『こんたろうカップ』リポート
リポート:ヒロ
『こんたろうカップ』 SNSでの他愛もない会話の中から、話の流れるままに開催されることとなったこのイベントは、ただの草レースである。
しかし、お遊びに過ぎないこの草レースも、ガチ勢を名乗る参加者たちにとっては極めて重要な意味を持つレースなのだ。
負けてしまえば、日々の努力など無に帰したも同然だと残酷な審判が下ってしまうからに他ならない。 (注:最初にお断りしておきますが、この記事の内容は、概ね選手から聞き取った内容で構成しています。が、一部筆者の予想で書かれている部分もあります)
まずはメンバーを紹介しておこう。
『新居浜連合チーム』
コンタロウ:負けず嫌い。タイムアタックより競い合いで強さを発揮する戦闘民族。
アマチョ:メチャクチャ速い、いや、とにかく強い。彼を紹介するにはこの言葉で十分である。
テッペイ:新居浜周辺でStravaの区間KOMコレクターとして名を馳せるパワーライダー。
マサル:某ヒルクライムレースで55分台フィニッシュした激速クライマー。
今回の優勝大本命チームであり、誰もその結果を疑うことがなかったチーム。
『SSR』
ケイッチ:100の戦術を使いこなす策士。彼の策にハマれば、待っているのは容赦ないタレである。(注:らくりんメンバーでもある)
クボタドール:暴走機関車として恐れられるが、本人はクライマーだと言って譲らない。(注:らくりんメンバーでもある)
ヤマサキ:オールラウンダーであり、あらゆるステージで仕事ができる。
トモチ:新居浜からレンタル参戦となったミスター猪突猛進。平坦路も登りも強い。
リーダーケイッチの長期スランプが気がかりでありつつ、ダークホースと思われていたチーム。
『Limit Vertex』
ゴー:激坂区間を含むペット霊園セグメントを一日に3度も4度も攻めるマゾヒスト修行者。
ジュン:タレないスタミナとスピードを併せ持つイケメンオールラウンダー。
イズミ:クライマー体型ながら、平坦路でも侮れない実力を見せる。
34:常に微笑みを絶やさないフィットネストレーナー。均整の取れた身体つきには惚れ惚れさせられる。
イワサキ:らくりんからのレンタル参戦。言わずと知れた平坦番長。(注:らくりんメンバーでもある)
「ロングライドしに来た」という言葉とは裏腹に、密かに勝ちを狙っていたチーム。
『らくりんサイクル』
ニュウ:某ヒルクライムレースで55分台フィニッシュしているが、実は彼の強さは平坦路でこそ発揮される。
ケンゴ:本人は自虐ばかりしているが、この半年でグイグイ力を付けてきたお馴染みプリンス。
オオノ:昨年の某ヒルクライムレース年代別チャンプ。強力な助っ人として招聘。
ヒロ:坂バカ。斜度がキツくなればなるほど喜びを感じるが、登坂するしか能がない。
そう、我らがチームである。勝つつもりで参加。勝つことしか考えてなかった。
もうひとつ、初心者のために簡単な解説をしておきたい。
自転車では、先頭を走る人は風圧を直に受けるため「空気の壁」を切り裂きながら走らなければいけないが、すぐ後ろに付いて走る人は先頭が切り開いた乱流の内側に収まる。
このため、すぐ後ろを走る人には「空気の壁」が存在しない。
これをドラフティングと呼ぶのだが、これを使うと、後ろを走る人はパワーを半減しても同じスピードで走れるので、体力の温存ができるのだ。
このドラフティング効果を発揮させるために、トレインと呼ばれる車列を作って走るのが、レース(グループライドでも)の定石となっている。
トレインを作ることによって、本来巻き起こる乱流が整流されるため、先頭を引く人も少し楽になるという副産物もある。
-----
コースは、大三島外周を反時計回りに進むルート。
らくりんチームも事前に試走を予定していたものの、これが雨で中止に。
しかし、「このルートならブルーラインがあるはずだし、コースプロファイル(アップダウンが分かる断面図)さえ分かっていれば何とかなるだろう」と考えていた。
これが、後にドラマを生むこととなる。
我らがチームのレースプラン(オーダー)は、オーソドックスな形とした。
登坂が強く、平坦路でもタレる心配が少ないリーダーニュウをエースに。
ケンゴは、集団走でらくりんチーム代表として先頭引きを担当。(公平を期すために、各チームから1人先頭を差し出す紳士協定のため)
オオノは、エースニュウをゴール前まで引き、ラストのスプリントでニュウの発射台に。
スタートダッシュで逃げ勝ちを狙う逃げ集団が作られた場合には、ヒロがそのチェックに。
実は前日まで、エースにはレース経験もあるオオノに勤めてもらう予定だった。
しかしヒロと2人で自走して現地へ向かっている最中、オオノのコンディションが良くなさそうに見えたため、オーダー変更した次第。
-----
スタートはローリングスタート。
目印のカーブミラーを通過した途端、コンタロウが猛然と逃げを開始した。
オーダー通り、ヒロはそれに追随。
逃げ集団は4名。
各チーム1名ずつかと思いきや、来ていたのはLVのイワサキとジュン。
どうやらLVは、エースジュンを逃がす作戦に出たようだ。
同時に、SSRが逃げを出さなかったというのも意外であった。
30km程度の短距離レースなので、逃げを大きく行かせることはないだろう(程なく本隊に吸収される)と予想していたが、本隊があっという間に見えなくなる。
LVはエースを逃がす形をとったので、本隊は遅ければ遅いほどいい。
LVによってペースコントロールされていたのだ。
ちなみに、逃げ集団に2名を送り込んだLVは、紳士協定で1人は先頭を受け持つ必要があるが、エースは温存しておいて問題ない。
ところがイケメンエース・ジュンも先頭を交代で引いていた。
いい人なのだ彼は、ルックスだけでなく。
-----
長い平坦区間を順調に逃げていた逃げ集団が、市街地に入る前、最初の登坂に差し掛かる。
コンタロウはここで最初のアタック。登坂が苦手なイワサキはここでふるい落とされた。
登坂だけには自信があるヒロは、とりあえず付いていくが、ここまでの平坦区間で大きく消耗させられていた。
それを見たコンタロウは、下りで再度アタック。ヒロがジリジリと離されていく。
ジュンは少し遅れて峠を越えたが、少しずつ迫ってくるヒロにドッキングを試み、これに成功。
これでヒロとジュンが組み、コンタロウを追う体制となった。
ところがタイミング悪く、ヒロとジュンの眼前に軽トラックが出現。
交通安全は最優先である。2人とも「遅いな」と思いながら軽トラックの後ろに付いて走る。
「ちょうどいいスピードで走ってくれたら、ドラフティングに使えるのに」というヒロの邪心が招いたのかどうか、軽トラックに付いている間に、気がつけば右折しないといけない三叉路を直進してしまっていた。
コースロストだ。
-----
本隊は、少しずつペースが上がっていき、2つの集団に分離しながら進んでいた。
しかしこちらでも、先の2人がロストした三叉路で混乱が起きてしまう。
コース通りに進む前方集団。直進してしまう後方集団。
途中でロストに気がついてコース復帰する者。
オオノはこのとき最後方に付いていたのだが、一旦ロストしてから復帰したこともあり、集団からやや遅れてしまうことに。
その本隊は、役場を左に見ながら左折したところで、信じがたい光景を目にする。
前方から2人、ヒロとジュンがこちらに向かってくるのだ。
「え?なんで?」ゴーの驚きの声は、ヒロにとってもジュンにとっても同じ心の声である。
ヒロ、ジュンと同じように直進してしまった後方集団には、しかしまだ運があった。
ヒロが本コースを逆走する方角へ曲がってしまった交差点に差し掛かった時、通過していく前方集団が見えたのだ。
コースロストは本来失格であるが、そこは草レース。
これで勝負に復帰できる。
-----
「急いで引き返そう」ヒロはジュンに促し、慌ててUターン。
せめてもの救いとして、集団から遅れてしまったオオノがすぐ前にいる。
3人でトレインを作っていけば、本隊に追いつけるかも知れない。
しかもここからは、アップダウンのあるクライマー有利の区間になる。
案の定、まずは後方集団を登坂で捉えることが出来た。
本隊はまだ見えないが、望みはゼロではない。とにかく、本隊にさえ追いつけば、展開はある。
ところで、この段階でSSRのリーダーケイッチをパスしているが、彼のスランプはかなり深刻である。
SSRが逃げを出さなかったのは、「出せなかった」という方が正解に近いのかも知れない。
最後の勝負に絡むには、クボタドール、トモチのどちらかを最後まで温存し、クライミングスプリントに賭ける必要があったのだから。
-----
コンタロウは、後方のはるか先まで誰も見えない単騎となってしまったことで、後ろの異変を察知していた。
集団と単騎ではスピードに雲泥の差が出る。
この時点で逃げの成立はほぼ詰んでしまった。
ヒロ、ジュン、オオノの3人が追撃体制に入った頃、コンタロウは集団に吸収されてしまっていた。
しかし同時に、新居浜連合は勝利をほぼ確信するに至る。
この時点で先頭集団にいたのは、新居浜連合は4人全員。
他にはSSRのクボタドールとトモチ、らくりんのニュウが生き残るのみだったのだ。
-----
追撃体制を取ったヒロ、ジュン、オオノは第2集団となっていたが、しかし彼らを襲う不運はこれにとどまらない。
ヒロが再び痛恨のコースロストを冒してしまう。
県道51号を離れ、宗方港方面へ。
これでもはや本隊に追いつく可能性は万に一つもない。
結果的に、ヒロの自爆テロに巻き込まれる形で、LVはエースを失ってしまったことになる。
気力を失い、惰性でクランクを回すだけになってしまったヒロ。
しかしそのヒロを尻目に、ジュンは力強さを失わない。
エースとしての責任感だったのだろう。
そして、そのエースとしての責任を果たそうと、さらに気力を絞っている者は、まだ先頭集団の中にもいた。
-----
ゴールは登坂しきった頂上にある。
トンネルをはさみ、しばらく続く平坦区間が終われば、クライミング勝負だ。
新居浜連合は、逃げの役割を終えたコンタロウを除き、残る3人で3段ロケットを発射する形を取る。
その1段目は、トンネルの手前にある最後から2番目の山。
直線的に高斜度が続き、標高もコース中最も高く、クライマーでなければ怯んでしまうほどの登坂路だ。
マサルは、ここで2人を引き連れて一気にアタック。後ろを引き剥がしにかかる。
これを追えたのはニュウだけだった。
-----
SSRは苦しい。
アマチョ、テッペイの強さは、クライミングでも圧倒的である。
もはやクボタドールは、自身がラストに絡む構図を描けなかった。
新居浜連合以外には、チームメイトのトモチと、らくりんのニュウ。
このメンバーで、新居浜連合に勝てる可能性は少ない。
いや、そこまで計算できていたわけではないだろう。
疲労の局地にある人間の脳は、酸素不足で深い思考が難しいものである。
しかしクボタドールはニュウを前に出さず、温存を図った。
ニュウはチームメイトではなかったが、クボタドールにとっては守るべき存在だった。
もし新居浜連合を倒す可能性があるならば、ニュウに賭けるしかない、そう感じていたのかも知れない。
もっとも、SSRのアシストを得られたとしても、らくりんも苦しいことには変わりがない。
アマチョ、テッペイは、一騎打ちでもニュウより強い上に、その2人が組んでいるのだ。
ニュウが先にアタックを仕掛けても、ゴール前までに2人で差し返せる。
ニュウがゴール直前まで新居浜連合の後ろに付いていけば勝ち目も無くはない、しかしそうならないように、発射台はアタックを仕掛ける。
発射台はゴールに辿り着くことを考えなくていいのだ。
後ろに付いたエースが、最初にゴールラインをまたぎさえすれば、それで勝ちである。
実際に、テッペイはゴールまでの登りで鬼の引きを見せ、発射されたアマチョはまさにロケットのようにゴールラインをまたいでいる。
それでも、ニュウは行くしかなかった。
もはや勝ち目の薄いこの状況であっても、彼は全力で2人を追った。
そう、ニュウはらくりんのエースだからだ。
マサルのアタックは強烈というより他に言いようがなかった。
「坂は... 坂は任せた!」そう言ったクボタドールの言葉が届いていたのかどうか、SSRの後ろからニュウは新居浜連合に付く。
トンネルを抜け、平坦路、そして最後の登坂。
ジリジリと離される。
しかし諦めたら終わる。
最後まで、脚を振り絞る。
とうに脚を緩めてしまった者たちを置き去りにして。
登坂しているのだとは思えないスピードで。
-----
ニュウは3人目でゴールラインを越え、らくりんチームは2位の成績にてフィニッシュとなった。
しかし、コースロストが多数発生したこともあり、今回はノーコンテストに。
本戦は改めて開催されることになった。
また、圧倒的な戦力を保持していた新居浜連合も、これでは面白くないと思ったようで、次回は解体して2チームに分けることとなった。
もっとも、アマチョとテッペイを有するCR3Wチームは、相変わらず優勝候補であることに変わりはないが。
-----
もし今回のレースで敢闘賞が与えられるとするならば、最有力候補は新居浜連合のマサル、そしてらくりんのニュウだろう。
おそらく、これにはほとんど異論がないはずだ。
-----
-----
以上、ずいぶん長くなってしまいましたが、こんたろうカップの参戦記です。
個人的には、レース内容以前の問題で、終わってすぐはガッツリ凹んでいたのですが、帰りの亀老山でアマチョさんに先着し、トップでゴールしておいたので、それをせめてもの穴埋めとさせていただければ幸いです。
(ひろ)