Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

昭和キッドの記憶のカケラ

盤面に玉を打ち出し穴に入れ得点を競うゲームの名は?(コリントゲーム系)

2018.09.17 11:55

昭和っぽい風景があれば

スマホで気まぐれに撮りためているのだが

先日

画像を整理していたら

5年ぐらい前に撮ってそのままになっていた

お祭りの画像が目がとまった。

                     ※出店者の撮影許可を得ています。

東京都国立市で行われた天下市

(毎年11月3日の「文化の日」前後に行われている/国立市商業祭)

たくさんのお店が並ぶのだが

その中のあんず飴の出店である。

注目していただきたいのは

右下のゲーム機

「スマートボール」の張り紙がしてある。

懐かしい、まだ現役でがんばっている。

長年使い込まれガタガタになっているが

昭和の雰囲気はそのままでとてもよい。


これはゲームもできるし

5本の穴に入ればあんず飴が5本もらえるし

2倍楽しめるシステムだ。


でも自分の中では

「コリントゲーム」という言葉も浮かんできて

あれっどう違ったっけ

とも思ったが・・・

                     ※出店者の撮影許可を得ています。


もう1店あんず飴のお店があった。

これも天下市。

「スマートボール」か「コリントゲーム」かどうか

ゲーム機の名称は見当たらないが

同様の基本構造だ。

こちらも昭和の雰囲気を残していて

こんなところにいたのか!といった感じで

子供の頃の友達に何十年ぶりかで会ったような気持ちになる。


最高当たり3本(1回200円)ではあるが

それでも充分に射幸心をあおられる。


それにしてもあんず飴とこのゲームは

常にセットになっているのか

たまたまか。(玉転がしゲームだから)


ゲームの名称でちょっとモヤッとしていたので

「コリントゲーム」の定義をネットで調べていたら

おもしろそうな商品を見つけた。

㈱サンワ HPより


コリントゲームの工作キットである。

昭和の初期から根強い人気があったが

今でもしっかり残っていた。


構造自体は昔のものとほとんど変わらないのだが

まったくもって今時感があるのは

フォントやイラストなどのデザインが

洗練されているからだろう。

昔は自作する場合は材料も全部自前で

あちこち探して揃えていた記憶があるが

このキットはすべてセットになっていて

組み立てに専念できる至れり尽くせりだ。



キットのみならず

勿論完成品としての商品も

昭和時代はこういったアナログ的な玩具が

たくさん企画されていた。


昔の記憶が少し蘇ってきたところで

当時のコリントゲーム類をひっぱり出し

久々に玉を弾かせてみたくなった。


今回はコリントゲーム系商品(家庭向け、玩具に限定)

の特集です。

その名もズバリ

「CORINT GAME」(メーカー不明)

やはりこのスタイルは「コリント」だ。

50年ぐらい昔の物につき

箱はボロボロでかなり風化が進んでいるが

中のゲーム本体はきれいな状態。

全長は約38cm

右下のスプリング式スティック(専門用語ではブランジャーと言うようだ)で

銀玉(パチンコ玉とほぼ同じ)を打ち出す仕様。

手前が僅かに低く傾斜しているので

打ち出された玉は

上部から緩やかに滑り落ちてくるのだが

釘や風車に弾かれてトリッキーな動きになっておもしろい。

最終的にポケットに入ったところの得点になる。

当然

高得点のポケットの入り口付近は

釘などが密集して難易度が高い。

ついつい繰り返しやりたくなる衝動にかられる。

狙いを定めてスティックを引く・・・

の目線で撮影してみた。



続いては

「COMIC PINBALL」(メーカー不明)

これも昭和30年前後の物だと思う。

全長約33cm。

前出のものと仕様はほぼ同じだが

商品名が ”ピンボール” である。

なんとなくわかっていたつもりだが

「コリントゲーム」

「ピンボール」

「スマートボール」

どれがどう違うのか


ここで名称について再検索して整理しないと

混乱しそうだ。


調べてみると

おおもとはイギリスのビリヤードから派生し

後にアメリカで独自に発展したのが「ピンボール」

それが昭和初期に㈱小林脳行によって日本に持ち込まれ

小林(こりん)=「コリントゲーム」の商品名に

なったとも言われる。

コリントゲームは日本で新たに応用され

「スマートボール」や「パチンコ」へと派生した。


「スマートボール」は温泉地や縁日などの遊技場で定番となった

そして射幸性を高めた「パチンコ」は大人世代に支持され

娯楽の代表格として定着。

ゲーム機配置の効率化を図り

盤面を縦型にしたことは革新的で大きな特徴となった。

当初は一玉ずつ手打ちをしていたが

後に電動化され一時代を築いた。


もちろん本家の「ピンボール」も

後に電動化され迫力あるギミックと光と音の効果が盛り込また。

機能面でもバンパーと呼ばれるマッシュルーム型のポイントに当たると

玉がはじかれ予想外の軌道になったり

ゲームオーバーになりそうな転がってきた玉を

フリッパーで打ち返す(野球のバットで打ち返す感覚)機能

などが開発された。

きらびやかで派手マシンは進化するほどに機械的なメンテナンスが難しく

管理維持コストがかかる割には利益が少ないことなどから

いつしか頭打ちになっていったようだ。


しかし

それらを摸した家庭向けの玩具も

たくさん企画されるようになったのだ。


それにしても

あの小林脳行がゲーム機を扱っていたなんて意外。

モスビーズやキッチンタニックなど

昭和40年代にはテレビCMが毎日のように流れ

生活科学用品メーカーとしては超有名だった。


話を元に戻そう。

プランジャー(打ち出し装置)の部分がスケルトンになっていて

スプリングなどの構造がよくわかる。

前出のコリントゲームと異なるのは

フリッパー機能(画像中央の可動バー)が

ついているところだ。

転がり落ちてきた玉を

サイドのボタンを押すことでバーが50度ぐらい回転し

打ち返すことができる。

これにより高得点ポケットをスルーしてしまっても

再度、狙うことができるのだ。

(私の人生にもフリッパーが付いていればとふと思い淋しくなった)


アメリカで確立した「ピンボール」の特徴として

フリッパー機能があげられるのだが

このゲームにも付いているので

商品名も「コリント」ではなく「ピンボール」

になったのかもしれないな。


あと

このゲームは二重構造になっていて

赤いツマミ(画像中央やや下)を引くと

得点ポケットに入った玉が盤面下段に落ち

転がって手前に集まる

便利なリセット構造にもなっている。


次いきます。

「スポーツゲーム」 とみやま商事㈱


とみやま商事㈱ ⇒ ㈱トミー ⇒ ㈱タカラトミー(現在)

の変遷をたどった玩具有名メーカーだ。

調べてみると

社名をとみやま商事としていたのは

1959年~1963年の短い期間。

コホン!その間に作られた商品である。

全長約40cm。

待望の東京オリンピックが1964年だったので

明らかにその盛り上がりを意識

開催前に手堅く人気にあやかって発売されたと推測できる。


「オリンピック」の言葉がどこにもないのは

当時から版権については

協会の管理が大変厳しかったのかもしれない。

玉はパチンコのような銀玉ではなく

乳白のガラス玉を使用している。

小熊のマークは

とみやま商事時代の限られた期間で

トミーになってからはお馴染のなかよしマーク

に変わっていった。

このゲームにも

フリッパー機能が付いている。


とみやま製のゲームをもうひとつ

「ホームピンボールゲーム」 とみやま商事㈱ 


箱はかなり風化が進んでいるが・・・

本体はセーフ。

しかしこれは完全に縦型だし

玉の軌道や各種可動パーツなど

ど~みても誰がみてもパチンコです。

ポケットに玉が入ると

受け皿にじゃらじゃら玉が出てくるし。

使用する玉は直径10mm(パチンコ玉よりだいぶ大きい)

のガラス製。

玉だけはピンボールの仕様と言っていい。

だから商品名「ピンボールゲーム」でも良しと

当時の企画担当の考えだろうか。


玉がでかいのでポケットなども奥行があって立体感がすごい。

そして縦型なので玉が高速落下

盤面が緩やかな本来のピンボールよりスピード感も抜群である。



続いては

隠密剣士 忍者ゲーム」  ㈱小出信宏社  著作:宣弘社プロダクション


漫画キャラクターのかるたなどで定評のあったメーカーの「こいで」。

中でもこのゲームは人気シリーズで

この後、鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、狼少年ケンなど

アニメ化された人気漫画はほぼ商品化していた。

全長約40cm

玉井徳太郎氏のイラストがよい。

箱絵は繊細さが

中のボードは躍動感が際立つ。


当時玉井徳太郎の名前は

学習雑誌の挿絵などを中心によく見かけた

実力派の作家であった。

玉はビー玉を使用しているが

打ち出しはプラ製のプレートをしならせて弾くだけの

割と簡単な構造。

一般のコリントゲームより

得点ポケットの数が多いがこれは・・・

双六(すごろく)と連動した画期的なゲームであった。

言い換えれば

コリント盤面はサイコロの役目として使用するためのものだ。

玉を弾き

ポケットに入って獲得したポイントでコマ(忍者)を進めたり

忍者同士の対決で勝敗を決めたりと

複合的な展開が楽しめた。


箱の片隅にPAT-4件と表記してあるので

意匠か実用新案を複数取得した自信作であったのだろう。


続いては

コリントの要素も含んだ

派生形を1点

「ダイヤモンドゲーム」 米澤玩具

昭和30年前後だろうか。

全長20cmの小ぶりなサイズ。

プランジャーが右サイドではなく中央にある。

先端部は空間がかなり高くなっている。

打ち出された玉は

角度のついたジャンプ台を通って

一度空中に飛び出し

先端の壁などに当たって落ちる。


その後は普通のコリントゲームと同じで

緩やかに転がり落ちて入った穴の得点となる。

先端の壁には

横向きの大型風車がついていて

横から見るとよくわかるが

飛んできた玉がこれに当たると

落下地点が予測のつかないところとなって

面白いのだ。


画像は

空中を飛んだ玉が風車に当たった決定的瞬間だ。

一瞬で飛ぶので画像がブレてしまうが

何回も撮り直した後

この瞬間をとらえることができた。

サラリとやってるようですが

結構苦労してます。


さてさて

最初のタイトルに掲げた

「盤面に玉を打ち出し穴に入れ得点を競うゲームの名は?」

結局どうなんだ

という事になるが


結論として

家庭向けの玩具類に限っては

「ピンボール」「コリント」「スマート」

さらにはオリジナルネーミングを

製造メーカーの裁量というか

その時代の流行に合わせて適当に

(いい加減という意味でなく適宜と言った方がよいか)

使い分けていたように思う。

小さい子どもだとちょっと混乱するのではないかな。


私が玩具業界のドン(絶対的権力を持つ会長など)に

もし君臨していたら

「玉コロゲーム〇〇〇」に統一していたかもだ。


やれやれ

これで終わったかなと思ったが

急に思い出してしまった

昭和の漫画雑誌の付録にも

コリントゲームをよく見かけたことを。


独りよがりな使命感が体を動かし

急きょ引っぱり出してみた。

最後にアップしておきます。

「怪獣コリントゲーム」少年ブック4月号付録(昭和42年4月発行)集英社


漫画雑誌の付録なので

サイズもそれとほぼ同じ。

一部のパーツを除きボール紙でてきている。

プランジャーはアルミ、玉はソフビ製だが

薄い素材のため耐久性はかなり低い。

少しハードに遊び続けるとすぐに壊れるだろう。


もう1点あった

「インディ500ゲーム」少年新年号附録(昭和42年1月発行)光文社


鉄人28号(横山光輝先生)の連載が終了したあと始まった

レーサーを主人公にした「グランプリ野郎」。

それと連動した形で附録化されたようだ。


盤面は真空成型されたプラ製

袋入りの煎餅やお菓子の下に敷かれているトレーを

イメージしていただければと思う。

成形の金型は当時数十万円したと思うが

当時は漫画雑誌も全盛期で60万部とか80万冊レベルの

発行部数を誇り

金型代は簡単に償却できる力があった。

プランジャー部分はレーシングカーになっていて

レバーはアルミ製。


前出の「忍者ゲーム」と同様

コリント部分で獲得した点数をサイコロ代わりとして

サーキットのコースに見立てた盤面の周囲のマス目を

進めてゴールを目指すルールだ。


付録にしてはよく考えられている。

今回の附録のものではないが

これはある月の少年ブック(集英社)の次号予告である。

月刊漫画誌の広告はどれもこんな感じで

特に昭和40年前後は各誌競争が過熱していた。


ご覧のようにイラストで紹介されているので

実際の素材感やクオリティは分かりにくい。

しかしながら玩具店で買ったらかなり高価な

「コリントゲーム」(当時価格は700~1000円ぐらいか)

が付録でついてくるなんて載っていたら

「絶対買いだ!」

と当時の少年たちの気持ちを大きく揺さぶったことだろう。


ちなみに月刊漫画誌は10~20の付録付きで

定価200円ぐらいだった。