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VR商品投入の覚悟

2018.09.22 14:40

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 昨年のアカデミー賞で作品賞を含む全6部門にノミネートされた、映画「LION ライオン 25年目のただいま」。インドで迷子になった5歳の少年が、25年後にGoogle Earthで故郷を探し出したという驚きの実話が映画化されたということで話題になった。筆者にとってのGoogle Earthといえば、初めてそれを体験したときの没入感が強く印象に残っている。地球上のどこにでもあっという間に「飛んで」いくことが出来る仕様にはとても感動させられた。普段は決して立ち入ることのできない場所を空から眺められたり、訪れる予定のお店の周囲の様子を確認できたりと、旅行気分を堪能できる一方で実用的な活用も可能となる、実に使い勝手のあるソフトウェアだ。そんなGoogle EarthがVR(仮想現実)に対応したのは2016年11月。現在、2社のヘッドマウントディスプレイでその世界を楽しむことができる。ハードを入手していないためイメージ動画を眺めた経験しかないものの、異次元の体験へと誘うツールであることは間違いなさそうで、大変関心を寄せている。


 ゲームやアトラクションを楽しむイメージが強かったVRだが、このところは身近な存在になりつつある。そのキーワードは、疑似体験。娯楽を楽しみたいが時間を掛けたくない「面倒臭がり」や、「ホンモノ」の体験を望むものの身体的な制約でそれを叶えられない人たちでも、疑似体験を通じて楽しさをシェアすることができる。疑似のフライトと海外旅行が楽しめる「FIRST AIRLINES」(東京・池袋)はオープンから1年半を過ぎた今でも週末の「座席予約」は満席となり、旅行中の人からライブで送信される映像を見ながら行きたい場所や方向を言葉で伝えられるサービスは、ANAセールスのほか複数のスタートアップ企業によって手掛けられている。

 そうしたなか、JTBが「遠隔旅行」を来年度にも商品化すると発表した。「旅行先」に設置した人型ロボットを通じて、離れた場所からその地の景色や音を体感できるシステムを商品とするものだ。「旅行者」は指先にセンサーをつけることで、ロボットが触れたものの感覚も体感できるという。企画の内容を聞いたところでは何らニュース性を感じることはなく、交流サイトを覗いても「既視感」「今さら遅い」といった声が散見されるものの、今般は「商品化」という点において注目したい。なにより、旅行体験を販売する企業が旅行疑似体験を新たに平行して取り扱おうとするのだから、同社がドメインとして標榜するこれまでの枠組みでの「交流体験」をある意味否定するとともに、カニバリゼーションではないのかというイメージさえも漂わせる取り組みといえる。

 では、その意図は何なのだろう。流行しているデジタル技術に飛びついただけという見立ては当然あるだろうし、「コンテンツマーケティング」の一環で需要を喚起したり新たなファンの獲得を目論んだりしているという考え方もある。しかし、前者は積極的に否定する材料は見当たらないが、後者においては、今般の記者発表に合わせて披露されたのが「小笠原のウミガメに餌を与え、触れること」で、その後に小笠原へと実際の旅行を促す施策だというにはあまりにも短絡的な発想と捉えられ、恐らくそういった考えによるものではないだろうと思う。そのためここでは、「観光地を巡るだけの旅行」はVRで事足りるという判断に基づくものという観点で捉えてみることにした。

 旅行先までの往復の交通と現地の宿泊施設の予約をパッケージ化し、オプショナルツアーの販売を「提案」する商品形態の多くはかつて、消費者のニーズを汲み取ることのないプロダクトアウト型だった。FITで旅慣れた人が偶然低料金のパッケージツアーに出会った際に申し込むか、自分で様々な手配を行うのが面倒な人や情報検索を放棄した人が利用する、消極的選択に基づく消費者のためのフィールドだったと捉えることもできる。だが、「仕入」や企画の都合はようやく鳴りを潜め、消費者や顧客に正対する販売担当者の声を商品に反映しつつあり、旧来型からの脱皮が図られている。また、地元地域ではその良さが認知されていない「埋もれた旅行素材」を発掘したり、「魅せ方」を変えたり、社独自の特典やサービスを展開するなどして、新たな価値を付加したうえでの商品化が進められている。とはいえ、「観光地を巡るだけの旅行」においては、他社と差別化した独自の商品展開は困難なケースが多い。つまり、旅行会社が提供する付加価値を重視することがない分野であるがゆえ、消費者にとっては、LCCやシェアリングサービスを利用する方が安価であり且ついつでもどこででも簡便に手配できる点において、レガシーエージェントは歓迎されづらいといえる。それなら、そうした分野の旅行マーケットにおいては、「遠隔旅行」の販売を推し進めることによって競合他社と差別化を図ることで、消費者との接点を確保する狙いであるのではないかと捉えた次第だ。

 「月に行くことにしました。アーティストとともに」――。スタートトゥデイの前澤友作社長が、イーロン・マスクの手掛ける「スペースX」と民間人で世界初となる月の周回旅行の契約を結んだと発表した。リッチな月旅行が目的なのではなく、アーティストに同行してもらい新たな芸術を生み出してもらうための手段とするのだという。「旅行代金」の金額はクレージーなものの、「ホンモノ」を間近に触れられる機会への投資というベクトルにおいては「一般」の旅行と同じである。「遠隔旅行」を販売するからには、その一方でそれでは事足りず「ホンモノ」をその場で体験したいニーズに応える商品展開をなお一層充実させなければならない。新たなデスティネーションの開発や誰もが経験したことのないアクティビティの設定、あるいは地域のDMOに対する教育や支援を通じて、「ホンモノ」の素材を磨き上げたうえで、いい意味での「情報の非対称性」を背景にした商売の再興が求められるのではないかと考える。



TOPIC:A

「面倒くさい」を狙い撃て 30分で世界を巡る効率性
2018.5.14(月)日経ビジネスより編集

旅行大手のエイチ・アイ・エスは17年12月から、世界一周旅行のVRイベントを毎月開催しているが、完成度の高さもあって応募者が殺到。全日程の予約が埋まり、イベント期間の延長と開催日を増やすことが決まった。ラッシャーを中心に「天候も季節も思いのままの、30分のVR旅行で十分満足」という層が増えかねない。HISは万が一にもそんな事態に陥らないように、現地でしか味わえない魅力を詰め込んだ新たな旅行プランを次々に開発しているが、平凡な旅行しか提案できない旅行会社は生き残れない時代が来るかもしれない。



TOPIC:B

JTB「遠隔旅行」商品に
2018.9.19(水)日本経済新聞より引用

JTBは実際に行かなくても旅行先をインターネット経由で疑似体験できる「遠隔旅行」を2019年度にも商品化すると発表した。ロボット開発のスタートアップ企業やKDDIと協力し、ロボットを通じて旅行先の景色や音を体感できるシステムを実用化した。遠隔旅行はANAホールディングスなども開発を進めており、高齢者が増えるなか、移動しない旅行への期待が高まっている。