経緯①【同病者さん向け】はじまりのはじまりは昔話。
どよんとしていて、すみません。
が、
発症からの経過の詳細を知りたい患者さんも居ると思います。
わたしも、そうだったように。
なんでもいいから、とにかく。
あるだけの関連情報が欲しかった。
似たように、切羽詰まって、ここに辿り着いた方も居ると思います。
ですが、ここの話は、「とある話」と捉えてください。とある患者のとある話です。
なので、的確な判断や正しい情報は、主治医や各医療専門機関にご相談・お問い合わせをお願いします。
◇
以下に、ここまでの経験を
詳しく書きます。
実は、話は10年前に遡ります。実は、10年前に一度、似たようなものやってるんです。
・
18歳の冬。高校卒業前に「万全の健康状態で上京しよう」と思い立ち、なんとなく違和感があった左膝をみてもらうため、町の整形外科に行ったらレントゲンに影が見えたのです。その後、地元栃木県で4つの病院をまわりましたが、当時県内では治療の体制が弱かったため、東京の大学医院を紹介され、結局東京ですべての治療をすることに。最終的に、左膝の良性骨腫瘍である
「軟骨芽細胞腫(なんこつがさいぼうしゅ)」
という診断がくだり、手術をしました。(手術内容は、掻爬(そうは)と言い、骨の中の悪い部分を掻き出して、その空洞に人工の骨セメントのようなものを入れた。いずれ自分の骨と同化していく成分らしい。)
手術から復帰までは、
手術の前日入院で、合計2週間で退院。退院後、自宅療養1.5ヶ月。
発覚から社会復帰までトータルで約4ヶ月という、今思えば、超短期間でまるく収まりました。(全てがとてもラッキーだった。)
それが、人生で初めての入院と手術。
たしか、手術は約2〜3時間と、あまりヘビーじゃなかったのかと思います。でも、手術後はめちゃくちゃ痛かった!Dr.にも言われましたが、骨の中いじる手術って、残念ながら本当に痛いらしい。本当に痛かったなぁあれは。3日間くらい、ひたすら痛かった。
でもわたしにとっての地獄は、どちらかと言うと、退院後の自宅療養期間でした。身体が思う通りに使えないって、それまでの人生で高熱出したときくらいだったもんだから、それが2ヶ月間も続いたのは、精神的につらかった。しかもちょうどティーンエイジャーで、思春期のなごりがまだあって。親につっぱっていた時期。
松葉杖での生活は、本当につまらなかった。当時はガラケーだったしPCも家庭に普及し始まったくらいだったので、youtubeを聴くことも、ネットサーフィンをすることもなく、ひたすら部屋にこもって、本を読んだり、絵を描いたり、縁側の大きな大きな窓から、庭を眺めたりして、一日が終わっていった。ただひたすらにつまらないと思っていた事をはっきり覚えています。笑
・
その後は、定期検診のみ。
術後2ヶ月で完全に松葉杖がとれ、すぐに社会復帰。
定期検診は、術後1ヶ月ごと、3ヶ月後、半年後、年に2回、年に1回…と回数が減っていき。定期検診は毎回、花まる合格で、(このような原発性骨腫瘍で転移するときにもっとも多い臓器の)肺への転移も無く、人工骨セメント(?)も、自分の骨とよく馴染んでいたので、
手術から4年経って、Dr.からは、
「再発見込み無し」
とのことで、
とりあえずのところは、治癒。
と判断を頂きました。
・
松葉杖が取れてからは、どんどん回復していきました。落ちていた筋力も自然と回復。徐々にでしたが、正座もできるようになったし、ダッシュもできる。痛みもほぼ無く。100%にかなり近く「普通の人」と同じ生活を送れました。
・
そうやって時間が経つにつれて、
「ちょっとだけ悪い夢をみたような気がする」という感覚に、
自分としても"過去の話"に、
なっていってしまいました。
②へ つづく