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Rei.Kikuchi_ Re:Life

いまの気持ち【みなさまへ】

2018.09.22 04:15

ここまでの記事は、

事務的な内容が多かったのですが、

精神面を心配して下さるお声もたくさん頂いております。

「てゆか、メンタル大丈夫?!?!」

そりゃそうなりますよねぇ 笑。

繰り返しですが、

本当にありがとうございます!

先日はじめて

おおやけに発表してみて、

想定外すぎるほどの

たくさんの応援メッセージを頂いて、

「ありがたや、ありがたや!」と心底思うとともに、

情報を発信するということは、

よくもわるくも他人を巻き込むというこわさも再確認し、

「こうしてみなさんを巻き込み、大きなショックを提供してしまったな」と申し訳なくもなりました。不快な方が必ずいるはずです。本当にすみません。

ですが、

こんなBlogとか言ってやってて、

みなさんへ向けていったい何がしたいのかと言うと、

不幸自慢でも、頑張ってる自慢でもなく。

いちばん言いたいことは、

人間って最高よ

ってことと

生きる力のきらきら

と、その、すごみ

です!!!笑笑笑

(なんだか宗教さんっぽいですが、

いっさい所属はしておりません。) 

なんかこう、、うまく言えないんですが、、、

え、生きてるってめっちゃ最高じゃね?てゆか生きてるってブチ上げ↑↑↑ だわ。

って感じのこと。ふざけてません。わたし、本気で思ってます。

そんなことを、いつも、発信していきたいです。

◆死生観について

わたしは、

死んだことが無いので、

死んだ後のことを知らないので、

もしかしたら死んだ後の方が、

生きてるよりももっとサイコー!なのかもしれませんが、

残念ながら一回死んでみたり、一回生きてみたりという体験はできずに、

必ずどちらかでなので、

いま、生きてる側にいて、思うことは、

生きてるってめっちゃ面白いです。

いま、ビョーキになって、いろいろ一時停止して、歩いてきた道を振り返ってみていますが、

生きてるとマジ色々ありすぎて面白すぎ 笑

としみじみわかりました。


SNSにアップしたくなるような超サイコーハッピーで、きらきらピース!イェイみたいな一生の思い出になることも起こるし、身震いするくらいに本当に美味しい食べもの食べたりお酒を飲んだり、窓から差し込む光があ・きれいだなと感じられたり、スーパーの安売りになってる刺身の鮮度が案外よかったからラッキー!みたいなことも、夏暑すぎて本当もう無理って言ってたのにすっかり秋刀魚が美味しい季節になったねぇとお茶をすすりながら話をしたり、くっだらないことだけどすっごいムカついたりしたり、飲み会の帰り道にふと1人になったときのあの独特のせつなさを感じたり、気づいたら2時間長電話していたり、ちょっとコンビニに寄ったけど結局何も買わなかったり。おやすみの日に、夕方までyoutubeみながらゴロゴロしちゃって夜になっちゃってシャワー浴びながら、あぁまじで今日何もしなかったなぁってはげしく後悔したり…

そんな、

あまりにも生々しい日常すら、

すべて生きてるから起こること。

なんですなァ。

かっこよく、うつくしく、ステキに生きようとしなくたって、ぜーんぜん大丈夫。インスタ映える出来事なんて四六時中おこらないから。一瞬だから。大丈夫です。インスタ映えなくても、つねに十分、必ずなんか起こってるから。笑 

ああなんて、生きてるって忙しくて面白い。やることいっぱい、考えることいっぱい!もういっぱいいっぱい!怒、って状況ですら、一歩さがってみると面白くなる。

でも、

いつも面白く生きなくていいと思います。楽しまなくちゃと気張らなくていいのでは。がんばりすぎなくていいのでは。だって、疲れるから 笑。心が感じるままに、思うままに、表現していいのでは。表現できないなら表現できる環境をつくろうとしてみる。道徳的に人道に外れていなければ、どう表現してもいいと思います。

(でも、かならず、かならず、いつも、まわりの人に、愛と感謝を忘れずにね。)



そして、

全員いつかは死ぬときが来る

ので、それはそのときにまかせようと思う。ちょっとザツな言い方になってしまうので不快に思う方がいたら本当に申し訳ないですが、生命論?では、

死ぬときは死ぬとき。

なのではないでしょうか。

だってあがきようがないんです。

酷だけど、それが、

自然の理念なのではないでしょうか。

「死にたくない、死にたくない、いつか死んじゃうなんて考えたくもない」

と自然にあらがうよりも、

そっちじゃなくて、

そう思うエネルギーがせっかくあるならば、

納得できる生き方をいかにやっていくか。

と言うことにパワーを注いだほうがもっといいんじゃなかろうか、と。

ここ最近、体験している最中ですが、

納得できると、さまざまな恐怖が減りました。

立ち向かう勇気とか、戦う強さとかじゃなくて、

納得したら、こわくなくなった

ということ。

適応というか、順応というか、受容というか…正しくはなんて言うのかなぁ?

たとえば、当初は抗がん剤治療そのものに納得がいってなかった(昔から東洋医学が好きだから)のですが、ある時点から納得がいったので、すんなり受けることにしました。誰かに、

「説得された」のではなく、自分自身の中で「納得できた」

のです。

そうすると、心にストンとおさまる場所が出来て、こわくなくなって、むしろチカラになってくる。ふしぎです。


この先、もし、片足を切断することがあったとしても、切断について、真剣に考えたり勉強したりした結果、納得がいったので、あんまりこわくなくなった。(→切断なんて、まるで原始時代みたいだけど、"悪いところは切り落とす"って、なんてシンプルでわかりやすいんだろうと、納得できたから。)

人生におこる出来事のすべてを納得して生きることはできないけれど、納得しようと、理解してみようとしてみることが大切ですな。

ちょうどそのときに、直感と学が必要なんだと思いました。

日常生活で直感を鍛えつつ、学(情報や知識)を取り入れ、いざ選択の時が来たときに、自分が本当に納得できるほうを選べるように。

photo by 「きらきら」Cocco