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Rei.Kikuchi_ Re:Life

"数字" の感じ方

2018.09.23 16:21

交番の窓ガラスに、

「昨日の交通事故」

という看板がある。

「件数」「負傷」「死亡」と、

表示が続く。


「死亡  1 」

の表示が目に入ったとき、

一瞬、ドキッとするけど、

30秒後くらいには、

わたしの意識はもう別のところへ向かっていく。

不謹慎ですが、

わたしは

だいたいいつもそうである。

先日、

わたしという「1」つの生命の

"存続危機"を発表したら、

たった3日間で

200件=200人くらいから

何かしらのご連絡を頂き、

このBlogの閲覧数の合計は

3000件にのぼりました。

(心から、心から、お礼を申し上げます。)

3000という数字の

うちわけを分析することは

特にしませんが、

信じられない数の方が、

「1」つの生命について、

気にかけていて下さる

という、その事実。

「1」つの生命に対して、

それだけの数の人を巻き込み、

それだけの数の物語が生まれている。

痛いほどに感じました。

(涙が出てしまうよ、とメッセージをくれる方が何十人もいた。他人のために泣けるって、すごいエネルギーなはずです。泣くだけでもエネルギー使うのに。さらにそのエネルギーが、100%わたしに向けられてるって、とんでもなくものすごい話だと思う。)


そして、

数字の「1」の重みを

こんなに感じたことは

これまでになかった。

今後わたしは、

交番の窓ガラスの看板を見たときに、

たぶん、

一瞬、

立ち止まるだろう。



わたしは、

3 きょうだいの真ん中なんですが、

上には姉がいる。わたしのきょうだいは、かなり面白いヤツらなので、わたしは大好きだ。


先日、記事に書いたとおり、

わたしは現在ビョーキのおかげで、

「10年後の生存率は70%」

と言われている。

「70%」って、低いな。

とずっと感じていた。

そのせいで、絶望も一度はした。



しかし。

姉がわたしに言ったのだ。

うっかり聞き流してしまいそうなくらいにサラッと。

「え、70%って、低いの?高くない?半分以上じゃん。」

と。


わたしはおどろいた!

「確かにそうかもしれない」

と思った。


その後、よく考えた。

70%が、低いのか高いのか、どっちが正解かの問題ではなく、

「わたしは勝手に低いと思い込んでいた」

と気づいた。



"数字"というものは

何をやるにしても、

非常に重要だと思っている。



しかし、

"数字の感じ方"に正解はない

と知った。



何事もそうだが、

ものは捉えよう

である。

わたしの姉が、

あまりにも自然的に捉えた、今回の

"数字の感じ方"は、

まさに「あっぱれ」だった。


追記

主治医から骨肉腫を告知された前日が誕生日だった。昔から姉は「贈り物名人」なのだが、今年は手描きの水彩画も入っていた。1枚は 鮎の絵で、もう1枚は、お赤飯の絵だ。素人が描く水彩画だが、なかなか味があり、わたしはかなり気に入った。鮎とお赤飯の水彩画を他人から頂くことなんて、そうそう無いと思う。

つくづく、面白いヤツだ、と姉を思った。