背景にある軍事威嚇 中国の太平洋進出戦略②
<南シナ海から南太平洋へ軍事力を展開>
前回、冒頭でも触れたナウルの国際会議で見せた中国代表団の態度のように、中国が太平洋島嶼国に対して傲慢に振る舞えるのは、中国がこれらの地域に対して傲然と示すに至った軍事力が背景にあるのは間違いない。
中国はここ数年で、海兵隊の兵力を1万から3万人に拡大し、最終的には10万人体制までの増強を目指しているといわれる。中国はこうした精鋭部隊を水陸両用の強襲船で展開する能力があり、その場合、南シナ海に造った人工島の軍事基地を集結地として使い、そこから南太平洋の海域まで展開することができる。南シナ海の人工島に強力な足場を確保することで、中国は太平洋諸国に対して容易に軍事力を投入できるようになったのだ。
南シナ海のスプラトリー諸島やパラセル諸島の基地に配備された中国空軍の戦略爆撃機はオセアニア海域に容易に侵入することができ、中国が経済的・政治的な野望を抱く太平洋の島嶼国に対し、睨みを利かすことができる。太平洋は中国の漁船が大量に押しかけ操業する海域でもある。
南シナ海の軍事化はしないと習近平が約束したにも関わらず、中国は2015年から人工島の軍事化を開始した。ベトナムに近いパラセル諸島に戦闘機と地対空ミサイルを配備したのが最初だった。
ことし5月、パラセル諸島のウッディー島に中国空軍の長距離核攻撃能力を持つH-6K爆撃機が配備された。巡行ミサイルを搭載した爆撃機は3300キロ離れた太平洋諸国、さらには豪州の攻撃目標まで飛行することができる。米国防総省が8月16日に公表した「2018年度中国軍事報告」では、「中国軍の爆撃機は、南シナ海を飛び立ってオセアニア全域まで飛行し、攻撃できる能力を有している」と警告し、「中国は米国とその同盟国を目標に爆撃機の訓練飛行を行い、空襲、空爆の演習を行った。太平洋における戦力投入能力を高めようと狙っている」と分析している。
スプラトリー諸島では7つの人工島に戦闘機を収容する能力のある滑走路を整備するなど、最近になって防衛関連設備の工事を完了させている。海軍の艦船は定期的に要塞化された人工島に寄港し、兵站・通信設備を使用している。さらに長距離対艦巡行ミサイルや対空ミサイルシステムを配備している。
さきの「中国軍事報告」では、要塞化された人工島の軍事能力を詳しく分析し、航空支援能力、港湾設備の強化が進み、各種の武器やセンサー、通信設備、兵舎を配置しているほか、将来的には海上浮上型原発を設置する計画もあるという。航行・航空支援設備が置かれ軍事拠点化されたファイアリークロス島やスービ島、ミスチーフ環礁からは、オセアニアの島々のほうが、中国本土よりも1500マイルも近い。これら三つの人工島の存在は、防衛能力が貧弱な太平洋地域の島々には大きな脅威になる。
<南シナ海の存在は島嶼国には脅威>
中国の艦船や兵力は、一定期間、島の周辺の海上で待機し、小さな島が政治的に国内の安定を維持できなくなったときには容易に上陸・侵攻することができる。さらに中国の利益と中国人住民を守るためと称して長期駐留のチャンスをうかがうことになるかもしれない。
軍事専門家は「中国による南シナ海の軍事化は、地域覇権を握るうえで大きな役割を占める」とみている。中国は、南シナ海を航行する外国の艦船だけでなく、沿岸国の漁船や原油採掘を行う海上設備に対して、海軍のほか海警局の船、それに海上民兵が乗り込んだ漁船を使ってさまざまな妨害を行ってきた。
中国は南シナ海の人工島を軍事要塞化することで、世界の経済活動にとってもっとも重要な海域での「航海の自由」を脅威にさらしている。南シナ海での軍事プレゼンスの拡大と海域支配の強化を進める中で、従来はアメリカの影響圏だった太平洋で、中国は静かに、そして成功裏にその存在感を高めている。アメリカが長い間支配してきたこの地域で、中国が太平洋の海洋国家としての地位を脅かす存在になったことを意味する。
トランプ政権はこの南シナ海で「航行の自由作戦」を実施し、中国による海域支配の拡大を阻止するため他国の参加も呼び掛けてきた。英仏は6月に航行の自由作戦に参加するために戦艦を派遣することを表明。実際に英国海軍のHMSアルビオンが8月末、パラセル諸島の近くを航行した。また9月中旬には、海上自衛隊の攻撃型潜水艦と3隻の護衛艦が西フィリピン海域スカボロー環礁近くで対潜水艦訓練をしたあと、ベトナムのカムラン湾に入港した。
英国海軍がパラセル諸島付近で航行の自由作戦を実施すると、中国外務省は「挑発的な行為だ」と英国を非難した。さらに駐英大使の劉暁明は「『航行の自由』とは、やりたいことは何でもできるというライセンスではない。こうした「自由」はすぐにやめるべきだ。そうでなければ南シナ海は静かではなくなってしまう」と非難した。もともと静かで戦争とは無縁だった南シナ海に兵器や軍事施設を持ち込み、諸外国の警戒感を高めたのは中国の側だという自覚は彼らにはない。
(SCMP 9/20 “Foreign warships in South China Sea ‘causing trouble’,”
<太平洋の島は兵站・情報収集基地>
太平洋上の小さな島々に市場としての価値はそれほどなく、周辺には豊かな漁業資源があるとはいえ、その移動距離と時間を考えると島嶼国との経済貿易関係はメリットがあるとはけっして言えない。中国がそうした島嶼国と付き合い影響力を強める理由は、何よりもその位置が地政学的、戦略的に重要な意味をもつからだ。
中国は、前述のミクロネシア連邦やトンガ、ソロモン諸島などのほか、フィージーやパプアニューギニアPNGそしてサモアなどオセアニアの隅から隅まで少なからざる関心を注いでいる。これらの島々は、軍事的に兵站基地となり情報収集基地としても使える。
フランス領ポリネシアは、マグロ漁が盛んで「ツナ・ベルトtuna belt」と呼ばれるような豊かな漁業資源の海域を抱えるほか、宇宙探査活動の拠点としても知られる。中国はここにも大きな関心を注ぐ。これらの島は、中国と南北アメリカ大陸の中間に位置し、船の燃料補給や貨物の積替え拠点としても使える。ということは、中国海軍の活動もサポートできることを意味する。中国はフランス領ポリネシアの最大のハオ環礁の水産養殖プロジェクトに3億3000万ドルの投資を行っている。この投資額は、2013年から4年間の諸外国からの直接投資の総計を上回る規模だ。環礁はかつてフランスの核実験場となる計画があったほか、いまは戦略爆撃機の離着陸も可能な空港として使われている。
中国は南太平洋のニューカレドニアにも多額の投資をしている。ニューカレドニアはフランスからの独立をめぐって住民投票の可能性が取りざたされ、それをきっかけに暴動につながらないかと心配されている。
<米国軍事力を脅かす中国の進出>
北マリアナ諸島の南端に位置するグアムは、米軍の戦略爆撃機の発進基地アンダーセン基地を抱え、朝鮮半島を含めた東アジア全域への戦力投入を可能にしている。中国の拡張政策に対抗する上で、グアムは米軍の展開にとって重要な位置をしめるが、そのグアムの米軍基地や訓練場の近くに、中国は諜報の手段として土地を確保し、情報収集の設備を配置するなど米軍の動きを牽制している。さらに最近、中国はマリアナ海溝近くに米軍の潜水艦の動きをキャッチできる水中音響監視装置を設置したことを公にしている。
射程3000~4000㎞の対艦弾道ミサイルDF(東風)26は、別名「グアム・キラー」とも呼ばれる。中国は、グアムの米軍基地がこのミサイルの射程に入っていることをことあるごとに強調している。攻撃目標でもあるこのグアムで、中国は多数の不動産や企業を買収している。中国は、米軍の存在はグアムの住民を危険にさらしているとあからさまに挑発したことさえある。
米国の海外領土・準州であるグアムを除き、同じ北マリアナ諸島のサイパンやテニアン、ロタなど14の島は、かつては米国の信託統治領だったが、現在は米国の自治領(コモンウェルス)となっている。
北マリアナ諸島最大の島サイパンには、中国人はノービザで渡航でき、中国は観光客の最大の供給源となっている。2014年ごろ、中国のカジノ企業がこのサイパンに数十億ドルの投資を表明、カジノの建設の他に、中国人は不動産を購入し、新規ビジネスを開業し、多数の中国人建設労働者を連れてきた。それまでサイパンの経済はほとんで瀕死の状態で、年金の支払いさえ滞っていたが、地元政府は、賄賂の噂が飛び交う中で、中国の提案を受け入れた。これによって役人や政治家を巻き込み地元民の間には親中国派が増え、カジノによる収入は政治家の次の選挙のための資金に使われているともいわれる。
サイパンのとなりテニアン島には、中国の別のカジノ・リゾート開発会社が、米軍が3分の2の土地を借りている軍用地の近くでカジノを建設しようとしている。会社の代表は「米軍の存在は観光にとってマイナスで、非生産的だ」と公然と言い放つほどだ。
サイパンから北へ350キロ、北マリアナ諸島の北部にあるパガン島では、米軍が水陸両用部隊の訓練場を作る計画を進めている。しかし、地元住民の反対運動でこの計画は窮地に追い込まれている。地元の事情通によるとこの裏では、中国の資金が密かに使われているともいう。
米国はマーシャル諸島とも経済的に緊密な関係を維持し、重要な軍事基地を保有している。しかし、地元の消息筋によると、中国は地元経済と漁業産業に存在感を増している。台湾との外交関係を断絶し、代わりに中国を承認させるという目的のため、中国は地元の政治家と選挙の立候補者に資金を融通しているという。
中国はそれぞれの場所で、影響力をもつ政治家から最下層の人々まで地元社会を分断し、中国に好意的な選挙民を作ろうと画策した。北マリアナ諸島でのカジノ、ミクロネシアでの漁業産業の乗っ取り、パラオの観光マーケットへの介入など、商業的な影響力はゲームの一部でもある。そしてすべての地域で、中国人経営のビジネスは地元の支配層・既得権者にとってかわろうとしている。
中国は西太平洋における米国の重要な防衛拠点とされる島々で、その存在感を強めている。彼らの戦略は「取り囲む者を取り囲む」という戦略だ。衝撃的なのは、中国は軍事力を使うことなく、これらすべてを達成したことだ。
戦略地政学的には、中国はいわゆる「第一列島線」を飛び越え、アメリカが太平洋で領土としている島嶼や、西太平洋におけるいわゆる「自由連合盟約国家」で、その存在感を高めることに成功している。これが意味するのは、中国は日本から豪州へと伸びるいわゆる「第二列島線」で、米国の防衛ラインを効果的に分断する「突出部」をすでに形成したということだ。
中国は広大な太平洋の隅から隅まで、点在するさまざまな島々に足跡を刻み、足がかりをつくり、強力なコネクションや利害関係を築いている。そうした関係づくりが、純粋な金もうけという経済的な動機によって突き動かされたものとは見えないところが不気味だ。
しかしそれは南シナ海とは違って、ハードパワーを使っての影響力確保ではなく、まず大きな絵を描き、長期に及ぶ非対称戦術ゲームとして行っている。中国はこの地域の島嶼国との経済的・政治的関係を深め、港湾のリース(借受)や海洋施設の建設に道を開き、中国のグローバルパワー(世界強国)として影響力を発揮しようと考えているのだろう。
トランプ政権の対中国貿易戦争は、太平洋でアメリカにとって代わる覇権を確立しようとする中国に対して、その野心を砕くためにも、ここで徹底的に中国の力を削ぐという目算あるのではないか。中国が貿易戦争に負けて、南シナ海に莫大な軍事費を投入する余裕を失えば、この戦いの決着は案外早いかもしれない。
(参考記事)
ASIATIMES 9/7 South Pacific waking to China’s ‘debt-trap’ diplomacy
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ASIATIMES 9/7 China’s plan for conquest of the South Pacific