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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

三宅 健太朗「教育を問う」

2018.09.18 21:00

おはようございます。こんにちは。こんばんは。三宅です。


人は教え教えられる生き物と私は考えます。


先生と生徒という学校のようなのは、私は教育ではないと考えます、


逆もののように、本が先生というのも、私はおかしいと思います。


教育と少し違うかもしれんが、師弟や徒弟というのが、教育です。


教える方も教わる方も、痛みを覚悟するもの。


学校のような義務教育は教育ではありません。


蜘蛛の糸のように、ほそい糸をつなげていくのが教育です。


覚悟の量、、、教育は覚悟の量をあげないとできません。


田中角栄さんが、学校教育がなってないという問題が起こったとき、教員の給料をあげよと言った。


角栄さんの言は、私は合ってると思う。


私は知ってる人は知ってるが、ある人から、厚意、好意、行為、でいろいろ教えてもらっている。


私に返せるかどうかはわかりません。


が、なにがあってもかえす。という気概はもってます。


教えるひとも、まちがいを言ったら、まちがえですと言います。


それが信頼です。


一人一殺の気でやらなければできません。


義務教育については、私は否定的ではありません。


学校の先生は数学や漢字を教える人と私は考えてません。


教室の安定、維持、遂行、、、問題無く進める人です。


先生ではないと思います。教員でもありません。雇われ人です。


あと、教育というのは、一人の先生に一人の生徒です。


多数を教える?わたしには意味がわかりません。


一人に一人です。


ほんとうは、生徒が払うのは、カネやカラダでなく、未来の恩返しのはずです。


長々と描きました。



スライダー投手みやけ。