『智恵と適応力を有した人々』
「先祖が列島に渡ってきたのが4万~3万年前と
言われても、ピンとこない人がいるかもしれない。
これは1万5000年前に始まる縄文時代より
ずっと過去に遡る、旧石器時代の終わりの頃の
物語」
海部陽介氏(国立科学博物館人類史研究グル
ープ長)が語る日本史は大変興味深い。
「私たち日本人の祖先は4万~3万年前、初めて
日本列島に到着した。出発点は5万年前のアフリ
カ大陸だ。
その渡来ルートのうち、注目すべきなのは沖縄ルー
ト。沖縄の島々で最近、3万年前の遺跡が次々
と見つかっているからだ。
しかし、大陸と当時地続きだった台湾までは歩いて
行けたとしても、沖縄へたどり着くには、世界最大
規模の海流・黒潮を横切らなければいけない。」
人類は約700万年前、アフリカ大陸で誕生。
古い順に、「初期の猿人」、「猿人」、「原人」、
「旧人」、「新人」と続き、私たちの祖先である「ホモ
・サピエンス」へとつながっています。
現在から3万年前頃の当時、極寒の「氷期」が
ようやく終息し始め、現在も続く暖かい間氷期に
向かっていた頃。
当時の人々は、石や動物の骨・角などを加工した
道具を使って動植物を狩猟採集した生活。農畜
産業が始まる「新石器時代」はずっと後で、1万
2000年前以降のことになります。
■サハリン島を介し大陸と地続きの北海道ルート
■朝鮮半島の目と鼻の先に位置する九州・対馬
ルート
■沖縄ルート
「沖縄を注目すべきなのは、3万年前から遺跡が
存在することが最近の研究で次々と明らかに
なってきたからです。
1200キロ・メートルにわたる琉球列島(九州から
台湾までの間にある約100の島々)には、各所に
古い遺跡が遺されています。」
縄文時代より前、後期旧石器時代の遺跡から、
この時期にはすでに琉球列島の全域に人が住んで
いたことがわかると海部氏はいいます。
「琉球列島にはアマミノクロウサギ、ヤンバルクイナ、
イリオモテヤマネコ、ケナガネズミといった固有種が
多数いる。
これは孤立した島だったことを物語っているわけです。
沖縄が島であったことを示す研究はほかにもいろいろ
あって、たとえばサワガニの系統樹を見ると、台湾と
日本のサワガニは100万年以上前に分岐している。
なぜ、サワガニかというと、海を渡れないので陸の
分断の歴史を語っている可能性があるからです。
意外と知られていないのですが、沖縄で遺跡を掘って
2、3万年前の地層に行くと、不思議な動物の
化石が出てくる。
リュウキュウムカシキョン、リュウキュウジカの化石で、
(本土にいるキョンやシカと比べると)ものすごく
体のサイズが小さい。実はインドネシアや地中海で、
ゾウやシカが島へ渡ると、体が小さくなる不思議な
現象が知られています。」
島に行くと、動物のサイズがおかしくなってしまう「
島嶼
効果」という現象から、琉球の島々は島の陸からは
離れており、私たち日本人の祖先は舟を使って海を
渡って来たことがいえると海部氏はいいます。
「5万年前、原人と旧人は世界の半分くらいの
場所にしかいなかった。逆に言うと、その他の場所
というのは、人類がいない場所だったんです。
今は世界中に人間がいて、僕らは、それを当たり前
だと思っている。実はそれは当たり前じゃないんです。」
元来寒さには弱い、アフリカ大陸の熱帯生まれのホモ
・サピエンス。衣服や住居、火の発明により寒さを克服。
そして海を渡るための葦船を造り、航海する術を身に
つけていったことが想像できます。
私たち日本人の血には、祖先たちがこうした壁を乗り
越える智恵と適応力が受け継がれている。そう思うと
、とても勇気が湧いてきます。