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臍帯とカフェイン

「明日のミニアスケイプ」同じ目線

2023.10.25 12:42

 : 「配役」

緒方 理沙:理沙(りさ)。同じ目線で、同じ場所で、恋愛がしたかった。

井上 輝:輝(ひかる)。目線が合わなくても、君がいれば。

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 :「明日のミニアスケイプ」①同じ目線

 :(あしたのみにあすけいぷ  おなじめせん)

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緒方 理沙:それは、要らない。

井上 輝:わかった。・・・それじゃあ、これは?

緒方 理沙:懐かしい、それ。

井上 輝:どうする?

緒方 理沙:それは、私が。

井上 輝:わかった、はい。

緒方 理沙:ありがとう。

井上 輝:これは、どうする?

緒方 理沙:んー・・・どうしよう。

井上 輝:俺もらっていい?

緒方 理沙:うん、いいよ

井上 輝:ありがとう

緒方 理沙:これは?どうする?

井上 輝:それは要らない

緒方 理沙:じゃあ、これはこっちだね

井上 輝:うん、そうだね

 : 

緒方 理沙:(モノローグ)

緒方 理沙:「愛することによって失うものは何もない。」

緒方 理沙:「しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。」

緒方 理沙:昔の心理学者の言葉が、私の胸に深く突き刺さっていく。

 : 

井上 輝:なんか、思ってたよりも、さ

緒方 理沙:・・・うん

井上 輝:二人で買ったものって多かったんだな

緒方 理沙:まあ、そりゃあ、3年も一緒にいたわけだし

井上 輝:まあ、そうなんだけどさ

緒方 理沙:(モノローグ)

緒方 理沙:私たちは、このたった一つの「箱」に。

緒方 理沙:私たちの想い出をひとつひとつ、確かめながら、沈めていく。

緒方 理沙:それは、まるで海底に沈んだ秘宝を探すみたいなワクワクもあれば

緒方 理沙:これから訪れるのであろう、嵐のような日々を示唆するみたいに

緒方 理沙:静けさの中で、悲しく、暗がりも広がっていた。

井上 輝:・・・このぬいぐるみ、覚えてる?

緒方 理沙:懐かしいね、それってたしかさ

井上 輝:うん、箱根の温泉いったときに

緒方 理沙:そうそう、なーんでこんなの買ったんだろ

井上 輝:理沙が欲しいって言ったんだよ?

緒方 理沙:そうだっけ?

井上 輝:そうだよ。かわいいって言ってさ

緒方 理沙:えーうっそ、そうだっけ?

井上 輝:覚えてないの?

緒方 理沙:覚えてるような、覚えていないような

井上 輝:「湯煙(ゆけむり)の擬人化なんて見たことなぁい」

緒方 理沙:あ、言ったわ、言ったそれ

井上 輝:ほら。

緒方 理沙:私でした

井上 輝:そうだよ、絶対買うって聞かなかったんだから

緒方 理沙:へへ、そうでした

井上 輝:でもまぁ、ちょっと愛着も沸いてきてたよな

緒方 理沙:ほら、でしょ?センスよセンス

井上 輝:なんのよ?

緒方 理沙:ぬいぐるみ選びの?

井上 輝:センスはないって

緒方 理沙:はー?なんで?

井上 輝:慣れただけ。見た目に。

緒方 理沙:でたでた、かたくなに認めないやつ

井上 輝:・・・

緒方 理沙:・・・なに?

井上 輝:変な感じだよな

緒方 理沙:なにが?

井上 輝:俺たち、これから別れるんだぜ?

緒方 理沙:・・・そうだね

井上 輝:なんでこんなに、穏やかな気持ちでさ

緒方 理沙:うん

井上 輝:荷物整理してんだろ

緒方 理沙:なんでだろうね

井上 輝:ぬいぐるみ、どうする?

緒方 理沙:それは、こっちの箱

井上 輝:要らないの?

緒方 理沙:・・・無理でしょ

井上 輝:まあ、そっか

 : 

緒方 理沙:(モノローグ)

緒方 理沙:ほんの些細(ささい)な喧嘩だった。

緒方 理沙:それこそ、何が原因だったのか?なんてもう覚えてないくらいに。

緒方 理沙:それまでゆるく、穏やかに続いていた日々は

緒方 理沙:なんだか歯車を違えた(たがえた)時計みたいに

緒方 理沙:少しずつ、少しずつ、針を微妙にずらしていって

 : 

井上 輝:なあ、なんでさ、箱に入れようと思ったの

緒方 理沙:え?

井上 輝:荷物。捨てちゃうやつはさ、普通にビニール袋に入れて、捨てればよかったじゃん

緒方 理沙:そうだね

井上 輝:そうだね、って

緒方 理沙:なんとなく、こっちの方がいいかなって

井上 輝:なんとなくなんだ

緒方 理沙:うん

井上 輝:ま、いいけどさ。これは?

緒方 理沙:それは私が買ったやつ

井上 輝:あ、そうか、じゃあ、はい

緒方 理沙:ありがとう

 : 

緒方 理沙:(モノローグ)

緒方 理沙:そうして、ずれたまま過ごした日々はもう

緒方 理沙:元に戻すのが億劫(おっくう)になってしまうくらいに、ずれ過ぎて

緒方 理沙:ひょっとしたら何週も周回(しゅうかい)遅れになったレーシングゲームみたいに

緒方 理沙:ただただ、「同じ道を走っている」と錯覚していただけなのかな

緒方 理沙:なんて。私の心を、そう思わせるには十分だった。

 : 

井上 輝:なんか、さ

緒方 理沙:うん?なに?

井上 輝:いや、別に、ほんとくだらないんだけどさ

緒方 理沙:なによ

井上 輝:これが最後の共同作業なのかな?って思ったら、なんか

井上 輝:泣けてくるなぁって。

緒方 理沙:・・・そうだね

井上 輝:俺はさ、なんか、こう、思った

緒方 理沙:なに?

井上 輝:この、要らないものを入れていってる、この箱さ

緒方 理沙:うん

井上 輝:「箱庭(はこにわ)」みたいだなって

緒方 理沙:「箱庭」?

井上 輝:そう、「箱庭」。

緒方 理沙:あの、心理学とかで使うやつ?

井上 輝:そうそう、それ

井上 輝:大学で少し齧ったくらいだけどさ

緒方 理沙:うん

井上 輝:箱の中に、どうやって物を置くか?でその人の

井上 輝:気持ちの中がどうなっているか?を見るってやつでさ

緒方 理沙:うん、聞いたことある

井上 輝:なんか、この箱の中も、そうやって

井上 輝:俺たちの「今まで」を詰め込んでるからさ

緒方 理沙:うん

井上 輝:なんというか、一つのリハビリみたいになってんのかなって

緒方 理沙:リハビリ、ねえ

井上 輝:・・・俺のこと、大嫌い?

緒方 理沙:・・・大嫌い、では、ない

井上 輝:そっか

緒方 理沙:輝(ひかる)は?

井上 輝:大嫌い

緒方 理沙:あ、そうなんだ

井上 輝:なわけがない。

緒方 理沙:なにそれ

井上 輝:なあ、なんでさ

緒方 理沙:うん

井上 輝:別れなきゃいかんの?

緒方 理沙:今それ言う?

井上 輝:・・・

緒方 理沙:散々話し合ったじゃん

井上 輝:わり

緒方 理沙:いいよ

井上 輝:・・・なあ

緒方 理沙:ん?

井上 輝:キス、しようよ

緒方 理沙:いやだ

井上 輝:ま、そうだよな

緒方 理沙:うん

井上 輝:・・・これは?

緒方 理沙:それは、捨てる

井上 輝:・・・これは?

緒方 理沙:それも、要らない

井上 輝:・・・じゃあ、俺は?

緒方 理沙:は?

井上 輝:俺は、この箱んなか、入れる?

緒方 理沙:入れない

井上 輝:なんで?

緒方 理沙:いや、入らないし、物理的に

井上 輝:入るとして。

緒方 理沙:・・・

井上 輝:入るとして、考えてよ

緒方 理沙:・・・入れないよ

井上 輝:・・・なんで?

緒方 理沙:嫌いなわけじゃないもん

井上 輝:・・・

緒方 理沙:要らなくなったわけじゃない

井上 輝:じゃあ、どうするの?

緒方 理沙:・・・放流する

井上 輝:なにそれ

緒方 理沙:君が、元気でいてくれたら、それでいい

井上 輝:わかんない、それ

緒方 理沙:・・・好きだよ、今だって

井上 輝:知ってる

緒方 理沙:でも、つらいから

井上 輝:・・・

緒方 理沙:だから、捨てない。でも、もう、私のものではないから

井上 輝:・・・ずれてちゃダメなの?

緒方 理沙:・・・

井上 輝:そこまで同じじゃないとダメ?

井上 輝:全部が全部、二人は一緒じゃなきゃだめ?

緒方 理沙:ちがうよ

井上 輝:ちがくないじゃん

緒方 理沙:ちがうんだよ

井上 輝:わかんない

緒方 理沙:・・・これは?

井上 輝:・・・それは、俺の

緒方 理沙:・・・はい

井上 輝:ありがと

緒方 理沙:「愛することによって失うものは何もない。」

緒方 理沙:「しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。」

井上 輝:なにそれ

緒方 理沙:昔の学者さんの格言みたいなやつ

井上 輝:それが、どうしたの

緒方 理沙:・・・「これ」も、こっちの箱に入れてく

井上 輝:どゆこと?

緒方 理沙:愛ってさ、なんなんだろね

井上 輝:・・・

緒方 理沙:愛することで、失ったものなんて、きっといっぱいある

井上 輝:・・・

緒方 理沙:でもきっと、ただそれは、失った分だけ、「愛」が満たしてただけで

緒方 理沙:私には、それが、どうしても空っぽに感じられちゃうんだ

井上 輝:・・・わかんない

緒方 理沙:そうだよね

井上 輝:わかんないよ

緒方 理沙:ごめんね

井上 輝:・・・これは?

緒方 理沙:・・・あげる

井上 輝:いらない

緒方 理沙:じゃあ、箱の中だね

井上 輝:・・・残酷だよ

緒方 理沙:・・・

井上 輝:同じ目線である必要なんて、あんのかな

緒方 理沙:・・・

井上 輝:見えてる世界が違っても、見えてる景色が別でも

井上 輝:そこに、「君がいる」っていう形容詞がさ

井上 輝:それがつくだけで、俺は幸せなんじゃないかって、思うよ

緒方 理沙:ごめん

井上 輝:目に見えなくても、感じ取れなくても

井上 輝:こうして、何度も繰り返し話して

井上 輝:何度だってねじを巻いて、それではじめて動き出すみたいな

井上 輝:そんな関係だって。

緒方 理沙:ごめん

井上 輝:・・・

緒方 理沙:・・・このライターは「君」のだよね

井上 輝:いらない

緒方 理沙:なんで?

井上 輝:「君」がくれたものだから

緒方 理沙:そっか、じゃあ、入れるね、箱

井上 輝:どうせなら、俺もその箱に入れてほしかったよ、ちゃんと

緒方 理沙:・・・

井上 輝:・・・本当に、「箱庭」だな、これじゃ

緒方 理沙:そう、だね。癒されてるのかは、わかんないけど

井上 輝:でも、言いたい事は言えたよ、箱のおかげで

緒方 理沙:そう、か

井上 輝:・・・「大好き」って気持ちは

緒方 理沙:・・・うん

井上 輝:この箱に、入れていくよ

緒方 理沙:・・・わかった、私も、そうする

井上 輝:これで、全部かな

緒方 理沙:・・・そう、だね

井上 輝:どうするの?この箱

緒方 理沙:うん、あとで宅急便で送る

井上 輝:どこに?

緒方 理沙:とりあえずは、一旦実家に

井上 輝:そっか

緒方 理沙:うん

井上 輝:わかった

緒方 理沙:うん

井上 輝:俺の荷物は、明日業者が取りに来るから

緒方 理沙:わかった

井上 輝:じゃ、俺は一旦帰るわ

緒方 理沙:うん、じゃあね

井上 輝:・・・じゃ

 : 

 : 間 

 : 

緒方 理沙:(モノローグ)

緒方 理沙:「愛することによって失うものは何もない。」

緒方 理沙:「しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。」

緒方 理沙:昔の心理学者の言葉が、私の胸に深く突き刺さっていく。

緒方 理沙:この「箱」に、本当にすべて詰め込めたのなら

緒方 理沙:少しは私の心と、彼の心も、どうにか繋ぐことができたのだろうか。

緒方 理沙:閉じられた私たちの「箱庭」は、部屋の隅で佇んでいる。