくれる?

猫宮 織部:混ざったとして、それは、きっと、私自身では無くなるから、じゃないでしょうか。

尾石貝 茉希:ねえ、私にも話振ってくんない、暇なんだけど

寺門 眞門:茉希、ちょっと待っておけ

妃山 小鳥:ごめんなさいね、もう少し待っていただける?

尾石貝 茉希:ちぇ。

妃山 小鳥:えーっと、失敬?

寺門 眞門:貴様まで言わんでいい。

妃山 小鳥:そういうものなのかと。

寺門 眞門:違う。

猫宮 織部:……妃山さん、今からでも自首することはできないんですか

妃山 小鳥:……自首?

猫宮 織部:はい……小石川さんには、妃山さん、貴女が必要だったのではないでしょうか

妃山 小鳥:……。

猫宮 織部:きっと、どんな推理力や、「閃き」や、力があったとしても

猫宮 織部:……一番必要なのは、そんなものなんかじゃなくて

猫宮 織部:「ツラい時に背中を預けられる」、「もう一つの背中」だったのではないでしょうか。

妃山 小鳥:……お説教?

猫宮 織部:い、いえ……そういうわけでは。

猫宮 織部:でも、きっと、何年経っても、小石川さんは貴女の事、待ってくれると思うんです。

妃山 小鳥:素敵ね。

猫宮 織部:え……?

妃山 小鳥:そう「言いのけてしまえる」くらいに、「貴女は」信じてるのでしょう?

妃山 小鳥:「旦那様」を。

猫宮 織部:……はい。

尾石貝 茉希:だぁぁぁーーーーってさーーーー!!!

尾石貝 茉希:よかったねーーーー!眞門さーん!

寺門 眞門:……お前今ほんと空気読めてないぞ、茉希。

尾石貝 茉希:指輪のせいだからしゃーないしゃーない!!

妃山 小鳥:……ギジン屋さん、おすすめのお香はあるかしら。

寺門 眞門:ん、いいのか?呪物は。

妃山 小鳥:ええ。きっとその呪物を使っても、私は納得できない気がする。

寺門 眞門:…まあ、そうだな。

寺門 眞門:そうだな……これなんてどうだ?

妃山 小鳥:……紫色のお香?これは?

寺門 眞門:「藤の花(ふじのはな)」のお香だ。

妃山 小鳥:……「藤」

猫宮 織部:……あ。

尾石貝 茉希:ん?どったの?猫ちゃん

猫宮 織部:……妃山さん

妃山 小鳥:…なにかしら。

猫宮 織部:「藤の花」の花言葉って、ご存じですか?

妃山 小鳥:……いえ、ごめんなさい

猫宮 織部:……「決して離れない」。

寺門 眞門:……はっ、なるほど

妃山 小鳥:……もっと、きちんと話していたら、違ったのかもしれないわね。

妃山 小鳥:私たちの……「バディ」も。

猫宮 織部:……遅いなんてこと、無いと思います。

妃山 小鳥:……そうね、そう、願うことにするわ。

妃山 小鳥:いくらかしら?このお香。

寺門 眞門:……とっておけ、特別大サービスだ。

妃山 小鳥:……ありがとう。もし「先生」が来る事があれば、宜しく伝えてください。

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尾石貝 茉希:美人さんだったね。

猫宮 織部:うん……

尾石貝 茉希:……ちょっと、もの悲し気な感じもね

猫宮 織部:……うん

寺門 眞門:あの「上玉(じょうだま)」を、男と勘違いしていた辺り

寺門 眞門:小石川は本当に鈍感なのだろうな。

尾石貝 茉希:でも男ってすこし鈍感なくらいの方がかわいいじゃん。

猫宮 織部:そ、そんな事は

尾石貝 茉希:何度も何度もアタックしても全然靡かない(なびかない)のに

尾石貝 茉希:ある日一緒に行った花火大会、鼻緒(はなお)が切れた下駄

尾石貝 茉希:「大丈夫か?ほら、背中に乗れよ。」たくましい背中。

尾石貝 茉希:そして、押し付けた胸から、とくとくと私の鼓動の速さが

尾石貝 茉希:背中越しに伝わる。

尾石貝 茉希:「ふふ、なんだ?そんなにドキドキして、俺に惚れた?」

尾石貝 茉希:なんてあまーい笑顔で照れながら言われたり

猫宮 織部:どちゃくそシコいーーーーーーーーーー!!!!!

猫宮 織部:すこすこのすこ!!!すこあめーくです!!!

寺門 眞門:得点をあげたのかい?

猫宮 織部:あげてません!!!

尾石貝 茉希:でもさー、どうなんだろうねーほんと

寺門 眞門:ん?何がだ?

尾石貝 茉希:いやさ、きっとさっきの人もさ

尾石貝 茉希:ちゃんと自分の心を素直に話してたら、きっと

尾石貝 茉希:あんな悲しい顔しなくて済んだんでしょ?

寺門 眞門:……そうだな。

尾石貝 茉希:やっぱさ、人間全員が本音を語る、みたいな

尾石貝 茉希:そんな世界のほうがさ、平和なんじゃない?世の中って

寺門 眞門:……。

猫宮 織部:そんなことない。

尾石貝 茉希:猫ちゃん?

猫宮 織部:本音を話す事も、すべてを正直に言うことも、

猫宮 織部:すべて素敵なことだけど。

猫宮 織部:でも、「言わない」から「伝わる気持ち」がある。

猫宮 織部:「言えない」から、「滲みでる(にじみでる)」優しさがある。

寺門 眞門:猫宮さん……

猫宮 織部:「人」が「門」を通ると、「閃(せん)」という意味になって

猫宮 織部:そこには「ひらめく」という意味と「のぞきみる」という二つの意味がある。

尾石貝 茉希:うん。

猫宮 織部:でも多くの人は、「閃」に「のぞきみる」なんて意味があるなんて

猫宮 織部:知らないでしょう?

尾石貝 茉希:そう、だね

猫宮 織部:見えない部分なんだよ、それって。

猫宮 織部:でも、「閃」には、その意味があるんだ。

猫宮 織部:その意味があるからこそ、「人」は「人」を「覗う(うかがう)」事ができるんだ。

尾石貝 茉希:「うかがう」。

猫宮 織部:そう。相手の事を「見て」「考えて」「知ろう」とする。

猫宮 織部:ただ、暴露されつづける情報に甘えるんじゃなくて

猫宮 織部:「知ろうとすること」、それこそが「人間」なんじゃないかなって。

寺門 眞門:猫宮さん……

猫宮 織部:……あっ!!

猫宮 織部:いや!その!すいません旦那様!

猫宮 織部:旦那様のターンを奪ってしまうような!ああ!

寺門 眞門:ターンとかじゃないから(笑いながら)

猫宮 織部:ああああー!すいません!すいません!

猫宮 織部:お茶淹れてきますー!!!!

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 :(少し間をあけ)

 : 

尾石貝 茉希:……眞門さん

寺門 眞門:ん?なんだ

尾石貝 茉希:……猫ちゃん、眞門さんみたいになってたね

寺門 眞門:……ああ。

尾石貝 茉希:よかったね

寺門 眞門:な、なんだよ

尾石貝 茉希:ううん、「いい助手」が出来て、さ

寺門 眞門:……ああ、本当に。

尾石貝 茉希:……前の「助手」さんみたいに、ならないといいね。

寺門 眞門:ならんよ。

尾石貝 茉希:私、隠せないから、聞かれたら言っちゃうからね。

寺門 眞門:その前に自分で話すよ。

尾石貝 茉希:……うん。

寺門 眞門:猫宮さんは、最高の助手だよ。

尾石貝 茉希:……諦めちゃだめだからね。

寺門 眞門:わかってるよ。

寺門 眞門:私の「しあわせ」は、全部ここにあるのだから。