【京都・乙訓寺】日本最古の一日造立仏が明かす!重要文化財指定までの舞台裏
京都屈指の牡丹の名所として知られる乙訓寺(長岡京市)。 今年6月、十一面観音立像が“一日造立仏”だと明らかになり、国の重要文化財(以下、重文)に指定されました。しかも、日本で3例目にして“最古の一日造立仏”の発見に関係者は驚きを隠せません!!
今回は仏像マニアで、仏像アパレルブランドを主宰するクリエーターの夏野子(かのこ)さんが重文指定のお祝いに乙訓寺へ!川俣住職と京都府文化財保護課の桑原さんから、重文指定までの舞台裏をたっぷりとうかがいました。記事の前半には川俣住職が、後半には桑原さんが登場します。最後には今秋の特別公開情報も!ぜひ、紅葉狩りと合わせて“見仏”しに来てくださいね。
▶乙訓寺・十一面観音立像についての基礎情報はこちらからチェック👇
https://www.city.nagaokakyo.lg.jp/cmsfiles/contents/0000013/13347/2023.10.pdf
乙訓寺で重文2例目!未来へ仏様の教えを伝える大きな一歩に
乙訓寺川俣住職✕夏野子さん
―――住職の川俣さん、本日はどうぞよろしくお願いします。
川俣住職(以下、住職):よろしくお願いします。
夏野子さん(以下、夏野子):はじめて乙訓寺へ訪れましたが、なんだか心が落ち着きますね。空海と最澄が初めて出会ったお寺と聞いて、山門から続く一本道を空海が歩いたことを想像し、当時を思いながら本堂まで来ました。これからうかがうお話が楽しみです。
夏野子:私は思春期に思い悩んだ時、手塚治虫の漫画『ブッダ』と出合いました。仏様の教えに心救われ、仏像が好きになったんです。いつもお寺に居てくれる仏様には不思議な安心感がありますよね。
現在は同じような悩みを抱えた人に向けて仏像グッズを制作しています。より多くの人に仏様の教えを知ってもらえるきっかけになれば、とポップなイラストで親しみやすくしているんですよ。
夏野子さんが描く仏像はとってもキュート!六波羅蜜寺では空也上人のグッズを販売中
―――さて、乙訓寺の十一面観音立像が今年6月に重文に指定されました!なんでもこの仏像は、わずか一日で仏像を彫り上げる「一日造立仏」だということが分かったそうですね?!
住職:はい、そうなんです。3年前、「一日造立仏」に詳しい文化庁の方から助言をいただき、推測はしていたものの証拠となるものがありませんでした。
夏野子:この度、推測が確信に変わったということですね!
住職:はい。解体修理の現場に立ち会った際、仏像の中からたくさんの納入品が入っていることが見つかったんです。調査員の方々が「出たぞー!」と雄叫びを上げて歓喜している場面に遭遇し、初めて事の大きさを実感しました。
当時の様子を語る住職。調査員の方々の喜びを臨場感たっぷりに話してくださいました
住職:納入品の古文書にあった記述により、「一日造立仏」だということが明らかになったそうです。
夏野子:まさに歴史的瞬間に立ち会われたんですね。現場の興奮度合いが伝わってきました!とてもしびれます!!現在、制作年が明らかになっている「一日造立仏」は国内で3例のみ。重文指定は奈良県の西方寺にある薬師如来立像に続き2例目という大変珍しいものですよね。きっと仏様のお顔を見たい方も多いと思います。
十一面観音立像の胎内から納入品を取り出す様子
―――また、これまでは「約330年前の江戸時代(元禄年間)、寺の再建に際して十一面観音立像が奈良県の秋篠寺から移された」ということが寺伝で記録に残っていたものの、証拠がなかったそうで。今回の調査で、事実だと分かったと聞いています。
修理前の十一面観音立像
住職:そうなんです。今までにもたくさん専門家がお見えになったのですが、考察はさまざま。「本当に秋篠寺から来たのか?」も含め謎に包まれておりました。なので、どこからどのようにしてやって来られたのか詳しく知りたいという思いは以前から強かったですね。この度の調査で明らかになり、私としても大変すっきりしました。
夏野子:ずっとモヤモヤされていたんですね・・・。
―――重文の指定を受けて、これからますます注目されますね。改めてお気持ちをお聞かせいただけますか?
住職:当寺の十一面観音立像は、古くから檀徒さんをはじめ地域の人々に愛されている仏様でした。穏やかな表情と包容力を感じるお姿が愛される所以ではないでしょうか。私を含め、今まで愛してくれた人たちの誇りになることは大変喜ばしいことですね。今回の重文指定で、より多くの人に十一面観音立像の存在を知ってもらえれば嬉しいです。
住職:当寺も十一面観音立像をなるべく良い状態で後世に残したいという思いから、重文指定をきっかけに建物の耐震など環境面の整備を考えています。小さなことからでも、次世代へとバトンを託すことが仏様の教えを広めるための大きな一歩だと信じています。
修理が必要だと分かった2016(平成28)年から7年。文化財に関わるさまざまな専門家の方々のご協力で、こうして皆さまに一般公開ができる運びとなりました。今年の秋は期間限定で一般公開しますので、ぜひお越しください。もう一つの重文・木造毘沙門天立像も合わせてご覧いただけます。さらに樹齢400年と推定されるサザンカの大樹や紅葉も見頃を迎えますので、そちらも楽しんでくださいね。
―――ご住職、本日はありがとうございました。
前代未聞の納入品の量!それは人々の切実な想いの証
京都府文化財保護課の桑原さん(右)✕夏野子さん(左)
―――ここからは、こちらの仏像の調査や修理に行政担当者として深く関わり、そしてあの歴史的瞬間にも立ち会っておられた京都府文化財保護課の桑原さんに、夏野子さんと一緒にお話をうかがいます。よろしくお願いします!
桑原正明さん(以下、桑原):よろしくお願いします。
夏野子:よろしくお願いします。
謎に満ちた十一面観音立像の一端が明らかに
―――2016年、あべのハルカス美術館で行われた展覧会「長谷寺の名宝と十一面観音の信仰」に出展するため、木造十一面観音立像が出張することに。その際、修理が必要だと判明します。それをきっかけに、謎のベールに包まれていた仏像の一端が明らかになったとのことですが、特に印象深いエピソードはありますか?
桑原:私は当案件でお寺と修理技術者をはじめとした関係者との調整役を担っています。今回は、修理が始まってから息つく間もなく、十一面観音立像がお寺から修理所へ搬入されてわずか2,3週間、2020(令和2)年5月下旬に修理技術者の方から電話がありました。「すみません!すぐ来てください!仏像の中から納入品がたくさん出てきて大変なんです!」と。
十一面観音立像の搬出の様子。装身具を取り外し文化財専用の緩衝材で包む
夏野子:これは、どのくらいすごいことなんですか?
桑原:私がこれまで見てきた中で、納入品の量がダントツ!実際に目の当たりにして、ただただ圧倒されましたね。納入品の紙は塊で数えると57点ですが、一枚一枚数えると200点を越えていて。以前、他のお寺で仏様の頭の中からもう一つ頭が出てきたことがあるのですが、それに匹敵する驚きでした。
十一面観音立像の胎内から出てきた大量の納入品
夏野子:そこですぐに「一日造立仏」と分かる記載があったのですか?
桑原:いえいえ、すぐには無理なんですよね。どのように納入品が納められているのかも重要なので、そこもしっかりと記録しておかないといけません。ですから、取り出すまで時間がかかります。同年11月にやっと中身を取り出す段階まで来たのですが、そこで「一日観音」や「一日造立」という記述がはっきり出てきました。いずれも日付が文永五(1268)年七月十七日と十八日という2日間で、7月17日に準備をして7月18日に一気に仕上げたと考えられます。
胎内から出てきた古文書の「一日造立仏」の根拠となる記述箇所
夏野子:そんな細かいところまで書いてあるんですね!まるで鎌倉時代からのタイムカプセル!なんだか同じく物づくりをする人間として、当時の仏師に親近感がわいてきました。
―――「一日造立仏」について詳しく教えてください。初めて耳にする方も多いのではないでしょうか。
修理を終え、乙訓寺の本堂へと戻った十一面観音立像
桑原:その名の通り、造りはじめから供養までを一日で仕上げるのが「一日造立仏」です。鎌倉時代の奈良周辺で流行し、興福寺の僧侶の日記には毎年のように造っていたという記録が残っています。
夏野子:毎年!?それはすごい!!仏像の種類はいろいろとあるんですか?
桑原:現在「一日造立仏」として明らかになっているのは、こちらの十一面観音のほかに不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)と薬師如来(やくしにょらい)。いずれも奈良にある春日大社の神様の本地仏(ほんじぶつ)*なんです!興福寺の方々は春日大社を信仰しているので、繋がってきますね。春日大社第四殿の本地仏としての十一面観音は、長谷寺式*のお姿でよく現されます。
*本地仏:神道の神様の姿をかりて現れる仏様のこと。
*長谷寺式:片手に華瓶(水瓶 すいびょう)に入った蓮を持ち、もう片手に錫杖(しゃくじょう)を持って立つ奈良の長谷寺のご本尊と同じ形式のこと。
夏野子:だからこちらも長谷寺式の十一面観音なのですね!私は長谷寺の近くで育ちましたので、初めて乙訓寺の十一面観音立像を拝見した時に長谷寺の十一面観音さんに似ていると感じました。
桑原:春日大社の神々と同じお姿というのは、興福寺の方々にとって大きな意味があるんでしょう。因みにこちらの十一面観音立像の背中には、赤い漆で「江戸時代に奈良の秋篠寺から移してきた」と書かれています。秋篠寺も興福寺と関わりが深いお寺ですね。
本当に一日で造ったの!?作者の息づかいを間近に
―――今秋に特別公開されますが、「一日造立仏」ならではの特徴はありますか?
桑原:最大の特徴は色が塗られていないこと。顔はきめ細やかですが、一日で仕上げるために身体には粗いノミ跡が残されています。近くでライトを当ててみるとよく分かりますよ。
夏野子:華やかかつ知的な顔立ち。身体もしなやかで肉付きのバランスが良く、慈悲にあふれています。ノミ跡の粗さも近くで見ないと分からないほどです。本当に一日で造られたのが信じられません!
桑原:一日で仕上げるために複数の仏師が分業で手掛けているんですよ。頭は耳の前と後ろで前後3つに、体幹部は前・中・後ろの3つと左右2つの計6つの部材から組み立てられています。通常、寄木造りではパーツを組み立ててから内刳り(うちぐり)*を行うのですが、「一日造立仏」は内部を刳(く)った状態で組み合わせます。そのため、内部には段差があり、ガタガタしているのが特徴です。
*内刳り(うちぐり):内部を刳(く)抜く作業。
修理に伴い解体された十一面観音立像
夏野子:とはいえ、このクオリティは一日で仕上げるには高すぎ!当時はとても高度な技術を持つ仏師がたくさんいたようですね。細部まで美しく精密なところを見ていると、とても誠実な仏師が型を重んじて彫られたように想像します。
桑原:実は、重文指定の際に文化庁の方が作者の推定を試みているんですよ。やはり鎌倉時代に奈良周辺で活躍した仏師の一派である善派(ぜんぱ)仏師ではないかと。運慶や快慶といった同時代の京都の仏師と比べ、手堅く保守的。まとまりの良い作風が特徴です。
夏野子:頭の上の十一面がこんなにはっきりと見られるのも珍しいですね。表情がリアルで状態も素晴らしい!
桑原:両耳から垂れている髪の毛の垂髪(すいほつ)と手首から垂れ下がる天衣(てんね)の一部、持ち物と光背が新しい部分なのですが、華瓶は手首先と同じ材から彫り出された鎌倉時代のオリジナル。秋篠寺から乙訓寺へ長旅をしているにも関わらず実に綺麗なまま残されています。きっと、とても大切に運ばれたのでしょう。
願いはひとつ。鎌倉時代のクラウドファンディング
――前代未聞レベルのたくさんの納入品からは、どういうことがわかりますか?
桑原:中にぎっしりと詰められた納入品には、寄付した方の名前と金額が書かれています。「一日造立仏」は雨乞いや疫病退散を目的に、みんなが少しずつ持ち寄ったお金で造られるんですよ。多くの納入品があるということは、それだけ多くの人の思いが込められているということ。
桑原:一日で造られる間には、香を焚き、僧侶が陀羅尼(だらに)というお経を唱えたそうです。みんなの願いが叶うようにお経を唱えながら、法要を聴聞するように人々が取り囲むんです。
夏野子:まさに今でいうクラウドファンディングですね。一体どんな人たちが賛同したのでしょうか。
桑原:中臣氏(なかとみし)の名前や、僧侶のほかに女性や「○○丸」といった幼名(子どもの名前)もありました。身分や立場が違っても願いは一つのようですね。
桑原:今年から3年間、胎内納入品の修理が始まります。簡単に開くものはすぐに文字が読めますが、長い歳月を経て固着している紙もあります。それをどこまで読み解けるかがこれからの作業にかかっています。こちらの十一面観音立像にはどんな願いが込められているのか、続報を楽しみに待っていてくださいね。
状態が良い紙(古文書)は竹ベラで開くことができる
夏野子:数百年前のものを開くのは、想像するだけでドキドキしてしまいます。何度もこのような場面に立ち会う桑原さんは、もう慣れていらっしゃるのでしょうか。
桑原:実際に作業するのは専門の技術者の方ですが、何年目になっても気持ちは変わりません。横にいるだけで緊張しますね。このように当時の形状のまま残っていることは非常に貴重なこと。いつまでも初心を忘れず、今後も丁寧に記録を残しながら保存することを大切にしていきたいです。
夏野子:仏師をはじめ関わった多くの人たちの背景を知ると、仏様の見方が随分と変わってきますね。「一日造立仏」のロマン、恐るべし!今回お話をうかがって、こちらの十一面観音立像には、重文指定に尽力された方々の思いも詰まっていることが分かりました。ぜひ、これから訪れる皆さんにも、多くの人たちに思いを馳せながらじっくりと見仏して欲しいです。
桑原:そうですね、私たちのような存在がいることを少しでも知っていただき、より多くの方に十一面観音立像をご覧いただければ嬉しいです。
―――桑原さん、夏野子さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。
十一面観音立像が間近に見られる!乙訓寺・秋の特別公開
乙訓寺では、2023年11月11日(土)〜12月3日(日) の期間中、重文である木造十一面観音立像と木造毘沙門天立像を特別公開!なんと文化財保存活用課全面協力の貴重なパンフレット付き。16ページに及ぶ大大大充実の内容です。本記事と合わせてご覧くださいね♪
\11月12日のガラシャ祭にお寺へ帰ってくる!/
勝龍寺の木造十一面観音立像も必見!
勝龍寺のご本尊は重文・木造十一面観音立像。こちらも鎌倉時代の作品です。京都国立博物館に寄託しているため、ご開帳は8月18日の観音大祭とガラシャ祭の2回のみ。ぜひこの機会にご覧ください♪
\今回お話をおうかがいしたのは、こちらの方々!/
大慈山 浄妙院 乙訓寺 現住職
川俣 海雲(かいうん)さん
2004年より乙訓寺の住職に就任。
江戸時代の元禄8(1695)年の再建から数えて21代目の住職にあたる。
京都府教育庁指導部 文化財保護課
美術工芸・民俗・無形文化財係 主任
桑原 正明さん
平成30年度4月より「京都府教育庁指導部 文化財保護課」に入庁。
仏像や神像などの彫刻と、工芸品を主に担当し、
文化財調査や指定・修理等に関する調整役を担う。
仏像アパレルBOSATSU BRAND店主
仏像マニア
夏野子(かのこ)さん
奈良県生まれ。愛読書は、みうらじゅんの『見仏記』。
中宮寺の菩薩半跏像(ぼさつはんかぞう)をきっかけに仏像好きに。
現在は仏像アパレル「BOSATSU BRAND」店主として活動するほか、
お寺から依頼を受け、仏像をキャラクター化するなど仏像中心の生活に!
\ゆるカワ!「BOSATSU BRAND」のグッズはこちらから!/
大慈山 浄妙院 乙訓寺
長岡京市今里3-14-7/阪急バス「薬師堂」から徒歩約5分/075-951-5759/特別公開期間(2023年11月11日(土)〜12月3日(日) ):9時30分〜16時、開門:8〜17時、御朱印・お守りの授与:10〜15時/特別公開期間拝観料:1,000円(パンフレット付)、通常期拝観料:500円 ※中学生以下無料/HP/インスタグラム→@otokunidera