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富士の高嶺から見渡せば

なぜそれほど傲慢なのか?中国の太平洋進出戦略①

2018.09.21 07:36

<島嶼国で起こした中国の外交騒動>

太平洋に浮かぶ小さな島国が、巨大覇権国・中国に真っ向から喧嘩を売ることになった。ナウル共和国は人口1万人弱、バチカンなどに次いで世界で4番目に少ない。国土面積21㎢は3番目の小ささだ。中国にとっては、それこそ吹けば飛ぶような、取るに足らない存在かもしれないが、それにしても、中国はなぜここまで傲慢になれるのか。国際社会に晒したその傍若無人ぶりは、外交政策、対外戦略として明らかな失敗だと言えるのではないか。

事件は、太平洋の島嶼国と豪州、NZの18か国が加盟する「PIF太平洋諸島フォーラム」(Pacific Islands Forum)の年次首脳会議の場で起きた。ことしのホスト国はナウル共和国で、今も台湾と外交関係をもつ数少ない国の一つである。中国は、PIFの正式メンバー国ではなく、米国や英・仏、日本などと一緒に「対話パートナー国」16か国の一つとして参加しているに過ぎない。

首脳会議での中国代表団の振る舞いは、AFP時事の配信記事によると、以下のようだった。

9月4日、中国代表団の杜起文(Du Qiwen)団長が首脳会議の席上、気候変動に関する発言を始めたところ、議長を務めるナウル共和国のバロン・ワカ大統領から制止された。ツバルの首相が発言しようと準備していたところに、杜団長が突然割り込んできたため、ワカ大統領はPIF加盟国の首脳らによる演説のほうが先だとして、中国代表の発言を認めなかった。中国代表団はこれに抗議して退席したが、報道によると、杜氏は退席する際、会場内を睨みつけるように歩き回り、不満をあらわにしたという。

ワカ大統領は、今回の会議ではPIF加盟国の首脳のほうが中国の団長よりも格上であり、演説はまず首脳らが優先されるべきということを尊重せず、中国代表は威張り散らしたと非難し、「彼(杜氏)は非常に無礼で大騒ぎを引き起こし、かなりの時間にわたって首脳会議を中断させた」「おそらく大国から来たといって、われわれをいじめたかったのだろう」と指摘した。

憤懣やるかたないワカ大統領は、翌日の記者会見でも、杜氏の振る舞いについて「中国国家主席の前でもあんな態度をとるだろうか?」と疑問を呈した上で、「太平洋諸国やPIF加盟国、他の参加国の首脳・閣僚たちを見下したのだ。全く冗談じゃない」と批判。「杜氏は閣僚ですらないのに、自己主張してツバルの首相より先に発言しようとした。頭がおかしいのではないか」とこき下ろした。

ワカ大統領はさらに「中国はわれわれ(PIF加盟国)の友人ではない。中国は、自らの目的のためわれわれを必要としているだけだ」と述べ、「申し訳ないが、この問題については強い態度で臨まなければならない。なぜなら、誰もここ(南太平洋)へ来て、われわれに指図するべきではないからだ」と続けた。ワカ大統領は今回の一件について「中国に謝罪を要求するだけでなく、国連でも問題にする」と主張。「国連をはじめとするあらゆる国際会議で、この問題について言及していく」と述べている。大統領の怒りのほどが分かる。

中国代表団の杜起文団長は、中国外務省でアフリカ局長やギリシャ大使などを務めた外務官僚で、閣僚でもない一介の役人が国際会議の場でこうした態度を取れるのは、太平洋島嶼国の多くに対し中国が多額の資金援助や投資を行っているという驕りがあるからだろう。さらには、太平洋島嶼国には、台湾と外交関係を持っている国が、ナウルやツバル、パラオなど6か国におよび、これまでも台湾を国際政治の舞台から放逐する中台外交戦の主戦場となってきた。中国としては台湾の手前も、弱い立場を見せることはできなかったのだ。

実は、その中国代表団がナウルに入国するに際しても、すでにひと波乱が起きていた。入国ビザのスタンプを彼らが持っていた外交官旅券には押さず、一般旅券に押す形にこだわった。ナウルの外交官が中国に入国したときにも同じような対応を受けたとし、いわば外交関係のない中国への当て付けでもあったが、小なりといえども主権国家としての意地をナウルは示したのである。

ところで、中国代表団が太平洋の小国で起こした、あまり見映えのよくない今回の騒動をきっかけに、世界のメディアはここぞとばかりに、太平洋諸国に対する中国の巨額投資の実態を詳しく報道し、この地域での中国の影響力拡大に警鐘をならす記事を配信している。

以下では、アジアタイムスの報道を中心に、中国の太平洋地域でのプレゼンスを概観する。

<負債の返還に苦慮する島嶼国>

太平洋島嶼国のいくつかの国にとっては、今回の騒ぎは、たまたまインフラ建設で中国から借りた借款の返済がスタートする時期と重なった。トンガの場合は、この9月から中国から借りた1億1500万ドルのローンの返済が始まる。

中国にとって1億1500万ドルの融資は、1兆ドルともいわれる一帯一路BRI予算に比べれば、単に誤差程度の額かもしれないが、トンガにとっては毎年のGDPの3分の1を占め、国全体の負債の半分を占める。

またパプアニューギニアPNGとバヌアツも来年以降、負債の返済が始まる。PNGは中国から条件が緩いいわゆる「譲許性融資(concessional loan)」20億ドルを受けているが、これは全負債の4分の1に相当する。バヌアツはもっと深刻で中国への負債は外債の半分にあたる。

中国はトンガの政府庁舎を建設費1200万ドルで建設し、同じくサモアの裁判所ビルを2670万ドルで建設している。「スタジアム外交」とも呼ばれているが、中国は各地に大規模な競技場を建設している。「箱もの」のインフラは将来にわたって維持費が必要で、収入の少ない島嶼国はそれだけでも大きな負担となる。

トンガの場合、中国輸出入銀行から借りた1億6000万ドルの返済に苦しんでいる。トンガのポヒーヴァ首相は、ことしの8月、中国に借金を抱える太平洋諸国が一致団結して、中国側に負債の帳消しを求めようと訴え、島嶼国のリーダーたちの結束を呼びかけたほどだ。

中国の太平洋地域に対する金融支援のコミットメントは2011年以降、合計で59億ドルに急増した。一方、豪州は67億ドルと中国より多いが、そのすべてが贈与の形をとっている。これに対し、中国はその67%が返済の必要な借款であり、返済の必要のない贈与型は37%にすぎない。

太平洋島嶼国は中国の甘い誘いに乗って、安易に融資を受けてきたが、BRI関連のプロジェクトやローンによって、主権が侵害されるリスクも増えている。

<中国の影響力拡大・新植民地主義への反発>

多くの島嶼国は外国人に市民権やパスポートを売っている。しかし本来の島の人口規模は、大量の中国人がやってきたらすぐに飲み込まれ、押し流されるような程度しかない。バヌアツは全体でも30万人足らず、首都のポートヴィラは4万人ほどの人口だが、その島に1万から2万の中国人が暮らす町を二つ作る計画があるという。中国は南太平洋に中国海軍の基地を作るためにバヌアツ政府に接触しているという報道があった。バヌアツ政府も中国も直ちに否定したが、太平洋地域に中国の影が忍び寄っていることを何よりも示す出来事だった。伝統的に南太平洋地域への最大の援助国は豪州だったが、国内政治優先のために海外援助の予算が削れられている。中国はその豪州に取って代わろうとしているが、この地域での競争の激化を反映して中国と豪州の関係は急速に悪化している。豪州政府は5Gの通信インフラの整備から中国IT大手のファーウェイとZTEを締め出した。ファーウェイはソロモン群島と海底光ケーブルの敷設事業で合意したが、その後、豪州政府が6100万ドルを出資し、ファーウェイとの契約を取り消させている。

中国人の投資を喜んで受け入れている島国がほとんどだが、大量の中国人労働者と中国人富裕層の流入で、経済の主導権を彼らに握られるという恐れもある。

中国人による無制限の投資と大量の移民は、植民地化政策(コロニアリズム)そのものだといわれる。あるいは「新植民地主義(ネオ・コロニアリズム)」だという人もいる。彼らはあらゆるものを所有し、影響力を発揮し、最終的には国の管轄権まで奪い、中国人にすべてを乗っ取られる恐れもある。まさに強奪的な資本主義、侵略的なグローバリズム、新たな帝国主義だといっていい。

大規模な中国からの投資は経済を活性化し、島のリーダーやエリートたちの心をつかむかも知れないが、一般の庶民には関係ない、

太平洋島嶼国に対する中国による政治的、経済的な支配が強まり、中国人の移民が大量に流入するような事態になれば、いくつかの島では地元の住民の反発が強まり、中国人に対する暴動など社会が不安定になることも予想される。そうなれば中国は自国民を守るために海兵隊を派遣することもありうる。

PNGやトンガ、ソロモン諸島などでは過去には実際に反中国暴動や騒乱が起きたこともあった。2006年11月のトンガ暴動では、豪州とNZの軍が中国人コミュニティーを守るために進駐している。

<台湾との外交戦の草刈り場>

ミクロネシア連邦はポンペイ、クサイー島、ヤップ、トラック諸島など4つの州からなる連邦国家で、戦前は日本による委任統治領、戦後は米国の信託統治領だった。1986年、国防と安全保障を米国に頼った自由連合盟約国として独立した。おなじ自由連合盟約国に加盟するパラオ共和国やマーシャル諸島共和国は台湾と外交関係をもっているのに対し、ミクロネシアは1989年に中国を承認し、北京に大使館を置いている。その中国はミクロネシアに対して、過去30年間にわたって着実かつ系統的なアプローチで、無償援助や借款、寄付、贈与、奨学金、職業訓練、友好協会、中国が主催する地域フォーラムの開催などあらゆる手段を使って近づき、投資や援助をちらつかせて、ミクロネシアの政界や商業界、市民社会にうまく取り入ってきた。中国は、ミクロネシアの指導者をはじめ、あらゆるレベルの人々を網羅して北京に招いて赤絨毯で歓迎し、旅費や報酬・手当まですべてを負担したと言われる。

中国は、トラック諸島の港湾設備の改善を約束したが、これについてスリランカと同じように管理権を譲渡することで将来の負債は返済しなくてもいいように画策しているといわれる。米国のミクロネシアへの援助は中国の20倍も大きいにも拘わらず、中国は公然と米国を打ち負かそうとしているのだ。

自由連合盟約(COFA)は、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国およびパラオ共和国の3国とアメリカ合衆国との間に結ばれた盟約で、防衛管轄権、経済援助その他の便宜供与を約束し、米国へのビザなし渡航や米国市民として米国に居住する権利などを認めている。2023年には盟約基金が終了すると米国からの直接的な財政支援は失われる。

そのうち人口20万人のパラオは台湾との外交関係を享受し、伝統的に米国や日本とも友好関係を保っている。地理的にもフィリピンの東にあり、軍事戦略的にも重要な位置にある。2014年、中国がパラオへの渡航を解禁すると中国人観光客と中国マネーがどっと押し寄せ、ホテルや企業、長期賃貸物件の不動産が次々に買収された。2015年にはパラオの観光客の半分は中国大陸からの客だったといわれる。

ところが、そのパラオはいま、中国からの観光客が激減し、ホテルは空室だらけ、観光用のボートは陸に上がったままで、みやげ物店が並ぶ商店街はシャッター通りとなっている。韓国がTHAAD高高度防衛ミサイルシステムを配備した時も、中国政府は韓国への団体旅行を制限し報復を図ったが、台湾といまだに外交関係をもつパラオに対しても、中国は経済戦争を仕掛け、圧力をかけたのである。中国政府の意向に従って中国人観光客の流れがいとも簡単にストップする事態は、観光が経済戦争のまたとない手段として使われることを意味し、いまや「兵器化された観光」“weaponized tourismと言われるまでになっている。(続く)