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臍帯とカフェイン

「明日のミニアスケイプ」天井と煙と

2023.10.25 12:45

 : 「配役」

佐原 健吾:健吾。(けんご)ふりも、続けていればいつかは。

前田 沙雪:沙雪。(さゆき)ふりだとしても、そこに愛があるなら。

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 :「明日のミニアスケイプ」②天井と煙と

 :(あしたのみにあすけいぷ  てんじょうとけむりと)

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佐原 健吾:(モノローグ)

佐原 健吾:「女は、オーガズムに達したふりをするけど、」

佐原 健吾:「男は恋に落ちたふりをする。」

佐原 健吾:かの女優の残したその言葉は、いったいどれほどの男女の共感を得たのだろう。

 : 

前田 沙雪:たばこ、やめたほうがいいよ

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:たばこ。

佐原 健吾:ああ、吸う?

前田 沙雪:ちがうって。やめたほうがいいよ

佐原 健吾:なんで?

前田 沙雪:バレちゃうよ

佐原 健吾:なにが?

前田 沙雪:もう!

佐原 健吾:怒るなよ

前田 沙雪:怒るよ、こっちはバレないようにめっちゃ気を使ってるのに

佐原 健吾:ごめんごめん

前田 沙雪:セックスの後しか、たばこ、吸わないんでしょ

佐原 健吾:そうだよ

前田 沙雪:においでバレるって、奥さんに

佐原 健吾:そうかな

前田 沙雪:そうだよ!

佐原 健吾:なんとかなるよ

前田 沙雪:ならない!

佐原 健吾:はいはい、やめるやめる

0:つけたばかりのたばこを灰皿に捨てる

佐原 健吾:これでいいだろ?

前田 沙雪:うん

佐原 健吾:今日もかわいかったな?

前田 沙雪:すぐそういう事言う

佐原 健吾:いや、かわいかったよ

前田 沙雪:そうやってごまかす

佐原 健吾:ごまかしてないって

前田 沙雪:・・・なら、いいけど

佐原 健吾:うまくなったしな

前田 沙雪:やっぱやだ!

佐原 健吾:ごめんごめんって

前田 沙雪:・・・なんでセックスしたあとだけなの?

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:たばこ

佐原 健吾:ああ、たばこ?

前田 沙雪:そう、普段から吸えばいいじゃん

佐原 健吾:いやいや、こういう時に吸うからうまい

前田 沙雪:なんか、そういうのっていや

佐原 健吾:そう?

前田 沙雪:大事にされてない気がする

佐原 健吾:えー、そんなことないよ?めっちゃ大事にしてる

前田 沙雪:健吾さんの「大事」にしてる、はアテにならない

佐原 健吾:ひどいなあ

前田 沙雪:なんか、発散のために使われてるみたいな

前田 沙雪:そんな気がする

佐原 健吾:それはないよ

前田 沙雪:・・・うそだ

佐原 健吾:めっちゃ可愛がってあげたろ?

前田 沙雪:・・・それは、そうだけど

佐原 健吾:発散のためだけなら、自分が気持ちよくなっておわりだろ?

前田 沙雪:・・・それは、そうなんだけど

佐原 健吾:だろ?

前田 沙雪:なんかやっぱいやだ

佐原 健吾:そう?

前田 沙雪:そう!

佐原 健吾:じゃあ、嫌い?

前田 沙雪:嫌いだったら、ここに居ない!

佐原 健吾:だよねえ

前田 沙雪:そういうところ、やだ

佐原 健吾:でも魅力のひとつでしょ?

前田 沙雪:ほんとやだ

 : 

佐原 健吾:(モノローグ)

佐原 健吾:たった一つの「箱」で人生がかわる。

佐原 健吾:たった一つの「箱」で、人生が、かわってしまう。

佐原 健吾:そうやって、人間は「愛」と「愛」をぶつけて

佐原 健吾:その「愛」が崩れない相手を、探すんだ。

佐原 健吾:お互いに、柔らかく受け止めあえて

佐原 健吾:そして、形をなぞることもできるくらい、深く、あわく、触れ合える。

佐原 健吾:そんなものを、きっと望んでいて。

 : 

佐原 健吾:明日の会議って何時からだっけ?

前田 沙雪:15時から。もう議事録の用意もできてるよ。

佐原 健吾:優秀じゃん

前田 沙雪:そりゃそうでしょ、誰に鍛えられてると思ってるの

佐原 健吾:誰ですかねー?相当優秀なんですかね?その人

前田 沙雪:はいはい、超優秀。頭あがりません。

佐原 健吾:照れるなあ

前田 沙雪:もう

佐原 健吾:ははは

 : 

佐原 健吾:(モノローグ)

佐原 健吾:肌と肌を合わせたあとの、ベッドの「体温」が心地いい。

佐原 健吾:まるで生き物みたいに、シーツがうごめいて、二人を包んでいる。

佐原 健吾:そのまま見上げた天井と、部屋の角を見て、ふと思ったのは、

 : 

前田 沙雪:どうしたの?

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:なんだか、ぼんやりとしてる。

佐原 健吾:ああ、いや、くだらないよ

前田 沙雪:なになに?

佐原 健吾:いやさ、こうして、お前とベッドに二人横になって

佐原 健吾:天井を見上げてるとさ、こう、なんか真四角な箱の中に

佐原 健吾:閉じ込められてるみたいでさ、なんかそれが

前田 沙雪:それが?

佐原 健吾:小さいころにやった「箱庭」みたいだなーって

前田 沙雪:「箱庭」かあ。私も保健室とかでやったことある

佐原 健吾:お、仲間じゃん

前田 沙雪:この部屋が箱庭なのだとしたらさ、今私たちはどういう意味を持つんだろうね

佐原 健吾:意味ねえ

前田 沙雪:そう、意味

佐原 健吾:そりゃもう、「公私ともに最高のパートナー」じゃないのかね?

前田 沙雪:・・・そうかな

佐原 健吾:そうだろ、実際嫁と一緒にいるよりも、うーんと長い時間一緒なわけだし

前田 沙雪:・・・そうだね

佐原 健吾:もう、そりゃもう、一番のパートナーなわけで

前田 沙雪:・・・うん

佐原 健吾:信頼、とか。信用、とか。そういう意味になるんじゃないかね?

前田 沙雪:・・・「愛」とかじゃないんだ。

佐原 健吾:え?

前田 沙雪:いい、なんでもない。

佐原 健吾:・・・「愛」ねえ。

前田 沙雪:聞こえてたんじゃん

佐原 健吾:そりゃまあ。

前田 沙雪:いいよ、別に。忘れて。

 : 

佐原 健吾:(モノローグ)

佐原 健吾:愛や、恋や、その他多数のもろもろ、有象無象。

佐原 健吾:クチに出すのは簡単で、クチに出したら形になってしまうもの。

佐原 健吾:さっき吐き出したはずの煙が、天井に張り付いている。

佐原 健吾:俺が吐き出したものすべてが、「形」になってしまいそうで

佐原 健吾:それが酷く怖く感じて、そのたびに「煙」に巻いてしまいたくなる。

 : 

佐原 健吾:ちゃんと、「大事に思ってるよ」

前田 沙雪:・・・うん

佐原 健吾:ほんとだよ

前田 沙雪:・・・うん

佐原 健吾:キスする?

前田 沙雪:・・・今はいい

佐原 健吾:なんで?

前田 沙雪:うまくできる気がしないから、いま

佐原 健吾:リードするよ

前田 沙雪:そういうことじゃないもん

佐原 健吾:そっか

前田 沙雪:うん

佐原 健吾:このまま寝る?

前田 沙雪:・・・寝ない

佐原 健吾:どうしたいの?

前田 沙雪:・・・ちょっと、手握ってていい?

佐原 健吾:いいよ

前田 沙雪:・・・うん

佐原 健吾:・・・手小さいよな

前田 沙雪:健吾さんが大きいんだよ

佐原 健吾:そうかな

前田 沙雪:うん、そう

佐原 健吾:そうでもないと思うよ

前田 沙雪:わかんない

佐原 健吾:わかんない?

前田 沙雪:うん、わかんない

前田 沙雪:わたし、健吾さんしか知らないし

佐原 健吾:まあ、そうだろうけど

前田 沙雪:「男は、女にとって最初の男になりたがる。」

前田 沙雪:「女は、男にとって最後の女になりたがる。」

佐原 健吾:なにそれ?

前田 沙雪:・・・ねえ、健吾さん

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:・・・やっぱいいや

佐原 健吾:なんだよ?

前田 沙雪:いい。なんでもない。

佐原 健吾:へんなやつ。

前田 沙雪:ねえ

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:なんでいつも、指輪外さないの?

佐原 健吾:外さないよ

前田 沙雪:なんで?

佐原 健吾:失礼じゃん

前田 沙雪:・・・奥さんに?

佐原 健吾:違うよ、君に

前田 沙雪:わたし?

佐原 健吾:そう

前田 沙雪:よくわからない

佐原 健吾:わかるときが来るよ

前田 沙雪:・・・ねえ

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:手を「にぎる」?

佐原 健吾:んん?

前田 沙雪:手を「つなぐ」?

佐原 健吾:「つなぐ」、だろ

前田 沙雪:・・・そっか、へへへ

佐原 健吾:なんだよ、もう

前田 沙雪:寝よっか、健吾さん

佐原 健吾:ああ、そうだな

前田 沙雪:「箱庭」

佐原 健吾:ん?

前田 沙雪:ここが「箱庭」なのだとしたらさ

佐原 健吾:うん

前田 沙雪:健吾さんは、きちんと「癒されて」くれてるのかな

佐原 健吾:・・・もちろん

前田 沙雪:よかった

 : 

佐原 健吾:(モノローグ)

佐原 健吾:「女は、オーガズムに達したふりをするけど、」

佐原 健吾:「男は恋に落ちたふりをする。」

佐原 健吾:かの女優の残したその言葉は、いったいどれほどの男女の共感を得たのだろう。

佐原 健吾:でも、それを演じるのは、誰のためでもなく、相手のためなのかもしれない。

佐原 健吾:この「箱庭」と化した、部屋は見渡す限り私と、彼女の寝息しか漂わない。

佐原 健吾:誰にも明かせぬまま、「箱庭」は、今日という「夜」に溶けていく。