ほんと、めちゃくちゃなんだけど
雨まじりの9月15日。インテリジェントなビルのインテリジェントな関門をくぐり、おしゃれなカフェ風スペースにたどり着いた。
待っている間、貨物用エレベーターがあるのに気づいた。あっちもオートロック式だけど、ヤマトさんが出入りした隙を狙って入ったら上に行けるかも。一瞬考えたけど不法侵入はよくないと思い直す(あとで聞いたら、そっちから入ると大変なことになったのだとわかった。セキュリティー上詳細は書かない)。
この日の主役、森信太郎氏はTwitterのアイコンそっくりの青年だった。キャスケットをかぶり、(ぼくがこんなところにいていいのでしょうか)みたいな顔をして、所在なげに座っている。声をかけたいけど、いきなり初対面のおばちゃんが威嚇してイベントが台無しになってはいかん。編集Tさんからお声がけがあってからにしようと踏みとどまった。
そして、心肺コンビ、10か月ぶりの再会。
村井理子さんは顔がひとまわり小さくなり、目がくるりと大きくなっていた。前回会ったときもそうだったが、とにかく気が回って、くるくると移動しては、いろいろな人と挨拶している。肺を病んだこっちは相変わらず動きが鈍いし、消耗して痩せた分はしっかりリバウンドしつつあった。元気づけられると同時に、自分もしゃっきりしないといけないなと感じた。
そして!
ラブレターまで書いたマイブームのライターさん、栗下直也さんにお会いできたのだ。
「安達さん安達さん! この人、『偉人は呑んだ』の!」
「偉人は呑んだ!?」
「偉人は呑んだ!」
理子さんと何度「偉人は呑んだ!」と繰り返しただろう。お名前でお呼びしろよ自分。
そして同じくマイブームというか、勝手に尊敬している校閲者の牟田都子さんともご挨拶できた。テレビで拝見したとおり、凜として、物静かで、ときおり鋭いコメントをされる方だった。かっこええ。
本論に入ろう、本論に。
森信太郎氏とわたしは、村井理子さんの急病にともない、仕事をすることになったという共通点がある。わたしは後半をお手伝いしただけだが、森氏はトータルで200名以上が参加したコンペを勝ち抜き、まっさらな本を一冊、生まれて初めて訳すことになった。しかもお勤めを継続させながら(途中で退職され、現在は有休を消化しながらゲラに取り組んでいるそうだ)。
イベントは森氏の翻訳の進め方を聞き、後半は質疑応答タイムとなった。わたしたち翻訳者の多くは一度か二度は翻訳学校に通い、先生からいろいろなノウハウを教わってプロになるわけだが、前に書いたとおり、森氏はコンペに勝ち抜いて翻訳するチャンスを得たわけで、今までそういう教育機関で学んだ経験がないという。ただ、子どものころから本が大好きだったこと、TOEICの勉強に集中して取り組んだ時期があったことで英語力が身についたそうだ。
質疑応答タイムでは訥々と、でもひとつひとつ誠実に答える姿が印象的だった。挨拶するたびに、かぶっていたキャスケットを取って頭を下げる姿も礼儀正しくて、ああ、若いっていいなあと素直に思った。
正直言って、まだ彼の訳文を読んだことがないので評価はむずかしい。ただ、フォローしているTwitterの文面から、この人はきっと文章がうまいだろうなと思っている。一度、翻訳ではなく、長い文章をどこかで発表してほしい。
そして今回唸らされたのが、タイトルのこと。
この本のタイトル『ほんと、めちゃくちゃなんだけど』は、森氏のアイデアが採用された。翻訳者は本のタイトルを考え、候補をいくつか編集者さんにお渡しするものだが、たいてい版元側の考えたものに決まる。初めての訳書で、タイトルが採用されるということだけでもすごいのに、このタイトルに行き着いた森氏の思考の流れにも驚いた。
本書の原題はHot Mess。彼は“Hot”から「ほんと」を導き出し、Mess=めちゃくちゃと組み合わせ、主人公のエリーが地の文でよく使うという「なんだけど」を最後につけて完成、と。
新人とは思えないほど考え抜いたタイトルなのだ。
これはもう、本編を読まずにはいられない。実は原書をKindleで買って、ちらっとだけ読んではいるのだが、通しではまだ読んでいない。
森信太郎氏、はたしてどんな本に仕上げたのだろう。とても楽しみだ。