危機における情報発信
2018.09.14 08:55
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青木(2015)は、初代国立民族学博物館館長を務めた梅棹忠夫氏が「70年代の観光京都ビジョン」と題し講演で述べた一節を著している。「観光産業の一般論としていいますと、日本にはいままでの観光資源というものがはじめからあるわけです。歴史的にせよ、自然的にせよ、もともと存在する。そこへひとがみにくる。そのひとからしぼりあげるというふうになっております。はっきりもうしまして、これは略奪産業です。たいへんきついことばですけれども、原理的にはそうなっている。」
観光産業のあるべき姿についての引用がこの後に続くのだが、ここでは割愛する。著者によれば、梅棹氏の講演は1970年に行われたものだという。今でこそ日本版DMOに旅行会社が直接あるいは間接的に参画して、観光素材の開発や観光振興の助言を行っているものの、すべての地域を網羅するわけではない。「略奪に依存」する状況は50年近く経とうとも大きく変わってはいないのだ。
件の被災はツーリズムに大きな影を落としている。西日本を中心とした「平成30年7月豪雨」、関西等に大きな被害をもたらした台風21号、そして北海道胆振地方を震源とする大地震。災害によって、公共交通機関は遮断、多くの宿泊施設は一時休業に追い込まれた。旅行計画者にとっては、国内の主要空港たる関空の旅客便と空港へ至る交通アクセスはどの程度機能しているのかが判然とせず、滞在中に余震を警戒せねばならない不安を抱え、現地では節電の影響で「いつも」の観光が楽しめる保障はない。そうした状況にも関わらず、マスコミ・ソーシャルメディアとも、平時フォローする情報源においては被害を象徴する記事が中心を占め、ネガティブな事象の要素が軽減されたとかそもそも平時と状況は変わることがないというような「ポジティブ」なニュースは見られなかった。
すると、地震発生から4日が経った夕刻、「札幌観光バス」がFacebookで次のような発信を始めた。「ドライバー・ガイド自ら、地震による被害について北海道の観光地を自分たちの目で確認して、現状を皆さんにお伝えしていきます。」そして、その日から「北海道の玄関口」新千歳空港や札幌・小樽・登別など道南エリアの観光スポットの様子を写真付きで紹介しはじめたのだ。そこには、「被害がない」「通常営業に戻った」といったレポートなど、旅行者にとって大変有益な情報が溢れていた。一方、「大手」旅行会社5社について、公式SNSを閲覧しても同種の情報はその日までに一切入手できなかった。一般紙の旅行業界担当記者へ「取材」してみても、公式サイトに掲出している「取消料免除」や募集型企画旅行の「催行中止」以外に発せられる情報は、各社広報から得られなかったという。
この状況は、「略奪」の対象を「軽視」しているからこそ、相手が危機に陥っている状況ながら、窮地を脱するに繋がる可能性のある有益な情報を社会へ自発的に発信あるいは契約先が独自に発する情報を拡散したりする必要はないと考えているのではないだろうかとさえ感じさせる。聞くところによると、特定の旅行会社では、契約している観光施設や食事箇所の損壊状況や停電あるいは断水といった被害の有無をつぶさに把握し、営業再開予定日や施設担当者の「生の声」を、社内の販売担当者向けにイントラネット上で共有しているという。その情報を販売担当者から既に申し込み済の顧客へ提供しているのだろうが、果たしてそれだけで十分と言えるのだろうか。現在正対している顧客を一番に考えることを全く否定しない。ただ、これから当該方面へ旅行に行こうと計画している人にしてみれば漠然とネガティブなイメージしか情報を持ち得ない状況で、保有している有益な情報を広く発信するという有効な策を放棄してしまうことで販売機会を逸してしまうことはもちろん、事実に基づく「エビデンス」の積み重ねによりロイヤルティを向上させる「せっかくの」可能性をも失ってしまう。そうしたことは、OTAとは異なる「人」を介したサービスとして信用・信頼といった要素を標榜することに無理が出てくる状態に陥りかねないとさえ思わせる。SNSのタイムライン上に情報を掲載したくない理由でもあるのだろうか。
何ヶ月かすると国から補助金が交付され、「○○は元気です!」「××復興、割引キャンペーン」という「いつものパターン」が繰り広げられるだろう。しかし、その前に旅行会社としてできることはないだろうか。広告宣伝や販売促進といった狭義の広報に留まらず、産業として将来にわたって利益を生み続ける仕組みづくりにつながる真の意味でのPRの観点を重視し、「情報」を有効に活用せねばならない。有益なもので好意から共感・信頼に繋がる情報を受け取ることで、顧客ロイヤルティは高まる。個別に観光地や食事箇所といった事業所がバラバラに情報発信するよりも、集約して発信できるところがあるならそこがやればよい。それは旅行会社に求められる役割ではないか。いつまでも「略奪」思考にとらわれ、個社の存続発展にしがみつき産業全体の発展を考えないのなら、レガシーエージェントの存在意義は薄まっていく。情報が集まり人を財産として事業推進する営業基盤を活かせないなら、新たな強者にそのポジションを略奪される日も遠くない。
参考資料:青木昌城(2015)「おもてなし」依存が会社をダメにする 文眞堂
TOPIC
行楽の秋 道内ため息
2018.9.12(水)日経新聞より引用