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臍帯とカフェイン

「ギジン屋の門を叩いて」⑳見上げてみれば

2023.10.22 12:25

 

  


 

 「だいすきだよ、あやかちゃん。」

「これからも、たぶん、永遠に。」

「ずっと。ずっと。」

 


 

 


駒原 綾香:こまはら あやか。猫宮 織部の幼馴染。

尾石貝 茉希:おせっかい まき。暴露しちゃう。女性。大家の娘

寺門 眞門:てらかど まもん。店主。男性。いわくつきの道具を売る元闇商人。

猫宮 織部:ねこみや おりべ。助手。女性。家事全般が得意です。

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 : 「ギジン屋の門を叩いて 見上げてみれば」

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駒原 綾香:来ないで!!

猫宮 織部:あ、あやかちゃん……

駒原 綾香:来ないでよ!!こっちに来ないで!!

猫宮 織部:わ、私だよ、あやかちゃん

駒原 綾香:知らない!あんたなんて知らない!

尾石貝 茉希:ちょっと!久々の再会なんじゃないの!?

尾石貝 茉希:なにその対応まじありえねえ!

駒原 綾香:なんなのよ……もう……なんなのよ!!来ないでってば!

猫宮 織部:あやかちゃん、お願い待って、少し話したいだけなの

駒原 綾香:あんたと話すことなんてないんだよ!!

駒原 綾香:『この、化け物!!』

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尾石貝 茉希:(モノローグ)

尾石貝 茉希:雨というものは、とてもいい。

尾石貝 茉希:それが、彼の口癖だった時期がある。

尾石貝 茉希:きっとそれは、雨そのものの事を指しているのではなくて。

尾石貝 茉希:その雨が降った事で、起こる何かが、彼にとってとても幸せなことなのだったと

尾石貝 茉希:幼き日の私は、そう考えていた。

尾石貝 茉希:

尾石貝 茉希:まだ、鳩羽(はとば)くんが居た頃の私は

尾石貝 茉希:いったいどんな少女であっただろうか。

尾石貝 茉希:どこにでもいる、ただただ普通の少女で

尾石貝 茉希:将来の不安や、哀しいこと、つらくなってしまうほどの何かを

尾石貝 茉希:何一つ考えず、きっとただただ普通の少女で。

尾石貝 茉希: 

尾石貝 茉希:何一つ、『彼』の思う重さや、『彼女』の抱える辛さなんて

尾石貝 茉希:想像することもできない、そんな、ただ普通の。

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駒原 綾香:(モノローグ)

駒原 綾香:猫宮織部という少女は、それはもう活発で溌剌(はつらつ)としていて

駒原 綾香:とても気持ちのいい女の子だった。

駒原 綾香:私は、そんな彼女の「にへら」と笑う顔が好きで

駒原 綾香:どこに行くにもついていった事をよく覚えている。

駒原 綾香: 

駒原 綾香:雨上がりが好きだった。

駒原 綾香:土砂降りの庭が、ずぶぬれのシャベルが

駒原 綾香:「待ってたよ」って囁(ささや)いているみたいに

駒原 綾香:雨粒できらきらと輝いていて

駒原 綾香:それを見る度に猫宮織部という少女は、

駒原 綾香:雨粒以上の目の輝きで、私に言うのだ。

駒原 綾香:「あやちゃん、どろんこになろう!」

 : 

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猫宮 織部:あやかちゃん……

寺門 眞門:見失ってしまったな……

猫宮 織部:どうして、逃げちゃうんだろう……

寺門 眞門:……何か、身に覚えは?

猫宮 織部:ない、です。ずっと、疎遠(そえん)だったから。

寺門 眞門:そうか。

寺門 眞門:いま、茉希が追いかけていってる。

寺門 眞門:私たちもこのあたりを探してみよう。

猫宮 織部:はい。……あの、旦那様。

寺門 眞門:…ん? なんだい。猫宮さん。

猫宮 織部:……私はやっぱり、化け物なのでしょうか。

寺門 眞門:気にすること無い。

猫宮 織部:……。

寺門 眞門:気にする事、ないよ。君は君なのだから。

猫宮 織部:……はい。そうですよね。

猫宮 織部:いくら人を蘇らせてしまっても、私はちゃんと、人間。

 : 

 : 

尾石貝 茉希:(モノローグ)

尾石貝 茉希:雨が降るたびに、彼の髪かくるくるとうねる姿を

尾石貝 茉希:私は、なかば楽しみながらバカにしていたのをよく覚えている。

尾石貝 茉希:『彼女』が来てからというもの、髪の毛のうねりさえも

尾石貝 茉希:どことなく楽しそうなのは、きっと気のせいじゃない。

尾石貝 茉希:きっとそれが、そう、『彼』が自身を『人間』であると

尾石貝 茉希:安定させる一つの、大切な、想いでもあったのだろうと。

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駒原 綾香:(モノローグ)

駒原 綾香:公園の砂場が、どんだけ濡れていようと

駒原 綾香:なんも関係ないみたいに、思い切り全力で

駒原 綾香:お気に入りのワンピースが元々何色だったかも

駒原 綾香:わからないくらいに、泥だらけになっても。

駒原 綾香:

駒原 綾香:私と「彼女」は、いつまでも笑っていた。

駒原 綾香:「彼女」のあどけない、元気な声が今でも私の耳に残っている。

 : 

 : 

0:茉希、綾香に追いつく。

尾石貝 茉希:だぁぁぁから!!!

尾石貝 茉希:逃げんなって言ってんだろうが!!

駒原 綾香:放してよ!

尾石貝 茉希:絶対放さない!ねえ!なんで逃げんの?

尾石貝 茉希:ただ話をしたいだけなんだよ、こっちは

駒原 綾香:あんたとも、『あいつ』とも話すことなんて無い

尾石貝 茉希:何をそんなにつっけんどんにしてるわけ?

尾石貝 茉希:それが流行りなの?はー、うざ

駒原 綾香:は?

尾石貝 茉希:ただ話したいって言ってるだけなのにさ

尾石貝 茉希:あんた呼ばわり、あいつ呼ばわり

尾石貝 茉希:しかも!さっきなんて!猫ちゃんの事、化け物呼ばわり!

駒原 綾香:それは

尾石貝 茉希:それはなんだよ!

尾石貝 茉希:その言葉に猫ちゃんがどんだけ傷ついてるか知ってんのかよ!

尾石貝 茉希:幼馴染(おさななじみ)なんだろ?

尾石貝 茉希:仲良しだったんだろ?

尾石貝 茉希:なんで、そんなあんたが、猫ちゃんを化け物呼ばわりすんだよ

駒原 綾香:……仲良し?

駒原 綾香:それ、『あいつ』が言ったの?

尾石貝 茉希:そうだよ、「駒原 綾香(こまはら あやか)」、あんたでしょ?

尾石貝 茉希:猫ちゃんの、幼馴染。

駒原 綾香:違う。

尾石貝 茉希:はぁ????

駒原 綾香:私は『あんなやつ』の幼馴染なんかじゃない。

尾石貝 茉希:だからぁ……なんなのそれ。

尾石貝 茉希:喧嘩別れでもした?心変わり?なんなの?

駒原 綾香:あんた、あいつが「なんなのか」わかってないの?

尾石貝 茉希:だから!化け物呼ばわりはやめろっての!

尾石貝 茉希:一番気にしてるのは猫ちゃんなんだよ!

駒原 綾香:「化け物呼ばわり」じゃない!!!!

尾石貝 茉希:は?

駒原 綾香:「化け物そのもの」なの!!!

 : 

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猫宮 織部:(モノローグ)

猫宮 織部:雨というものは、とてもいい。

猫宮 織部:それが、彼の口癖で。

猫宮 織部:きっとそれは、雨そのものの事を指しているのではなくて。

猫宮 織部:その雨が降った事で、起こる何かが、彼にとってとても幸せなことなのだったと

猫宮 織部:私は、そう考えていた。

猫宮 織部: 

猫宮 織部:カウンター越しに、彼のくしゃくしゃになった髪の毛を眺めると

猫宮 織部:私もきっと今同じなのだと、酷く安心したものだった。

猫宮 織部:いつの間にか、『彼』を私の、私自身の『鏡』のように

猫宮 織部:照らし合わせて、見つめていた。

猫宮 織部:時折『彼』が機嫌がいいと、歌っていた鼻歌を思い出しながら。

猫宮 織部:私は長い夜を超えることも、なんら苦ではなくなっていた。

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駒原 綾香:「猫宮織部」は、死んだの。

駒原 綾香:私の目の前で。

駒原 綾香:私を助ける為に、川に入って。

駒原 綾香:今でも、忘れられない。

駒原 綾香:雨上がりで、中川(なかがわ)の水嵩(みずかさ)が増していて

駒原 綾香:それを面白がって、二人で河原で遊んでた。

駒原 綾香:先に足を滑らせたのは、私。

駒原 綾香:あの日は、新しい靴を卸したばかりで

駒原 綾香:すこし、ブカブカの靴が、なんだか歩きにくくて

駒原 綾香:でも、びゅんびゅん飛ぶように先を走っていく

駒原 綾香:「織ちゃん」に追いつきたくて

駒原 綾香:私も思い切り走った。

駒原 綾香:でも全然追いつけなくて、

駒原 綾香:「織ちゃん待って」ってわたし何度も何度も呼びながら

駒原 綾香:滑りやすい足場をそのままに走った。

駒原 綾香:「あやちゃん危ない!」って

駒原 綾香:織ちゃんの声が聞こえた時にはもう

駒原 綾香:私は、水の中だった。

駒原 綾香:いっぱい、川の水や、水草がクチの中に入ってきて

駒原 綾香:うまく泳げなくて、

駒原 綾香:たくさん、水を飲んで

駒原 綾香:もうそこからはめちゃくちゃ。

駒原 綾香:織ちゃんが私を支えてくれて

駒原 綾香:私を岸に運んでくれて

駒原 綾香:でも織ちゃんは出てこなくて

駒原 綾香:ようやく見つけた織ちゃんは、

駒原 綾香:水に浮かんでぐったりしてた。

駒原 綾香:顔は青ざめて、息をしてなくて、

駒原 綾香:何度名前を呼んでも、からだをゆすっても

駒原 綾香:「あやちゃん」って私を呼ぶことはなかった。

駒原 綾香:死んだのよ、その時に、私の知ってる「猫宮織部」は。

駒原 綾香:

駒原 綾香:死んだの。

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猫宮 織部:(モノローグ)

猫宮 織部:雨というものは、とてもいい。

猫宮 織部:それが、彼の口癖で。

猫宮 織部:きっとそれは、雨そのものの事を指しているのではなくて。

猫宮 織部:その雨が降った事で、起こる何かが、彼にとってとても幸せなことなのだったと

猫宮 織部:私は、そう考えていた。

 : 

 : 

駒原 綾香:でも、「動き出した」。

駒原 綾香:ぼうって、炎が噴き出したみたいに

駒原 綾香:あたりが明るくなったと思ったら

駒原 綾香:「織ちゃん」が動いてた。

尾石貝 茉希:動いて……た……?

駒原 綾香:私の事、わかってないみたいに、どこも見てないみたいに

駒原 綾香:起きて、動いたの。

駒原 綾香:「あいつの中には、私の知ってる猫宮織部の中には、織ちゃんじゃない何かが」

駒原 綾香:「何かが入ってる。」

駒原 綾香:「そんなの、化け物そのものじゃない。」

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 : 

尾石貝 茉希:(モノローグ)

尾石貝 茉希:きっと私は、私だけがこの「物語」の中で

尾石貝 茉希:誰よりも凡人(ぼんじん)で、何もなくて、何も、「二人」にしてあげられない。

尾石貝 茉希:どうしてこんなにも、二人に「重荷(おもに)」を置いていくのか。

尾石貝 茉希:こんな世界を作った神様を、私は一生恨むことに決めた。

尾石貝 茉希:きっといつか、その神様を、ぶん殴ってやるのだと、心に決めた。

尾石貝 茉希:この、この猫ちゃんを傷つける、この事実を、絶対に、隠してあげたかった。

尾石貝 茉希:この時の私は、そう、本当にそう、思っていた。

 : 

 : 

猫宮 織部:……あやかちゃん。

尾石貝 茉希:ね、猫ちゃん……。

駒原 綾香:こないで、化け物。

猫宮 織部:そっか、うん、ごめんね、あやかちゃん。

猫宮 織部:ずっとずっと、怖がらせちゃってたんだね。

駒原 綾香:……。

猫宮 織部:……茉希ちゃん、あやかちゃんを見つけてくれて、ありがとう。

尾石貝 茉希:なにも……だよ

猫宮 織部:ううん、ありがとう、だよ。

猫宮 織部:旦那様。

寺門 眞門:……なんだい、猫宮さん。

猫宮 織部:聞こえてましたよね?

寺門 眞門:……ああ。

猫宮 織部:私も、聞こえてました。

尾石貝 茉希:猫ちゃん……

猫宮 織部:私、思い出しちゃった。

 : 

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尾石貝 茉希:(モノローグ)

尾石貝 茉希:きっと、明日はいい天気になる。

尾石貝 茉希:土砂降りの雨の中、私は『彼女』に言うんだ。

尾石貝 茉希:そして、彼女は『にへら』と笑いながら私と一緒に窓を見る。

尾石貝 茉希:そんな世界であったなら、よかったのに。

 : 

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猫宮 織部:旦那様、私、「火車憑き」じゃないです。 

猫宮 織部:旦那様、私が、「火車」だったんです。

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 : 

寺門 眞門:(語り)「君は、君の意思で来たのか?それとも「それ」の意思で来たのか?」

寺門 眞門:(語り)私をまじまじと見つめるその手は強く強張っている。

寺門 眞門:(語り)「どちらでも、あるかもしれません。」そう答えた私の手もまた、ひどく強張っていた。

寺門 眞門:(語り)そう伝えた瞬間に、私の身体は「じゅく」と音と立てて燃え上がり

寺門 眞門:(語り)仄暗い(ほのぐらい)この部屋を見渡せるほどに、赤く、白く、照らした。

寺門 眞門:(語り)「この呪いを、解く事はできますか?もし、もしできるなら、私は、私はここで。」

寺門 眞門:(語り)「私、つらいんです。この呪いのせいで、沢山の人を傷つけている。」

寺門 眞門:(語り)「悪魔の子、と揶揄(やゆ)されることもありました。」

寺門 眞門:(語り)「でも、ここに、貴方がいると聞いて。」

寺門 眞門:(語り)「「呪物屋」の、貴方がいると聞いて。」

寺門 眞門:(語り)彼は何も答えない。私から噴き出る炎が彼の手のひらを焼く。

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 : 

猫宮 織部:ごめんね、あやかちゃん。

猫宮 織部:怖がらせたかったんじゃなかったの。

猫宮 織部:そう、私、ずっと見てた、二人の事。

猫宮 織部:雨上がりの中で、楽しそうに遊ぶ二人が

猫宮 織部:羨ましかった。

猫宮 織部:雨そのものじゃない。

猫宮 織部:雨が止んだら、

猫宮 織部:虹が出るでしょう?

猫宮 織部:その虹の中でね、

猫宮 織部:何も気にしないで、泥だらけになる二人が

猫宮 織部:すっごく好きだった。

猫宮 織部:だからいつも、いつも、遠くから見てたんだ。

猫宮 織部:そう、だから、怖がらせたかったんじゃないの。

猫宮 織部:私、ただ、なんとかしたくて。

猫宮 織部:助けたくて、無我夢中で私も川に飛び込んで

猫宮 織部:でも、気づいたら私

猫宮 織部:「中」に入ってた。

猫宮 織部:多分、その時にはもう、「織ちゃん」は死んじゃってたんだ。

猫宮 織部:羨ましくて、大好きで、憧れた、この子の中に

猫宮 織部:入っちゃってた。

猫宮 織部:ごめんね、あやかちゃん。

猫宮 織部:怖かったよね。

猫宮 織部:ごめんね。

 : 

 : 

寺門 眞門:(モノローグ)

寺門 眞門:誰も、何も言えなかった。

寺門 眞門:誰も、動けなかった。

寺門 眞門:その表情を読み取る事も、できないまま

寺門 眞門:猫宮さんは「私、先にお店に戻ります」と一声だけ残して

寺門 眞門:ふらりと、その場を離れていく。

 : 

尾石貝 茉希:……追いかけろ。

駒原 綾香:……え?

尾石貝 茉希:追いかけろよ……

駒原 綾香:な、なに

尾石貝 茉希:追いかけろって言ってんの!!!

駒原 綾香:何、何よあんた、そもそも誰なのよ!

尾石貝 茉希:誰かなんて関係ないんだよ!

尾石貝 茉希:違うだろ!ふっざけんな!

尾石貝 茉希:なんで猫ちゃんが謝ってんだよ!

尾石貝 茉希:ちげーじゃん!

尾石貝 茉希:ちげーよ!全然ちげー!

尾石貝 茉希:くそだ!お前!くそだ!!

尾石貝 茉希:ちがうじゃん!「ありがとう」なんだよ!

尾石貝 茉希:てめぇが!猫ちゃんに!かけるべき言葉は!!!!

尾石貝 茉希:「ばけもの」でも!

尾石貝 茉希:「あんた」でも!

尾石貝 茉希:「こないで」でもない!

尾石貝 茉希:「ありがとう」なんだよ!!!!

尾石貝 茉希:猫ちゃんは、なんも悪くない!

尾石貝 茉希:なんも、悪くないじゃんよ!なんで、そんな猫ちゃんが謝らなきゃいけないんだよ!

尾石貝 茉希:おかしいだろ、そんなの、おかしいんだよ!

尾石貝 茉希:お前が謝れ!猫ちゃんを、傷つけた、お前が!

尾石貝 茉希:お前が謝れよ!!なあ!!!

寺門 眞門:茉希……

尾石貝 茉希:こんなのってないよ、ねえ、眞門さん、こんなのってない

尾石貝 茉希:追いかけようよ、眞門さん、だめだよ、猫ちゃんを独りにしちゃだめ

尾石貝 茉希:絶対だめ

寺門 眞門:……茉希、先に行っててくれ。

尾石貝 茉希:眞門さん……?

寺門 眞門:今、猫宮さんに必要なのはきっと私じゃなく、お前だよ、茉希。

尾石貝 茉希:眞門さん……

寺門 眞門:「友達」である、お前が、必要なんだ。

尾石貝 茉希:……うん。

0:茉希、猫宮を追いかける。

寺門 眞門:……駒原さん。

駒原 綾香:なんなんですか、あなた達……

駒原 綾香:ずっと、考えないようにしてたのに

駒原 綾香:ずっと、忘れてたのに……

寺門 眞門:そう、「私が猫宮織部を殺してしまったかもしれない」から。

駒原 綾香:なっ……

寺門 眞門:そう、だろう?

駒原 綾香:……。

寺門 眞門:ずっと、ずっと、罪悪感と共に生きてきたのだろう、今まで。

駒原 綾香:……。

寺門 眞門:「私が、溺れなければ」

寺門 眞門:「私が、雨上がりに遊びに誘わなければ」

寺門 眞門:「私が、新しい靴を卸していなかったら」

駒原 綾香:やめて……

寺門 眞門:聞け。

駒原 綾香:やめてよ……

寺門 眞門:聞け!!その!お前の罪悪感すらも!

寺門 眞門:「猫宮さん」は、すべて、持っていったんだぞ!

寺門 眞門:「人間」だ、「化け物」だ、区別をするのは大いに結構だ。

寺門 眞門:だがな、その中にある心だけは、その中に燻ぶる想いだけは

寺門 眞門:どうあったって「そのまま」なんだ。

寺門 眞門:猫宮さんは、ずっとあんたの事を考えていたよ。

寺門 眞門:その記憶はもしかしたら、「火車」のものかもしれない、

寺門 眞門:元々の「猫宮織部」の物かもしれない。

寺門 眞門:でも、そんな区別なんて関係なく、あの猫宮さんは

寺門 眞門:あんたの事をずっと、ずっと思っていた。

寺門 眞門:「自身の記憶がない」と言っていたあの「猫宮さん」が。

寺門 眞門:「あんたの事だけは、はっきりと覚えていたんだ!!!!!!!」

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尾石貝 茉希:猫ちゃん。

猫宮 織部:……茉希ちゃん、どうしたの?

尾石貝 茉希:どうしたの?じゃない。

猫宮 織部:……へへ、なに?怖いなあ、もう。

尾石貝 茉希:猫ちゃん、こっち向いて。

猫宮 織部:……やだ。

尾石貝 茉希:やだ。じゃない。

猫宮 織部:やめといたほうがいいよ、だって私、人間じゃないんだよ。

尾石貝 茉希:うん。

猫宮 織部:死んだ人の中に入って、まるでそれが自分みたいに勘違いしてた

猫宮 織部:愚か者だよ。

尾石貝 茉希:うん。

猫宮 織部:火車の呪いで、こんな「人を蘇らせちゃう」ちからを

猫宮 織部:持っちゃったって思ってた。

尾石貝 茉希:うん。

猫宮 織部:でも、違った

猫宮 織部:これが、わたし、私そのもののちからだったんだ。

猫宮 織部:わたしが、わたしを苦しめてたんだ。

尾石貝 茉希:うん。

猫宮 織部:なんにも、言い訳できないよ。

猫宮 織部:だって私が悪いんだもん。

尾石貝 茉希:悪くないよ。

猫宮 織部:悪いよ。憧れちゃったんだもん、だめなことだよそれは。

尾石貝 茉希:ダメじゃない。

猫宮 織部:だって、おこがましいよ、人間じゃないんだよ、私

猫宮 織部:化け物呼ばわりに、傷ついてたけど、違ったんだ。

猫宮 織部:化け物そのものだったんだ。

尾石貝 茉希:いいかげんにしろ!!!!

猫宮 織部:茉希…ちゃん……

尾石貝 茉希:化け物だからなんだ!

尾石貝 茉希:呪いじゃなかったからなんだ!

尾石貝 茉希:猫宮織部本人じゃないからってなんだ!

尾石貝 茉希:関係ない……関係ないんだよ!猫ちゃん!

猫宮 織部:茉希……ちゃん

尾石貝 茉希:私の淹れるホットミルクじゃ、眞門さんは納得しない!

尾石貝 茉希:私が仕事したくないって愚痴れるのは何を隠そう、あんただけ!

尾石貝 茉希:猫ちゃんの作るあさりの味噌汁がこの世で一番おいしい!

尾石貝 茉希:一生懸命ネットスラングを覚えて、色んな所で使おうとしたり!

尾石貝 茉希:本当はキムチ炒飯が好きなのに眞門さんの為に我慢してたり!

尾石貝 茉希:たまには和服じゃなくてワンピース着てみたいって、

尾石貝 茉希:ファッション誌に折り目つけてるのもしってる!!!

尾石貝 茉希:雨の日に髪の毛がうねってて、それを気にしてる猫ちゃんがすき

尾石貝 茉希:その、髪の毛のうねりが、眞門さんと同じで

尾石貝 茉希:それをひそかに喜んでるあんたが、あんたが、

尾石貝 茉希:「人間じゃないわけない」!

尾石貝 茉希:人間って、そうじゃないじゃん、「人間」だから「人間」なの?ちがうよね

尾石貝 茉希:ちがうよ、絶対ちがう

尾石貝 茉希:悪魔だって!妖怪だって!呪いだって!

尾石貝 茉希:相手の事を、こんなにも想って、心が苦しくなって、

尾石貝 茉希:どうあがいたって、しんどくって、やりきれなくて

尾石貝 茉希:でも、誰かの為になんとかしてあげたいって

尾石貝 茉希:そうやって、お節介やきまくって

尾石貝 茉希:「にへら」って、最後には笑って

尾石貝 茉希:それが、それが「人間」なんだよ……

尾石貝 茉希:だから、だから……

猫宮 織部:茉希ちゃん……

尾石貝 茉希:私の「親友」は、ちゃんと、ちゃんと人間だから

尾石貝 茉希:だから、「独り」で泣かないでよ……

尾石貝 茉希:私、私は、嘘つけないんだよ……嘘、つかないよ……

猫宮 織部:茉希ちゃん……茉希ちゃん……

0:二人、抱き合いながら嗚咽が漏れる。

尾石貝 茉希:呪われたままでいい、私、ずっと呪われてたっていい

尾石貝 茉希:嘘つかないよ、猫ちゃん、私が、ずっと、あんたのこと

尾石貝 茉希:人間だって、認めてあげる。

猫宮 織部:うん…うん……

尾石貝 茉希:泣く時もいっしょ、しんどい時も、楽しい時だって

猫宮 織部:うん…

尾石貝 茉希:眞門さんが、いなくなったって、私が、ずっと、ずっと

尾石貝 茉希:一緒にぃ……いるから……

猫宮 織部:うん

尾石貝 茉希:猫ちゃん、大丈夫だから、絶対、私が、一緒に居る

猫宮 織部:うん

尾石貝 茉希:こんな、こんなひどい事する神様たちなんて

尾石貝 茉希:私がぶっ飛ばしてやるから

猫宮 織部:ふふ、なにそれ

尾石貝 茉希:「火車ちゃん」って呼ぶのも、かわいくていいじゃん

猫宮 織部:もう……

尾石貝 茉希:だから……大丈夫……ね

猫宮 織部:うん、茉希ちゃん、茉希ちゃん

尾石貝 茉希:大丈夫、「織部」、帰ろ、ね、一緒に

猫宮 織部:……うん、「茉希」

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寺門 眞門:(語り)「君が合羽を着てきてくれてよかった。」

寺門 眞門:(語り)私がそういうと、彼女に一つの玉を持たせる。するとみるみるうちに

寺門 眞門:(語り)身体から噴き出していた炎は、小さく小さく陰って(かげって)いき

寺門 眞門:(語り)彼女の中の「火車」と呼ばれる何かが、幼子のように眠りについていくのがわかった。

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寺門 眞門:(語り)きっと、明日はいい天気になる。

寺門 眞門:(語り)土砂降りの雨の中、私は『彼女』に言うんだ。

寺門 眞門:(語り)そして、彼女は『にへら』と笑いながら私と一緒に窓を見る。

寺門 眞門:(語り)そんな世界であったなら、よかったのに。

寺門 眞門:(語り)門を、車が通っていく。

寺門 眞門:(語り)明らかになった真実は、決して「しあわせなもの」ではなかったけれど。

寺門 眞門:(語り)いつだって、雨上がりには虹が出るのだ。

寺門 眞門:(語り)それに、気づくかどうかで、きっと世界は、優しいものになるのだから。

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 :火車編 ー完ー